ヴォルケン会議−1
主であるはやてとヴィータを送り出したシグナムはおもむろにシャマルの襟首を掴むとリビングへと引っ張った。
「ちょっと、どうしたの?」
「大事な話がある」
「手短にね、これからはやてちゃんの後を追わないといけないから」
あいかわらず懲りていない様子のシャマルに呆れながらもシグナムは冷蔵庫から麦茶を取り出す。
「残念だがそれはさせられない」
「いいじゃない、それにシグナムもヴィータちゃんが一緒に行っちゃったことが気になっているんでしょう?」
「まあな。だがだからこそ今日はしっかりと話し合いをしたい」
「話し合いだと?」
今までリビングで寝そべり、傍観していたザフィーラも身を起こす。
「そうだ、主はやてとクロノと、そしてヴィータについての話し合いだ」
シグナムが本気であることを察し、シャマルも姿勢を正し、真面目に聞く姿勢になる。
「主はやてとクロノが仲良くなることには異存はない。これは二人も同じだと思う」
「ええ、はやてちゃんが幸せになることが第一ですから」
「クロノなら人間性、その他において問題はあるまい」
ここにいる三人はクロノのことを信頼していた。だからこそクロノとはやてが交際を
始めたとしても文句を言うつもりはない。歳の差も彼らにとっては些細なことだ。
だがここにはいない約一名はそう簡単にはいかないだろう。
「問題となるのはヴィータだ。あいつはことさら主はやてに懐いている」
「そうだな、それこそそこらにいる子どもと大差なくなってきている」
「そうね、そのこと自体は喜ばしいことでもあるけど、はやてちゃんの障害になるのは困るのよね」
そう、ヴィータの場合そのことを知ったらはやてをとられたと思い、暴走する可能性がある。
それは保護観察中であることを差し引いて考えても都合が悪い。
はやての守護騎士たる彼女達がはやての幸せを阻害するようではいけないのだ。
「そうだ、それ故に今までヴィータには主はやてとクロノのことは伏せてきた。
だがこれによって新たな問題が生まれた」
「つまり、今日のことだな」
「そうだ」
この場にいるものにとって今日の外出がはやてにとってクロノとのデートであることは疑問の挙がらぬことである。
だがそのことを知らないヴィータにとってはただのお出かけである。
だから何も考えずに着いていこうと思うのだ。
「正直に問いたい。このままヴィータに二人のことを伏せておくべきか否かを」
「…………」
「…………」
難しい問題である。どちらを選べば上手くいくという問題ではないのだ。
どちらを選んでも必ず問題が生じることが決まっているのだから。
教えれば暴走の危険があり、教えなければ障害となる。
「私は教えない方がいいと思います」
「理由は?」
「残念な話ですけどクロノさんははやてちゃんに特別な想いを抱いていません。ですから無理に二人をくっつけようとしてもうまくいかないと思いますし、そのことを知ったヴィータちゃんが大人しくしているとも思いません。
はやてちゃんから直接言ってもらえば暴走まではいかないかも知れませんが、クロノさんに敵意を持つ可能性は高いです。
その場合、クロノさんが気をつかってはやてちゃんと距離を置くことになってしまう可能性があります」
「なるほど」
実にありえる話で、また恐ろしい話だった。
かつてはやての前でなのはたちと鉢合わせしたときもヴィータだけは取り繕うことができず睨んでおり、はやてに怒られたことがある。
ヴィータは良くも悪くも素直なのだ。
「オレは教えても良いと思うぞ」
「理由を聞かせてくれ」
「ああ、ヴィータとて我らと同じ守護騎士だ。控えるべきときは心得ているはずだ。
主の気持ちを知れば自分を抑えることもできよう。
むしろヴィータが主の障害となっている現状こそが問題ではないかと思う。
ならばしっかり伝え、自ら考えさせるべきだと思う」
「そうかもしれん」
そう、ヴィータも守護騎士として作られた存在なのだ。
主の願いを妨げ、主の幸せを奪うようなことはしないはずだ。
ならば現在のヴィータを仲間からはずしているような状況ではなく、
ヴィータにも全てを理解させてやるべきだというのも間違いではないのだ。
「それでシグナム、おまえの考えはどうだ?」
「私か。私の考えは…………」
車椅子の車輪を拭きながらシグナムは思念通話を繋ぐ。
『ザフィーラ、シャマル、我らの決断は正しかったのだろうか?』
『ああ、主もクロノもヴィータがいても楽しむことができることは間違いない』
『ヴィータちゃんが邪魔にならないなら教える必要もないと思うわ。
教えるのはもっと後、はやてちゃんとクロノさんの仲になんらかの変化があってからでいいと思う』
『そうか、ならば良かった』
ヴィータには伝えない。
それが三人の出した結論だった。
願うならばこのまま二人の仲が進み、ヴィータもまたクロノのことを気に入ってくれるのが一番大事なことだと判断した。
そう、誰か一人でも不満を持っていればそれははやてにとって本当の幸せにはなりえないのだから。
ユーノ受難
ユーノが朝起きたら誰もいなかった。
「え、ちょっと、どういうこと?」
休みを利用して五家族合同旅行にユーノも混ぜてもらっていた。
人数の関係上四部屋を取り、そのうちの一つを男五人で使っていたはずである。
昨日は極度の疲労から一日を寝て過ごすはめになったが今日こそはなのはと一緒にと思った矢先にこれである。
ユーノが使っていた布団以外は全て綺麗に畳まれており、畳みにもゴミなどは落ちていない。
幸い荷物は残っているからまたここに戻ってくることだけはたしかであるが、いつ戻ってくるのかまでは不明だ。
「そうだ、今の時間は?」
時計を探して確認するとまだ朝の六時だった。かつてなのはの練習に付き合っていた頃はもうすで
に起きていた時間であるが、さすがに疲れきった身体ではそうもいかなかったようだ。
とはいえそれはこのさいどうでもいい。問題なのは何でこの時間に誰もいないのかということだ。
部屋から出ても誰もいない。
不安に駆られたユーノは他の部屋を見てまわることにした。
「ええと、たしかなのはたちの部屋はここだったよね」
一番近しいなのはがいる部屋は男部屋からは一度出ないといけないようになっているが、母親たちとは襖一枚隔てただけになっている。
ユーノは深く考える事無くその戸を開いた。
「よかった、なのはたちはいた」
綺麗に敷かれた六枚の布団にはそれぞれ一人ずつ少女達が眠っていた。
「でもそれだとなんで僕の部屋には誰もいなかったんだろう?」
「さあ、なんでやろうか?」
「……さあな」
ユーノ同様に不思議そうに言う声と、低く響く不穏な声がした。
再び部屋の中へ視線を移したユーノには布団から身体を起こした二人の少女がいた。
一人は習慣からユーノが来た時に目を覚ましていたが、布団の中でのんびりしていた少女。
一人は部屋に入ってきた気配に気がついて目を覚まし、侵入者を睨みつける少女
ユーノはその二人からとてつもなく嫌な予感を感じた。
「え、えっとね……」
「ユーノ君、昔なのはちゃんとこいた時にどんな生活してたかは問わんけど、女の子の部屋に無断で入ったらあかんよ」
「ああ、それなりの覚悟はできてんだろうな?」
ユーノはもともと一族の集落で暮らし、この世界に来たあとはなのはの部屋でペットとして生活、
管理局ではあてがわれた部屋に戻ることも少なく、無限書庫内で寝泊りすることも少なくなかった。
それ故に女の子の部屋にたいするプライバシーという概念が少しばかりかけていた。
だがこの状況になれば自分がしたことが普通は許されないことであることに気がついた。
「いや、あのね、これには理由が……」
「問答無用」
「ヴィータ、軽くやで」
「おう」
グラーフアイゼンを持たずともそれはベルカの魔導騎士、身体強化なしでも上手く体重を乗せた一撃がユーノを胸を打つ。
「わぁ!」
シールドで防ぐこともできず打たれ、廊下へと叩き出される。
「もう勝手に入ったらあかんよ」
「ふん」
戸が閉められる。するとユーノは立ち上がり叩かれた場所を確認した。
あくまでちょっとしたお仕置き程度、手加減された打撃は叩かれた時こそ痛かったが怪我はない。
「はあ、失敗だったな」
女の子の寝室に勝手に入ったりしたのだからこの程度はしかたがない。
しかも実際になのはやフェイトたちの寝姿も見ているのだからこの程度で済ますようヴィータ言ったはやてに感謝するべきだろう。
もっとも、彼にとっての本当の悲劇はその後に控えていたのだが……
「ふうん、フェイトの部屋に勝手に入ったのか」
今度は横から殺気だった空気が流れてくる。
聞こえた声からそこにいる人物に予想はついた。だがむしろだからこそおそるおそるそちらに視線を向けた。
そこにはたしかに予想通りの人物がいた。だがそれ以外の人物もいた。
「さて、この者はどうするべきなのか」
拳を打ち鳴らしているザフィーラ<。br>
「なのはが寝ている部屋に入るのはやりすぎじゃないかい?」
「うん、以前のことは水に流してあげるがそれ以降のことは許すわけにはいかないかな」
小太刀の木刀を手にした高町父兄。
「まあ、しかたがないな」
そして最初の声の人物、クロノ。
「えっと、みんな今までどこに?」
「俺は散歩だ」
「トレーニングは毎日欠かさずにやらないとな」
「僕もそれにつき合わせてもらった」
「その後温泉で軽く汗を流してきたんだよ」
四人が距離を詰める。
その気になればこの程度の距離はないに等しい四人がじりじりと近づいてくるのは心臓が悪い。
「ぼ、僕はみんながいないから他の人が心配で」
「なら念話で呼べばよかっただろ」
「あ」
そんな簡単な方法にすら気がついていなかった。
だがそんなことを言っても聞き入れてくれる雰囲気ではない。
「ああそうだ、ここは管理外世界で人に見られると困るからシールドやバリアは使うなよ」
これから何が起こるのかを想像するには十分すぎる言葉は同時にユーノにとっての死刑宣告だった。
「ひーーーー!!!!」
その後クロノ以外の三人から軽く一発ずつ叩かれ、クロノから軽く説教されたユーノはその日もなのはたちとは別に過ごすことになった。
「大丈夫かフェレットもどき?」
「……ダメ」
手加減されていたため肉体的には問題ないにもかかわらず、もはやクロノの言葉を訂正するだけの気力もなかった。
管理局本局にある喫茶店の一つに怪しい格好をした女性がした。
トレンチコートにサングラスといった怪しさ爆発の格好をした女性は周囲から視線を集めているが本人はいっこうに気にしている様には見えない。
本人はその変装に全く気が付かれていないつもりだが、ここにいる者の大半は彼女が誰か知っていた。
管理局が以下に広く、様々な人間がいるといってもこんな格好をする人間は限られている。
「ごめん、ちょっと遅れた」
その女性、隠す意味もないのではっきり言うがシャマルは声をかけてきた女性がいた。
「遅いですよエイミィさん、シグナムにばれたらどうするんですか」
「いや〜これでも大変なんだよ。私もクロノ君に目をつけられているからばれないようにするのも」
そちらの女性も有名人だった。その理由は彼女本人が理由というよりもパートナーである執務官の少年の存在と、そのコンビネーションによるものが多い。とはいえ彼女が有名であることには変わりがない。
そしてここでは怪しい格好をしたシャマルとエイミィが会うことは初めてではなく、エイミィも周りの客ももはやシャマルの姿に疑問を持つこともなく、何か言う者もいない。
「それで、例の物は?」
「ここにあるよ。さっそく見ようか」
エイミィは持っていたファイルの間から一枚のボードを取り出し、テーブルの上に置く。
注文をする片手間に設定を操作し、目的のデータを取り出した。
「ああ……」
ボードに映し出された映像にシャマルは頬を赤らめる。
「さすがですねエイミィさん。これは最高のコレクションです」
「うんうん、私もここまで上手くいくとは思わなかったよ」
ボードに映し出された映像は数日前、アースラで撮影された物だ。
下から覗き込むようにして、肩を並べるはやてとクロノの姿が映っている。
はやてが魔法の勉強の為にアースラに来たときの勉強風景を隠し撮りしたものだ。
あの時クロノに渡したボードには隠しカメラが設置されていたのだ。
「はぁ…」
肩がふれあい、顔が近づくたびに頬を染めるはやての姿にシャマルが溜息をこぼす。
「あとこれもね」
画面を操作すると映像が切り替わる。
今度は斜め横からの撮影だ。映像は勉強風景から食事風景へと変わっている。
「きゃ」
今度は黄色い歓声を上げる。普段の姿ならば可愛らしいともいえる反応は今の怪しい格好だと不気味なだけである。
「気に入ってもらえたみたいだね」
「ええもちろん、でもいいんですか?
フェイトちゃんがクロノさんのことが好きだとわかった時点でエイミィさんはフェイトちゃんの味方になると思っていたんですけど?」
「うん、まあそうだけど。フェイトちゃんとクロノ君のも集めているしね。そっちは艦長も楽しみにしていてくれてるから。
私としてはクロノ君をからかうネタが増えるのはいいことだし。
それにやっぱり弟分の成長を見守るのはお姉さんの役割だよね」
「ええ、もちろんです。
こうして私がはやてちゃんの可愛らしい記録を残すのは姉代わりとしては当然のことですよね」
「あれ?」
「どうしたのフェイトちゃん?」
「なのは、あれ、エイミィだよね?」
「うん、もう一人は誰かな? 変わった格好しているけど?」
食事の為に一緒にやってきたなのはとフェイトが首をかしげる。
だが考えてもわからなかったし、誰か知り合いなのだろうと判断した。
「声かけようか?」
「ううん、エイミィもあまり休み取れないから友達と会う機会も少ないと思うから。
だから声をかけほうがいいと思う」
「うーん、そうかな〜。でもフェイトちゃんがそれでいいならそうしようか」
「うん」
二人はそのまま別のお店へと移動する。
彼女達がエイミィとシャマルの話の内容を知らずにすんだことは幸か不幸か、それは誰にもわからないことだった。
シグナムの葛藤おまけ
「だがやはりおまえは頼りになるな。私はこういうことは苦手だ」
「私の役目はバックアップだから。仲間の精神状態を察するのも重要なのよ」
シグナムの称賛を素直に受け取るシャマル。
シグナムも戦場においての仲間の心理状態ならば知ることができるが、
このような日常生活での心理状態を知ることは苦手だ。
戦いを専門に、そのため生み出された身としてはしかたがないとも言える。
その意味ではサポートであるシャマルが真っ先にこの世界になじめたのも至極当然であっただろう。
「だからねシグナム、はやてちゃんのことを知るのも私の重要な役目なのよ」
「…何が言いたい?」
シグナムは不吉な予感を覚えながらも問う。
「はやてちゃんの写真のデータ、返して♪」
「却下だ」
むベもなく断る。
「いいじゃない、シグナムにも分けてあげるから」
「いらん」
「ほらほら、これあげるから取り替えて。できたばかりのなんだから」
「だからいらんと言って――ぶっ!?」
シャマルのほうに顔を向けたシグナムの目に飛び込んできたのは写真サイズにプリントされた一枚の画像だった。
映っているのははやてとクロノ。今日の任務で見たクロノに抱えられるはやての姿だった。
だがシグナムが知っているのと違うのは二人の目線。
映像として映っていた時には前に向けられていた目線が互いの方に向けられている。
つまり映像をつなぐ前に写された画像だ。
「な、な、な……」
クロノは右手にデュランダルを持っているためはやてがクロノの首に回した腕を引き寄せ、
自力でしがみつくような形になっており恐ろしいほど二人の顔が近い。
しかもその画像ではクロノははやてに対して優しげな笑みを向けており、
はやても顔をほころばせ、頬を赤く染めている。
知らぬ者が見れば、いや、知っている者が見ても二人が恋人同士に見える。
当の二人がこの画像を見ればひどく慌てるだろうし、ヴィータやフェイトに見られれば暴れかねない危険な代物だ。
「おまえはなんて物を持っているのだ!?」
「エイミィさんが気を利かせてくれたのよ。もちろんシグナムの分も用意してあるから。
シグナムに取られたのは私が撮ってデータを保存する前のだから代わりがないのよ。
ねえ、これから先シグナムにも分けてあげるからあのデータ返して♪」
「ふざけるな!」
激昂するシグナム。彼女にとって見ればはやてを利用した取引など受け入れるわけにはいかない。
だが将たるシグナムよりも参謀たるシャマルのほうが一枚上手だった。
「あら、じゃあみんなにシグナムが最近はまった趣味についてばらしちゃおうかしら」
「な、なんのことだ?」
「もちろん最近シグナムが頑張っているお裁縫♪
上手くできないからって隠れて頑張っているシグナムも可愛かったわ。写真もあるわよ。見る?」
「――――っ!!」
シグナムは突きつけられた写真に息を呑む。
それは間違う事無く裁縫の練習をしているシグナムの姿だった。
「ねえ、どうする?」
ご機嫌に浮かべるシャマルの笑みが、シグナムには悪魔の笑みに見えた。
「申し訳ありません、主はやて」
その日、シグナムは自己嫌悪で一睡もできなかった。
シグナムの新たな趣味
今日は管理局の仕事は休み、はやては学校に行っているため留守、
他のメンバーは管理局に行っている。
しかも今日はアリサやすずかも用事がないということではやてのことは任せている。
そのためシグナムは以前非常勤の講師をさせてもらっていた道場に久しぶりに顔を出していた。
「では今日はこれまで」
「ありがとうございました」
一通りの指導を終え、解散となる。
この道場は意外にも女性の門下生も多く、更衣室も広く取られている。
しかも質素な物ではあるがシャワールームもついており、それなりに好評であった。
軽くシャワーを浴びたシグナムは更衣室に残っている女性達が話している中、
一人だけ輪から離れている者がいることに気がついた。
「どうした、おまえは話に加わらないのか?」
「あ、シグナムさん。いえ、私はこれを仕上げたいので」
その女性が持っているのはソーイングセットと白い布地。
シグナムはその白い布地に縫い付けられた模様に見覚えがあった。
「それは?」
「これはノロイウサギっていうんですけど妹が好きなので。
もうすぐ誕生日なのでプレゼントしようと思っているんです」
「ノロイウサギというのか」
「シグナムさん、興味あるんですか?」
「いや、ヴィータが気に入っているのだ」
はやてに買ってもらった物だからということもあるがそもそも気に入ったから買ってもらった物だ。
騎士甲冑の帽子の飾りにもするぐらいなのだからよほどお気に入りなのだろう。
「ヴィータちゃんって言うとシグナムさんと一緒に暮らしている女の子ですよね?」
「ああ、そうだな、妹みたいな者と言えないこともない」
実際にヴィータが聞けば怒り出しそうなことであるが周りから見れば姉妹にも見えるだろう。
なにかと世話がかかることもあるのだからあまり否定はできないはずだ。
「じゃあシグナムさんも作ってみたらどうですか?
ヴィータちゃん、きっと喜びますよ」
「これを私がか?」
いきなりそう言われてもシグナムには裁縫の経験などない。
かつて必要だったのは剣術を含めた戦闘技術であり、部隊指揮能力であり、指導力であった。
はやての元に現れてからも家事ははやてとシャマルが担当だったので洗濯物を畳んだり、
掃除をしたりはしても裁縫の能力などは必要とされることはなかった。
だが、と思いなおす。
これまでは主を渡り歩き、必要とされてきたものは戦いに関する技能ばかりであった。
しかしはやての元に来てからはその事情は変わり、今でははやてが
死ぬその時まで家族として共に過ごすことが使命である。
今まで必要とされてきたものとは異なることを求められているともいえる。
それにシグナム以外のメンバーはそれぞれ趣味といえる物を持っている。
ヴィータはゲートボール
ザフィーラは散歩
シャマルは……まあいろいろとシグナムも把握できないくらい。
それに対してシグナムは鍛錬以外に時間を潰すものを持っていない。
楽しみといえるものが結局のところ戦いに関することしかない。
ならばそれ以外のことをやってみることも悪くない。
思い立ってからの行動は早かった。
「そうだな、私にも教えてもらえないか?」
この後他の女性門下生が一気にシグナムの周りに集ったことをついでに言っておく。
小型犬フォルムで丸くなっていたザフィーラはシグナムが珍しく部屋から出てこないことに気がついた。
シグナムは家にいる場合はたいていリビングにいる。
理由としてはここが家族の集る場所だからということの他にここからならすぐに家中に
駆けつけられるからという理由もあるが、どちらにしてもここにいることには違いない。
そのシグナムが部屋から出てこないということはとても珍しいことだ。
今家にいるのはザフィーラとシグナムだけだ。
シグナムは今日は休みであり、ザフィーラは仕事が早く終わったためだ。
ヴィータとシャマルはまだ仕事中であり、はやてはすずかの家に行っており、先ほどこれから帰ると連絡があった。
故にザフィーラはシグナムの部屋を訪れた。
ノックをし、返事を待つ。
だが中から突然慌しい音がし、ザフィーラは人型へと姿を変える。
慌しい音がするようなことが本来ならばシグナムの部屋からするはずがないからだ。
だが扉を開けたところでザフィーラは固まった。
「ザ、ザフィーラ、いきなり開けるな!」
シグナムが声を荒げる。
例え下着姿であったとしてもシグナムならばザフィーラ相手に声を荒げたりはしまい。
危険を感じれば突入するのは二人にとって見れば当たり前の行動なのだから。
問題があるとすればシグナムにとって下着姿を見られる以上に恥ずかしい光景がそこにあったということであろう。
途中まで閉じられた引き出しからは布がはみ出しており、机の上には本と裁縫道具が置いてあった。
シグナムという騎士のイメージから裁縫というものはすぐに結びつくものではなかった。
だがザフィーラも固まっていたのはわずかな間、すぐに気をとりなおす。
「裁縫か?」
「あ、ああ」
むしろ見られたシグナムが慌てている。
「そうか」
「ま、待て」
扉を閉めようとするザフィーラを呼び止める。
「このことは誰にも言うな」
「なぜだ?」
心底わからないというように言うザフィーラ。
「騎士たる私がこのようなことをしているなどと……」
「主は喜ぶだろうな」
はやてならば喜ぶとザフィーラは確信していた。それはシグナムもわかっている。
そうだと思ったから裁縫を始めたのだ。
ただし予想外だったのは別のことで……
「……なるほど」
ザフィーラは引き出しからはみ出た布地に目をやり、理解した。
「最初は誰でも上手くいかないものだが、理解した。
おまえが満足いくまでは秘密にしておこう」
「すまない」
気にするなと言って出て行くザフィーラを見送り、シグナムは引き出しを開けた。
中に入っていたのは縫い目が曲がり、形もおかしくよくわからなくなった布を縫い合わせた何かだった。
正直ここまで難しいとは思っていなかった。故にいきなり少々難度の高い物に
挑戦したのだが、ここにあるのはその失敗作だ。
こんな状態では人に見せることなどできはしない。
せめてある程度見れる物になるまでは。
「このまま引き下がるわけにはいかん」
シグナムはその日から本格的に裁縫に取り組むこととなった。
ファーストミッション・裏
「どうやら片付いたようだな」
「そうだね、アタシらの出番なかったね」
アルフはフェイトたちのように奥へとは進まず、結界破りに集中していた。
ザフィーラはその護衛だ。
「こっちにも結構来てたね」
「そうだな」
通路にはザフィーラの鋼のくびきに貫かれている傀儡兵の残骸が道を塞いでいた。
「ああもう、せっかくさっさと破ってやろうと思っていたのになんて硬さだい。
結局フェイトたちのほうが先にやっちゃったよ」
「我らは元々保険だ。いらないならいらないでいいではないか」
「そりゃそうだけどさ……
――――!」
「どうした?」
不機嫌そうにすねたかと思えば突然震え出したアルフの様子にザフィーラが訊ねた。
「フェ、フェイトが……」
「テスタロッサがどうかしたのか?」
ザフィーラはアルフの言葉に眼光を鋭くする。
使い魔や守護獣にとって主の存在は重要だ。特に心から大切に思える主は。
フェイトに何かあったのをアルフが感じ取った。ザフィーラはそう判断した。
だが事態はそういうものとは少々異なっていた。
「フェイトが…なんか知らないけどものすごく怒ってる」
気が抜けた。呆れたと言ってもいい。
精神リンクがあるためフェイトの感情の一部をアルフも共感するとはいえ、
怒っているのを感じて震えるとは何事だとザフィーラは思う。
彼も男だった。しかも色恋沙汰など知りもしない。無論恋する少女の恐ろしさなど知りもしない
「我らもそろそろ戻ろう」
それは乙女の恋心を解さない男に対する天誅だったか、
アルフを起こそうとしたその時、桜色の光が壁を突き破ってザフィーラに注がれた。
対物指定だった魔力はザフィーラを反対側の壁に叩きつけ、その意識を刈り取った。
不意打ちの攻撃にザフィーラには防御する暇すらなかった。
「ザフィーラ!」
アルフが急いで駆け寄ったが、ザフィーラはすでに気を失っていた。
「くぉぉぉぉらぁぁぁぁぁぁぁ、高町、何やっとるかー!!!」
「わー!、すみませーん」
穴の開いた壁の向こうからなのはの声が響いていた。
クロノとリインフォース 〜あるいはクロノとはやての最初の零歩〜
闇の書の防衛プログラムとの決戦は終わり、クロノたちはアースラに戻っていた。
なのはたちは倒れたはやての様子を見に行き、エイミィは結界内の修復の指揮をしている。
クロノは今回の事件の詳細をまとめ、報告書の準備をしていた。
「失礼します」
「夜天の書、いや、今はリインフォースだったな。何の用だ?」
「あなたに話しておきたいことがあります」
クロノは無言で先を促す。
「私は今の主以前の主の時の記憶を持っています。もちろん、暴走時の時の記憶も」
「…そうか」
それだけ聞けば何が言いたいのかクロノにはわかった。
「はやてはあのことを知っているのか?」
「いえ、あなたの父親に関することは教えていません」
「ならいい」
クロノとて父を奪った闇の書に思うところがないわけではない。
だがだからといってはやてたちを傷つけるつもりもない。
クライドとて息子に自分の復讐をしてもらおうとは思わないだろうし、はやてたちを傷つけてほしいとも思わないだろう。
なぜならそれは悲しみを広げるだけだからだ。
「申し訳ありません」
リインフォースが頭を下げた。大切な人がいなくなる苦しみは彼女も知っている。
だからことをなす前にクロノとリンディのところには行かなければならないと思ったのだ。
「許してくれとは言いません。ですが主と騎士たちのことをよろしくお願いします」
自分が許されない存在であることを理解している。多くの命を奪った罪深き物であることも。
だがはやてにその責任はなく、また騎士たちも何が起きるかという知識を歪められていた。
だからせめて彼女らは救ってほしかった。
「…君は消えるつもりか?」
「はい、私が存在している限り主の身体は戻りません。
それに放っておけば再び私の中で防衛プログラムは生成されます。
私は消えなければなりません」
「はやては悲しむぞ」
「わかっています。ですが騎士たちは残ります。
それに……」
「自分の命と引き換えにしてでも守りたい者がある、か」
「はい」
自らの維持と主であるはやての未来、どちらが大切かと問われれば間違いなくリインフォースは後者を選ぶ。
迷う余地すらなく完全に。
「はやてや騎士たちについては最大限の便宜を図るつもりだ。幸いというのもなんだが僕自身家族を失ったという事実がある。
父さんには悪いがそれも利用させてもらう。だから後のことは任せてくれていい」
それでも父は自分を恨むことはないだろうとクロノは思う。
なぜならクライドもまた大切な人を、大切な人が暮らす世界を守る為に自分の命を投げ出したのだから。
これ以上悲しみが広がらないようにするためになら利用されたとしても文句は言わないだろう。
「ありがとうございます。これで心置きなく旅立つことができます」
「はやてに別れは済ませたのか?」
「いえ、主とはもう会わずに行くつもりです。会っても苦しめるだけですから」
「そうか、君自身がそう決めたのならもう僕は何も言わない」
それからいくつか言葉を交わし、リインフォースは部屋から出て行った。
クロノはリインフォースを見送ると天井を仰いだ。
「本当に世界は、こんなはずじゃないことばっかりだよ」
この先旅立つリインフォースとそれを悲しむだろう少女達を思うと心が苦しくなる。
だがクロノでも彼女を救うことはできない。いや、管理局の力を結集したとしても不可能だろう。
世界には間違いなくそんな理不尽な出来事が山のようにあるのだから。
「ならば僕は、やるべきことをやるだけだ」
クロノは再び資料に向かう。頭の中ではすでにこの後どう動くかの予定を組み立てている。
リインフォースを救うことはできない。だが彼女の願いを叶えることならできる。
今のクロノにできる最大のことは彼女との約束を守ることだけなのだから。
『風邪』のおまけ
出向先での上司がはやてと同じぐらいの子どもを持つ親だったために早く戻ること
ができたシャマルは家に戻ってすぐに家にあるはずのない男物の靴に気がついた。
一応ザフィーラの分の靴も用意してあったがこの靴はザフィーラのより
もサイズが一回り小さいから他の人の物だと判断する。
他に来そうな男性に思い当たり、シャマルは足音を消した。
こっそりと静かに廊下を進み、リビングを抜け、はやての部屋の前まで来る。
そしてゆっくりと気をつけながら部屋の扉に隙間を作っていく。
はやてが寝ているはずのベッドが見えるところまで開くとその光景ににんまりとした笑みを作った。
そこには期待通り、はやての横にクロノがいた。
どこからともなくデジカメを取り出しシャッターを切る。
ベッドに腰掛けてはやての手を握るクロノの姿は十分に絵になった。
音もなく行われる撮影にクロノが気がついた様子はない。シャマルにとって満足できる物が撮れた。
だがそこで止めとけばいいのにできればもうちょっといい場面にならないかなと欲を出したのがいけなかった。
気がついたときには時既に遅く、肩の上に見慣れたデバイスが乗せられていた。
「何をしている」
静かだが物を言わせぬ雰囲気を背後から感じてシャマルの背中に冷や汗が流れる。
その相手が本気なのは視界の端に映る抜き身の刃から見て取れた。
「ちょ、ちょっと蒐集活動を」
「蒐集活動は主はやてによって禁止されていたはずだが?」
「そ、それはリンカーコアの蒐集でこれは私の個人的な蒐集だから」
「ほう、だが主はやての寝姿をこっそりと撮影するなど守護騎士の風上にも置けんな」
「シ、シグナムも見る?」
それがとどめだった。
「愚か者」
「はう」
後頭部に重い衝撃を受けてシャマルの意識はとんだ。
「ただいま〜。あれ、なんでシグナムがいるんだ?」
途中でおじーちゃんたちにつかまったために遅くなったヴィータが戻ってくると
リビングには目を回しているシャマルと静かにお茶をすするシグナムがいた。
「レティ提督が気を利かせてくれた。…その荷物はなんだ?」
「きれてた薬だよ。それと途中で会ったおじーちゃんやおばーちゃんがはやてにってくれたお菓子。
それよりなんでシャマルは倒れてるんだ?」
「不埒者を退治しただけだ」
「?」
シャマルの蒐集活動のことをヴィータが知るのはまだ当分先のことだった。
もどる