長い間動かなかった足の麻痺がなくなったとはいえすぐに歩けるわけやない。長い長い、辛いリハビリを得て筋力と歩き方を取り戻してようやく歩けるようになるんや。
そやからそれまでは管理局の手伝いもあまりできへん。
保護観察も正式に決まってからは管理局の方に顔を出すこともほとんどなくなってしもうた。
そやからわたしにとっての日常はシグナムたちが来てからと実はあまり変わらへん。
シグナムやヴィータ、ザフィーラはよく管理局の手伝いに借り出されておらんし、シャマルにしてもよく医療班のほうの手伝いに行くし、たいてい誰かいてくれるんやけど日中に全員が揃うこともあまりなくなってしもうた。
今日はリハビリ状況の確認と検査の為に午前中から病院に行っておったから学校はお休みや。検査は終わったけど今はまだすずかちゃんたちも学校やし今日はシャマルが一緒やったから図書館にやってきた。
本は好きやしここはすずかちゃんと初めて会った場所でもあるから今でもよく来るんや。
そやけど今日はなんというか、珍しい人に会ってしもうた。
恋の足音
「クロノ君?」
「ん、ああ、はやてか」
「はやてかやあらへん。なんでここにおんねん」
クロノ君がここにおんのはどう考えてもおかしい。クロノ君は普段アースラと本局と自宅のマンションぐらいしか行かんはずや。たまに外を出歩くことがあっても図書館におんのはおかしいことや。
「休みの時に僕がどこにいようとかまわないだろう。むしろはやてこそまだ学校の時間じゃないのか?」
「今日は病院に行っておったから休みやねん。クロノ君こそ本読めるん?」
そう、クロノ君がここにいる一番の問題は文字が読めへんことや。
フェイトちゃんも頑張っておるそうやけどミッドチルダ出身のクロノ君やフェイトちゃんにとって日本の文字、とりわけ漢字は馴染みのないものやからほとんど読めへんはずや。
何でも漢字はこの世界でももっとも覚えにくいそうやからな。
「多少は。こっちにベースを置くことになった以上、ある程度の情報は得ておきたいからね。
とりあえずなんとか辞書なしでもだいたいはわかる」
「十分すごいやん」
クロノ君がこっちに暮らすようになってからまだ一年経ってないはずなんやけど……
フェイトちゃんもものすごい勢いで覚えているそうやけどクロノ君も相当のもんやな。
「そうでもない。さすがに本一冊読むとなると難しくてね、辞書片手に読まないと意味が通らない」
「でも辞書置いてへんやん」
「今読んでいるのは日本語じゃないからね」
日本語やない本って、気になるわ。
「どれどれ……って洋書やんか」
「ああ、こっちの方がミッドチルダ語に近くて読みやすい」
「……クロノ君絶対頭おかしいで」
近いって言うても同じやないんやからそう簡単には読めへんって。クロノ君が頭が良いとは聞いてたんやけどこれはできすぎや。
「いろんな世界に活動がある以上ある程度の語学は必要だ。
翻訳機をかければミッドチルダ語に変換されるけどそれだと見逃しもある。
現地の言葉がわかるに越したことない。ある程度解読の練習もさせられたよ。
それに昔の恩師にこの世界のイギリス出身の人がいたからね、その人の使い魔に教わってたものだからその人の国の言葉を解読させられたこともある。
もっとも、別に執務官になるのに必要だったわけではなかったけどね」
「へえ、なのはちゃんやわたし以外にもそういう人はいるんやね」
「…まあその人はもう引退していないんだけどね」
「それは残念や」
同じ世界の人間としても後輩としても、クロノ君の知り合いとしてもぜひその人に会ってみたかったわ。
「しかしその人も鼻が高いやろうね、自分の教え子がこんな立派になったんやから」
「だといいんだけどね」
クロノ君はよっぽどその人が好きなんやな。こんな嬉しそうに笑うクロノ君初めて見るわ。
「ところではやては一人なのか? 誰か一人ぐらい一緒にいそうなものなんだが」
「今日はシャマルが一緒やで。他のみんなは用事があるそうやから。それに図書館では基本的に一人やねん」
「そうか、じゃあシグナムかヴィータあたりがアースラに行っているはずだな」
「知らへんのなら訊いてみればいいやん」
あ、すっごい不機嫌そうな顔になりおった。てことは何かあったんやろうか?
「どないしたねん?」
「…締め出された」
「は?」
締め出されたってどういう事やねん。クロノ君何かしたんやろうか?
「ここ二ヶ月花見のための一日しか休まないで働いてただけで無理矢理三日も休みを取らされた。
しかも本局に行かせると何かやり出すからって転送ポートも使わせてもらえない。
だったらデバイスの整備でもしようと思ったらデバイスまで取られて本当に何にもできない。
まさか三人がかりで言われるとは思わなかったよ」
三人って事はリンディさんにエイミィさん、それとフェイトちゃんやな。しかし二ヶ月で休み一日ってハードなや。あれも本来仕事なのを休みにしたって聞いとるし。
フェイトちゃんはなるべく学校に行けるようにしているそうやしクロノ君が頑張っているんやな。
いいお兄ちゃんしてるやん。
あれ? そやけど大きな事件があったらフェイトちゃんも一緒に行くんやないのか?
「執務官の仕事って大変なん?」
「今はそうでもない。大きな事件もおきてないしね」
「そやったら何で二ヶ月も働きづめなん?」
「通常勤務のほかに他部署の手伝いもしていただけだ。武装隊に行って訓練したり他の執務官の資料整理を手伝ったり、あと無限図書館に行ってユーノの手伝いもしたな」
あかん、クロノ君大馬鹿や。
「そやけど休みぐらいとらんと身体壊すで」
「休養はしっかり取っている。健康管理ぐらいは自分でできる。それに休みをとってもやることがない」
「遊びに行ったり買い物したりすればいいやんか」
「必要な物は揃ってるし遊びに行くといわれてもよくわからない」
あかん、本気であかん。クロノ君完全に仕事人間や。
クロノ君の歳じゃ日本じゃまだ学生やで。
それなのにほしい物もなく遊びに行く気もない?
青春の無駄遣いや。これはどうにかしてやらんとあかんな。
「よっしゃ、じゃあこれから一緒に遊びにいこか」
「はぁ?」
「どうせ暇なんやろ。わたしも暇やねん。すずかちゃんたちは学校やしみんなも出かけとる。
それに今日は習い事の日やから午後も集らへんしな。
せっかくやから今日一日クロノ君につきあったる」
「いや、僕は別に」
「ええからええからわたしに任せとき。
それに女の方から誘ってんやから男として断ったらあかんで」
「そういうものか?」
「そういうもんや」
図書館を後にしたわたしたちはとりあえず商店街に来てみた。
あんなこと言ってもうたけどわたしもあんまり遊んだりしたことないんよな。
車椅子やからあんまし人の多いところにも行けへんし。とりあえずウインドウショッピングやな。
「クロノ君、軍資金は十分か?」
「一応多めに持ってきているが。何をする気だ?」
「とりあえずは買い物や。クロノ君の事やから部屋の中は殺風景やろうしインテリアでも見に行くで」
「作業台とベッドと箪笥と本棚はある」
まあクロノ君に言わせればそれで十分なんやろうな。
でもな、それを殺風景っていうんやで。
クロノ君のこういうところから変えていかへんとな。
「フェイトちゃんがかわいそうや」
「フェイトが?」
おっ、クロノ君の顔つきが変わりおった。
なるほど、フェイトちゃんの名前は効果があるんやな。覚えとこ。
「ええかクロノ君、部屋は持ち主の顔や。部屋を見れば住んでいる人の性格がわかるといわれてるんやで」
「…それで」
「この先フェイトちゃんが友だちを家に連れてきてみ、その時にクロノ君の部屋が殺風景やったらフェイトちゃんまでそう思われるで」
「なんでフェイトの友だちが僕の部屋を見るんだ?」
「わかってへんなあ。やっぱ興味あるやんか。なあシャマル」
「ええ、奥様方の話でもよくあることだと聞いてますよ。やっぱり気にする子は多いそうですよ」
考えとる考えとる。ナイスやシャマル。
わたしの言葉だけやクロノ君も信じへんやろうけどこの世界のたくさんの人がそうだと聞けばそうも言ってられへんやろうからな。
「わかった、よろしく頼む」
「任しとき。そんならまずはあの店に突撃や」
「はい」
「ま、待て」
なんやクロノ君、任せる言うとうていきなり待てとは何事やん。
そやけど何でこんなに慌てとるんやろ?
「こ、ここにはいるのか?」
「そや、何か問題あるん?」
「大有りだ」
そんなに恥ずかしがらんでもいいやろに。
「何で僕が人形を買わないといけないんだ!?」
「いいやん別に。可愛い人形に一つでも置いとけばフェイトちゃんも喜ぶで」
「それ以前の問題だ」
うるさいな。こうなったら奥の手や。
「シャマル」
「はいは〜い」
車椅子を押していたシャマルがクロノ君を掴む。わたしは自分で車椅子を動かして先にお店の中に向かう。
後ろからクロノ君の抵抗する声が聞こえてくるけどシャマルのほうが上やな。すぐに来るやろ。
「ひどいわクロノさん」
「え、ちょっと、何でいきなり泣き出すんだ」
「私との事は遊びだったのね。そんなにあの子がいいのね」
「ちょっとシャマル、なんかみんな見てる。頼むから泣き止んでくれ」
シャマル、さすがにそれはちょっと無理あらへんか?
ファンシーショップでの一件で懲りたようでクロノ君もわたしの店選びに抵抗する気もほとんどなくなったようや。
さすがに人形は買わへんかったけど他の店ではちょっとした小物なんや買ったりしておった。
そやけどクロノ君ほんとにセンスあらへん。機能性重視で買ったってインテリアにならへんやないか。
もう少しこうしゃれたもんでも買わへんかな。
「すみませんクロノさん、私たちの荷物まで持ってもらって」
「気にするな。付き合ってもらったお礼だ」
ありがたいことにクロノ君は自分が買った物の他、今日のわたしたちの夕飯の材料まで持ってくれとる。
うちは五人家族やから荷物も多いんでほんと助かるわ。
しかしクロノ君が優しいって事はなのはちゃんやフェイトちゃんから聞いておったから知っておったけど、なかなかおもろい人なんやな。
ちょっとからかうだけで敏感に反応しよる。なんかシグナムみたいや。
これからも顔あわせたらちょくちょくからかってみよう。
「ほんとすまんな、まさかこんな時間まで付き合わせることになろうとはおもわへんかったわ」
「どうせ家に戻っても誰もいない。時間をもてあますよりかはずっといい」
「そんならいいんやけど」
リンディさんもエイミィさんもアースラやもんな。
フェイトちゃんも行っとるはずやからアルフもそうやろうしクロノ君も一人なんやな。
「夕飯はどうするん? 自分で作るんか?」
「いや、適当に食べるさ」
「だったらうちで食べてかへんか?」
「はやてのうちでか?」
「そや、一人分ぐらい増えたかてそうかわらへんし食事は多い方が楽しいやん」
一人での食事は寂しいやんからな。
うちも今さら一人で食べるとなったら寂しくて泣いてしまうかもしれへん。
「しかし買い物まで付き合ってもらって食事もとなると悪いだろう」
「そんなんお互い様や。クロノ君やって荷物持ってくれとるやん」
「それはそうだが……」
クロノ君は一人でも平気なんかな?
「まあまあクロノさん、せっかくはやてちゃんが誘ってくれてるんですから。
それに女の子が誘ってくれてるんですから男の人が断ってはダメですよ」
「う、そう言えばはやてにも言われたな。
わかった世話になる」
「そうと決まれば急いで支度せんとな。シャマル、スピードアップや」
「はいはい。――あ」
「えっ?」
「危ない!」
ととと、なんやいきなり衝撃があったと思えばいきなり地面が見えよるし。
「ごめんなさいはやてちゃん。段差に引っかかちゃって」
ああなるほど、それでいきなり前のめりになったんやな。
あれ、車椅子から落ちたはずなんやけど特に痛いところがない。
それになんか地面にしてはなんか変に柔らかいような感じも……
「大丈夫か、はやて?」
「あ、うん、大丈夫や…ってクロノ君!?」
な、何でこんな近くにクロノ君の顔があるんや?
ってこの体勢もしかしてわたしクロノ君に抱っこされとるんか?
「そうか良かった。麻痺はなくなったとはいえまだ動けないんだ。
僕としては身体を固定しておくことをお勧めするが」
「へ、平気やねん。普段は大丈夫やし今日はちょっとスピード出しすぎただけやから」
「そうか、それならいいが」
うう、こうしてクロノ君の顔まじまじと見たことなかったんやけど結構整っているんやな。
ちょっと恥ずかしいわ。
「そ、そんなことよりクロノ君こそ大丈夫なんか? 重いんとちゃう?」
「これでも身体は鍛えている。このぐらいなら問題ない。
それよりすまない、とっさのことで荷物を放り出してしまった」
「え、ええねんそれは。クロノ君が受け止めてくれたおかげで怪我せんですんだわけやし」
それに割れるようなもんは買っておらへんしな。
あるとすればクロノ君の小物ぐらいやけどクロノ君が選んでたもんはしっかりしたもんばかりやったもんな。大丈夫やろ。
とまあそれはさておいてや。
「そ、そろそろお……」
「あ――――!」
うお、なんや突然。しかもなんやもんすごく聞き覚えのある声なんやけど。
「あんたはやてに何してんのよ!?」
「アリサちゃんアリサちゃんよく見て。この人フェイトちゃんのお兄さんだよ」
「え? 本当だ」
なんやアリサちゃんとすずかちゃんか。びびったやん。
「…………」
「…………」
な、なんや? なんかアリサちゃんがもんすごい目で睨んでるンやけど。
すずかちゃんはすずかちゃんはなんかわらっとるし。
「…なるほどね」
今度はアリサちゃんまでニヤニヤしとる。
なんかあったんやろうか?
「まさかはやてとフェイトのお兄さまがそういう関係だったとはね」
「知らなかったね」
そういう関係?
どういうことや…ってそや、今わたしクロノ君に抱っこされとるんやんか!
ってことはそういう関係ってそういうことなんか?
うわ、クロノ君も気がついた見たいや。顔真っ赤や。ってそれどころやない。わたしも絶対赤くなっとる。あかん、どうにかせんと。クロノ君もこっち見るんやない。何も言えへんやないか! いやいやクロノ君のせいにするんは間違いや。クロノ君はわたしを助けてくれただけやし…ってそんなんや何の解決にもなっておらへんやないか!
「まったく、二人して顔真っ赤にして見つめあっちゃって」
「うんうん、ラブラブだね」
ら、ラブラブやない。どどど、どうしよう……
「まあまあ、クロノさんもはやてちゃんも落着いて。
クロノさんはまずはやてちゃんを車椅子に降ろしてください」
「あ、ああ、そうだな。すまない」
た、助かったでシャマル。
ふう、クロノ君から離れてちょっとは落着いたわ。
「あのなアリサちゃんすずかちゃん、今のはわたしが車椅子から落ちたのをクロノ君が助けてくれただけや」
「何言ってんのよ、あんなに顔真っ赤にして見つめあってたくせに」
「ダメだよアリサちゃん、きっと二人の事は秘密なんだよ」
「ちょっ」
「ああそうね、たしかにこんなことフェイトにはそう簡単には言えないわね。
なのはに言ったらそのままフェイトに言っちゃいそうだし黙っててあげるわ」
「私も。早く二人が本当の事を話してくれるのを待ってるね」
「せ、せやから」
「あ、そろそろ急がないと塾に送れちゃうね」
「いけない、鮫島待たせたままだったわ。
じゃあねはやて、それにフェイトのお兄さま」
い、行ってもうた……。
しかも全く聞く耳もたへんかった。
「すまない、僕のせいでよけいな誤解を招いたようだ」
「クロノ君が悪いわけやない。わたしを助けてくれただけやしな」
そや、クロノ君を責めるのは御門違いや。
まあ誤解はまた今度解くしかないわな。結構骨折れそうやけど。
「それならいいんだが」
うっ、なんや突然。クロノ君の顔見てたら熱くなってきおった。
「どうしたんだ? どこか具合でも悪いのか?」
「ちゃ、ちゃうねん。大丈夫やからはやく行こ」
「? ならいいが。
ちょっと待っててくれ、すぐに拾い集めるから」
「頼むわ」
ふう、どうしたんやろ急にクロノ君の顔が見れへん。
なんか顔も熱いしほんとわたしどうしてしもうたんやろか?
夕食の片づけをしていてもどうも落着かん。
結局クロノ君は夕飯を食わんで帰ってしもうた。
さすがにあの後やしわたしも強く勧められへんしな。けどちょっと残念やったな……
って何が残念やねん。クロノ君に食べてほしかったんやろうか……
あかん、クロノ君の顔思い出すだけでドキドキしてくるやんか。しかも抱っこまでされてもうたし。
もしかしてわたしクロノ君のこと好きになってしもうたんやろうか?
そりゃクロノ君は優しいし結構かっこよかったし、その上結構たくましくて頼りになりようやし。仕事人間なのと女心に疎そうなところはマイナスやけどそれは今後の課題として……
ってだから何を考えとんねんわたしは。そやけどもし本当に好きになってしもうたんなら…………
「シャマル、主はやてに何かあったのか?
どうもさっきから様子が変なのだが」
「ふふふ、はやてちゃんもお年頃の女の子だってことです」
「…それは知っているが、どういうことだ?」
「シグナムにはちょっとわかりにくいかもしれないことですよ」
「む」
たしかに主はやてに何があったのかわからないがそう言われるのには少々気に触る物がある。
とはいえ主には主の生活があるわけだしそうそう何かあるわけでもあるまい。
それにシャマルが保証しているのなら大丈夫だろう。
キッチンを見れば片づけをしている主とヴィータの姿が見える。
今の私たちの持っている平和な時間だ。この平和の中にある日常的なトラブルは平和の証だ。
ならば主が幸せであるかぎりは歓迎しようではないか。
「は、はやて、どうかしたのか?」
「な、何でもないで」
……だがやはり少し不安だな
06/5/3 改題
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