時空管理局本局の一室、その部屋にある窓からリンディ・ハラオウンは一人ドッグに運び込まれるアースラを眺めていた。
 彼女は今回の整備を持って艦長職を退き、本局勤務へと移動することが決まっている。
 次期艦長には彼女の知り合いが着任し、クロノが艦長資格を取るまでの間アースラを守ってくれることになっている。
 リンディが一線から退くのは新しく家族に加わった娘のためだ。朝を夜を娘と一緒に過ごすために本局勤務に移動することは自分で決めたことであり後悔はない。

「それでも、未練がないとは言えないわね」

 夫を失ってからしばらくして就いた艦長職。共に過ごした多くの仲間達が艦には残る。
 その仲間達を置いて彼女は艦から降りるのだ。

「ここにいたのか、母さん」
「ええ、これで最後だからしっかり目に焼き付けておこうと思って」
「別にアースラが無くなるわけじゃないんだからそこまで思いつめないでも」

 クロノが苦笑しているのが背中越しでもわかった。働きながらでもそれだけ多くの年月を共に過ごしてきたのだ。
 その中で家と同じぐらい多くの時間を過ごしてきたのがアースラだ。これから先その場所に自分がいないということをリンディは思いのほか素直に受け入れることができた。
 なんてことはない。クロノはすでに巣立った鳥なのだ。
 ならばリンディは息子を信じていればいいのだ。
 そう、例えば今年の初めから彼が尽力を重ねてきた事柄が必ず成功するはずだと信じているように。


クロノ・ハラオウンの休日を追え


 クロノ君がわたしたちに嘘を付いとることに気が付いたのは偶然やった。
 昨日シャマルが書類整理の手伝いに行った人事課の職員と談笑している時に聞いたそうなんやがクロノ君はわたしたちが知っとる以上に休みを取っていたそうなんや。
 局勤めの一般職員が月に五日から十日、巡航艦所属でも三日から五日の休みを取り、足りない分は艦が整備の為に動けない間にまとめて取ることが多いんやそうや。
 わたしが知っとるかぎりではクロノ君は月に一日か二日、多い時は三日ぐらいや。せやけど人事課の人が言うにはクロノ君は毎月五日休んどるらしい。
 フェイトちゃんにも連絡して確認して見たんやけど本当に知らんかったようや。
 わたしもフェイトちゃんも今までクロノ君がアースラから降りとる時も本局におるから仕事なんやと思っとった。せやけどその中には休暇も混じっておったんや。
 そして今回、アースラが整備に入ってアースラスタッフも休暇にはいった。
 フェイトちゃんもエイミィさんもリンディさんも三日の休みをもらっとる。そしてクロノ君は一日だけ。
 せやけどきっとクロノ君も一日やなくて三日の休みをもらっとるはずなんや。


「ってことなんやけどエイミィさんはなんか知らへん?」
「いや〜、さっぱりだねー」

 このところ休みのたびに翠屋に来とるらしいエイミィさんに訊ねてみたんやけど期待にそった応えは帰ってこんかった。
 クロノ君のこと一番知っとるのはエイミィさんやから何か知っとるかと思ったんやけど。
「クロノ君の仕事上のスケジュールは把握しているけどさすがにプライベートまでは全部知っているわけじゃないしね。でも今日明日は仕事のはずだよ。
 たしか今日は午前中は無限書庫で資料を受け取ってファイルの制作、午後は会議が入っていたはず」
「うーん…………」

 となると本当に仕事なんやろうか。
 今までのも休暇をとったがやらないとあかん仕事があるから働いていただけなんやろうか。

「そうやね、きっと仕事やったんやろね」
「うーん、彼女でもできたんじゃないかな?」
「えっ?」

 納得したところに突然別方向から声をかけられてびっくりしたわ。
 振り向いてみたらそこにおったのは私服姿の美由希さんやった。

「おまたせエイミィ、遅くなってごめんね」
「いいって、学校あって大変なんでしょ」

 そういえばエイミィさんと美由希さんは仲がええって聞いたわ。
 今日はここで待ち合わせしとったんやな。
 ってそんなことより今美由希さんなんて言っておった?
 なんやクロノ君に彼女ができたって聞こえたような気がするんやけど…………

「ところでさっきのはどういう意味?」
「ん、さっきのって?」
「ほら、彼女でもできたんじゃないかって」
「ああ、そのこと」

 エイミィさんにも聞こえてたってことは聞き違いやなかったんやな。
 ああ、どないしよ、もし本当にクロノ君に彼女ができていたんやったらわたしやフェイトちゃんの苦労っていったいなんやったんやろう。
 せやけどわたしがクロノ君に初めて会ってからまだ一年も経っていないんや。
 わたしの知らんクロノ君の十四年間の人生があって、執務官として働いとった三年間もある。
 わたしが知っとるクロノ君は今のクロノ君で、クロノ君がこれまでどんなことをしてきたのか、どんな知り合いがおったのかも何も知らん。
 せやからクロノ君の知り合いの中でクロノ君に好意を持った人がおって、クロノ君がその気持ちに応えてる可能性もゼロやないんや。
 今までフェイトちゃんや身近な人だけ心配っしとったんやけどわたしが全く知らんところでそういう人がおってもおかしくはなかったんや。
 ああー、もしほんまにそんなことになっとったらどないしよう!?

「ほら、家族にも内緒で休み取っているんだし秘密にしたい理由があるんだよ。クロノ君が恥ずかしいとか相手の子がクロノ君の家族に知られるのが恥ずかしいとか。
 それに少し聞こえてたんだけど無限書庫ってユーノ君が働いているところでしょ。
 きっとそこでいいデートスポットの資料を集めてプランを立てているんだよ。
 それで午後は二人でデートで会議って言うのは二人で今後のことを相談するんだよ」

 こ、今後のことってなんやねん!?
 もしかしてすでに結婚も視野に入れて付き合っとるって事やろうか?
 もしそうならもうどうにもならんやないか。ううう、やっぱり素直に諦めるしかないんやろうか。

「もう、美由希が変なこというからはやてちゃんがショック受けちゃってるじゃない。
 はやてちゃんはクロノ君にラブなんだからそんなこと言っちゃだめだよ」
「え、そうなの?」
「はうっ」

 そんなにはっきり訊かれたら恥ずかしいやないか。

「あー、それはごめんね。私が言ったのはあくまで可能性の一つだから元気出して。
 そうだ、じゃあユーノ君のところに行って確かめてくれば?
 資料を受け取ったならその資料の中身でデートかどうかわかるし。
 違ったらわたしの予想は全然当たってなかったってことだから」

 資料か、それを見たら答えが出るんやね。
 ああ、クロノ君が誰とも付き合っておらへんとええんやけど。せやけどもし確認してほんまに誰かと付き合っておったらどないしたらええんや?
 せやけどこのままうやむやにしとくわけにもいかへんし…………
 ええい、女は度胸や!

「美由希さん、おおきに、ありがとうございます。わたしはさっそく行ってみます」
「うん、いってらっしゃい。あとそれとユーノ君にたまには遊びに来てねって伝えといて」
「はい、わかりました」

 よし、さっそく行ってみよ。


 はやてが去った後。

「ねえエイミィ、本当に何も知らないの?」
「いやー、あんまり面白い話じゃないしね。それにはやてちゃんたちにばれないように口止めされているし」
「……てことはやっぱり知っているんだ」


 無限書庫に正式な管理部署ができてもう四ヶ月、だいぶ体制が整ってきたらしいそうやけどわたしは昔の状態を知らんからなんとも言えへんな。
 ただ資料が集めやすくなって事件に対してすぐに対策が練れるって前線の捜査官や執務官には高評価なそうや。
 その無限書庫の中でも優秀なユーノ君はタイミングよく休憩みたいや。
 おかげで話がすぐに話が聞けそうや。

「なあユーノ君、クロノ君は今日何の資料を持っていったんや?」
「クロノが持っていった資料?
 それなら692号次元と746号次元、後は689号次元の資料とその三次元で発生した類似事件の関係についての資料だよ。どれもクロノになるべく早く渡すように頼まれていた物だよ」
「そっか、ならデートってわけやなさそうやな」

 事件に関する資料ならきっと多発した類似事件の対策のための資料やろう。
 デートの参考の為にってわけではないはずや。
 ほっ、どうやら美由希さんの勘違いだったみたいやね。よかったわ〜。

「しかしとなるとこれまでもほんまに仕事しとったんやろうな。疑って悪かったわ。
 せやけど謝ってもクロノ君が困るだけやし何かお詫びできんかな?
 まあ午後の会議もそろそろ終わるやろうし、迎えに行って何か手伝うとしようか」
「えっ、会議? 確か今日は全ての会議室の予定は埋まっているはずだよ。そのせいでこのところ資料を整理するので手一杯で書庫の整理が進まなかったんだから。
 それにたしかクロノは今日――あ」
「………………」
「え、えーっと……」
「………………」
「あの、えっと、なんでそんな目で見ているのかな?」
「……ユーノ君、何か知っとるんやな?」
「うっ!?」

 やっぱり何か知っとるんや。
 そう言えばクロノ君がアースラ出てやっとる作業の中に無限書庫の整理の手伝いもあったんやった。
 以前聞いた時はユーノ君から検索系の魔法を教わった代わりに手伝っとるって言っとったけどそれも嘘なんかも知れんな。
 本当はユーノ君と一緒になって何かしとったのかもしれへん。

「ユーノ君、何か知っとるんやったら教えてくれへん?」
「えっと……ごめん、クロノから口止めされているんだ。でもクロノのことだから心配ないよ。
 どうせたいていのことは自分でなんとかするだろうから」
「……なんとかされたら困るかもしれへんのやけど
「え、何か言った?」
「なんでもあらへんよ」

 ユーノ君は教えてくれへんかったけど何か知っとるのは確かなようや。
 せやけどクロノ君に口止めされとるのか。あそこまではっきり言うんやからきっといくら問い詰めても教えてはくれへんやろうな。
 それにユーノ君の言葉から考えてデートとかではなく、どうやら何か厄介ごとを抱えているみたいや。
 それならそうでそう言ってくれればええのに。
 わたしたちだってクロノ君と比べて責任も軽いし触れられへん部分があるのはわかっとるんや。
 わざわざ嘘をつかんでもええのに。
「……もしどうしても気になるようだったらリンディさんの所に行ってみたら?
 僕からはどこまで教えていいかわからないから話せないけどリンディさんなら話せることだけ話してくれるかもしれないし」
「そやね、そうしてみるわ」

 たしかリンディ提督の今日の予定は家でゆっくりするってフェイトちゃんが言っとったな。
 それならフェイトちゃん家に行ってフェイトちゃんにも話してあげんとな。


 ……しかしいつ見ても納得できへんな。
 どうしてリンディさんは緑茶にミルクと砂糖をあんなにいれるんやろう?

「それで、はやてさんはクロノが何しているのか知りたいのかしら?」
「はい、ユーノ君がリンディ提督なら話しても大丈夫なところまでなら話してくれるかもしれんって言ってたんで」

 デートではなさそうやけどクロノ君がなんで休みを取って仕事しとんのかは気になるんや。
 だってわざわざ休みをとる必要はないやん。普通に仕事としてやればええんや。
 それなのにわざわざ休みを取ってまで行う理由があらへんもん。

「そうね……まあ少しなら話しても大丈夫かしら。
 はやてさんだけでなくフェイトも気になっているみたいだし」
「うん、教えてお母さん」

 わたしの隣で話を聞いていたフェイトちゃんも頷く。
 それを見てリンディ提督は微笑むと、口を開いた。

「アフターケアよ」

 一言やった。
 しばらく待っても何も続かへん。ほんまにそれで終わりならしい。

「えっと、アフターケアって……何の?」
「もちろんクロノが受け持った事件のよ。
 ほら、フェイトの時も保護観察を信頼できる人に頼んだりなのはさんのトレーニング用のメニューを考えたりしていたでしょ。
 アースラにいながらできることはそれでもいいけど降りないといけないこともあるの。
 そういう時にクロノは休みを取って行くのよ」
「はあ」

 アフターケアって当然といえば当然やけどそれってクロノ君がやらなあかんことなんやろうか?
 別の部署がやることのような気がするんやけど。

「といってもたいした事じゃないのよ。例えばロストロギアの密輸をした人が寄付していたお金でなんとかなりたっていた施設とか、その密輸犯を捕まえた後その施設が潰れていないかとか調べるぐらいよ。
 そういうのはその世界のことだから管理局として積極的に支援することもできないし、クロノだって個人でどうにかできるわけでもないから。
 他にもいくつかあるけどその多くは具体的には何もできないのよ。せいぜい様子を見に行けるだけ。
 フェイトやはやてさんに話さなかったのは言うと一緒についてこようとするかもしれないからよ。
 あのこの気持ちもわかってあげてね」

 クロノ君、そんなことしとったんか。
 それなのにわたしは知らない女の子とデートしてるんやないかって疑うなんてバカやな。

「二人とも、できればこの話は聞かなかったことにしてあげてね。
 クロノも知られたくないと思うから」
「はい」
「うん」

 わたしがリインフォースを失って悲しかったように大切な人を失って悲しんでいる人がおる。
 わたしにとってはそれが始めてやし、フェイトちゃんもまだ少ない。
 せやけどクロノ君はもう何年もそんな人を見とったんや。
 わたしたちが知らんとこでどれだけ苦しんできたんやろうか?
 どれだけ悲しんできたんやろうか?
 せやけどそれはこれからわたしやフェイトちゃんが知っていかなければならんことや。
 苦しみに負けんように、悲しみに潰されんように、頑張っていかんとな。




 夜遅く、すでにフェイトもアルフも寝静まった頃、ハラオウン家のリビングではクロノとリンディが並んで座っていた。

「――と言うふうに説明しておいたわ」
「……はあ、それはいつの話だよ。僕が最後にあそこに行ったのははやてに会う前じゃないか」
「こういうのは本当のことを混ぜて話したほうがいいのよ。それにアフターケアって言うのは本当のことでしょ」
「まあそうなんだけどね」

 だからと言って昔のことを話されていい気はしない。

「それよりもどうだったの?」

 そう問われてクロノの雰囲気が息子としてのものから執務官としてのものに変わる。
 これからの話は単純なプライベートではなく重要な仕事の話なのだ。

「話は無事にまとまりました。重要な人物には皆了解を得ました。さすがに末端全てというわけにはいきませんでしたが組織だって問題を起こすことはないでしょう」
「そう、ならこれで本当の意味で闇の書事件は終わったと言えるのかしらね」
「ひとまずは大丈夫だと思います」

 クロノが休みを潰して行っていたのは確かにアフターケアだ。
 ただしそれはそう古い事件のものではない。八神はやてとその守護騎士、そして闇の書事件にまつわるアフターケアだった。
 クロノは闇の書事件終了から約九ヶ月間、事件後の休暇が終わったところから今までそのために地道な努力を行っていた。
 それがようやく実を結び、ひとまずの終わりを見せたのだ。
 このことをはやてたちに話すつもりはない。これはクロノの仕事だ。
 それに今回のために恩師であるグレアムや他の名高い知人の伝を使っていた。
 もしはやてにばれればそこからクロノの恩師であるグレアムとはやての援助者のグレアムおじさんが同一人物であることがばれる可能性もゼロではない。
 それらの事情からクロノははやてにもフェイトにもなのはにも内緒で行ってきたのだ。

「まあ上々の結果だと思います」
「そうね、上手くいってよかったわ」







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