振り下ろさせる一撃を受け流す。そこから一歩踏み込み懐へと飛び込み切っ先を突きつける。ただそれだけで勝負はついた。
「今の踏み込みはなかなか良かった」
「あ、ありがとうございました」
レヴァンティンを収めて距離をとる。相手をしていた武装局員はすぐに外れ、次の局員が入ってくる。
今日の仕事は本局での武装隊の近接戦闘指導、しかも今日は特にクロスレンジに強い者を集めての特別指導だ。
レベルは低い、これなら十人いようと二十人いようと私の敵ではない。だが飲み込み事態はけして悪くはない。後数年もすれば私を本気を出させるほどになる者もいるかもしれない。
だがそれだけの素質ある者たちを前にしても私は集中できないでいた。
理由はわかっている。つい先日シャマルに見せられた一本のDVD、あれがいまだに尾を引いている。
最愛の主はやてとクロノ・ハラオウン執務官、二人が共に過ごした一日の映像。あれが意味することを理解できないほど私は愚かではない。だが……
雑念を払う。そして迷いを振り払うように訓練へと集中させる。
シグナムの葛藤
訓練終了の報告を終えたがすぐに帰る気分にはなれなかった。
主はやてから多少の金銭は受け取っていたのでレストルームで一息入れてから戻ることにしよう。
だがそこに向かう途中も、販売機で購入する時も主はやてとハラオウン執務官のことが頭を離れない。
「あらシグナム」
「レティ提督、休憩ですか?」
「ええ、今日は残業になりそうだわ。でもシグナム、いつもは仕事が終わればはやてさんの所に帰るのに、ここで休んでいるなんて珍しいわね」
「私とて休むことはあります」
「仕事の合間ならね」
暗にそれ以外なら主の下に帰っているだろうと言われ口をつぐむ。
たしかに普段ならばもう本局を後にしているころだ。
「何を悩んでいるの?」
「…………」
気づかれていたか。だがそれほど不思議なことではない。
先ほどのレティ提督の言葉ではないが仕事を終えたにもかかわらずこの場で休んでいる時点で何かあると思われても仕方がない。仲間と集まるにしても今日こちらに来ているのは医療班に出向しているシャマルだけだ。合流するにはこの場所では都合が悪い。あくまでここに来た理由は一番近いからだったが、もう少し考えて場所を選ぶべきだったかもしれない。
「話せないことならいいけど話すことで楽になることもあるわよ」
主の恋愛について私が話すわけにはいかない。その意味で言えば話せないことであるだろう。
だが私自身が気にしていることはそれと同じではないように思える。
私たちは主の守護騎士だ。主の願いを妨げるものではない。
ならば主がハラオウン執務官と共にいることを願うのならば我らはそれに従うだけだ。
だが同時に感じるこの不安感、そしてはっきりとしない感情はなんなのだろうか? 少し気を抜くとすぐにハラオウン執務官にレヴァンティンを向けたくなる。
おそらくシャマルは私がこうなることをわかっていたのだろう。そして私がそれを自制できることも。
だから同じようになるだろうヴィータには見せなかった。おそらくヴィータが見たならばためらうことなくグラーフアイゼンをハラオウン執務官に向けていただろうから。
「レティ提督はハラオウン執務官をどう思いますか?」
思い浮かんだことを口にしてみた。
「強い子よ、技術的にも精神的にも。私はリンディと学生時代からの知り合いだから昔から知っているけど、あの歳であそこまでしっかりしている子はそうそういないわね」
「そうですか」
強い、それは知っている。
テスタロッサも高町なのはもハラオウン執務官との戦績は芳しくないと聞いている。ならば私と同等の強さの可能性もある。
それに過酷な執務官としてキャリアを積んでいるのだ。精神的にも強くなくては勤まるまい。
「シグナムはクロノ君と戦ったことはないの?」
「以前集団戦闘の模擬戦で少しあった程度です」
「ああ、あの時は結局はやてさんたち三人の力でうやむやになってたものね」
それもある。だが一回の攻防でわかるものもある。あの時のハラオウン執務官は私と本気で戦ってはいない。無論それは戦略として正しい。あの時重要だったのはいかに味方の後方戦力を守りながら相手の後方戦力を削るかだった。
「何? クロノ君のことが気になるの?」
「はい」
真面目で優秀だ。そして優しくもある。主の相手としても相応しいのかもしれない。
だがそれでも納得できないのも事実だ。それにそれだけでなく私の中の何かが不安を駆り立てている。
「もしかしてクロノ君に惚れちゃった?」
「――っ!」
むせた。
しかし突然何を言い出すのだ。
「あら図星かしら?」
「そうではありません」
私がハラオウン執務官を好いているかどうかなどどうでもいいことだ。
そもそもこれまでそのような浮いた話とは無縁の存在であった我らにとってその感覚自体が縁遠いものなのだ。
…その割にはシャマルは順応しているような気もするが。
「あら残念、シグナムならクロノ君をしっかりと支えてくれると思ったのに」
「…支えが必要だとも思えませんが?」
情報収集や整理などではリミエッタ執務官補佐に頼っているがそういう意味ではあるまい。
私が見る限りでは彼は誰かに支えられなければならない人物ではない。そう、支える者がいなければ倒れてしまうような柔な人物ではない。
「あなたたちは今のクロノ君しか知らないからね。あれでも昔は結構危なかったのよ」
「信じられません」
「本当よ。もしエイミィに出会わなかったら今でも笑わない子どもだったのかもしれない。エイミィに出会って、フェイトさんに出会ってクロノ君は変わっていった。
けれど不安なのよ。昔いろいろあってクロノ君から笑顔は消えていった。だから大切な人を失うようなことになったらあの頃に戻ってしまうんじゃないかって」
私は昔のハラオウン執務官の事は知らない。
だが大切な人を失う苦しみはよくわかる。そしてそれを失うことが耐えられないことだということも。
「…失わせません」
耐えられないのならば失わなければいい。
「ハラオウン執務官には借りがあります。それに彼に何かあれば主はやてやテスタロッサが悲しみます。もし彼の力で守れきれないのならば我らヴォルケンリッターが力を貸しましょう」
一人では守れなくても、一人では救えなくても、皆で力を合わせれば救えるかもしれないのだから。
「…どっちが相談に乗ってもらってるんだか」
たしかに。私が悩んでいることをレティ提督が訊ねていたはずが気がつけば私がレティ提督の話に答えていた。
「うーん、これは何が何でもシグナムの問題を訊かないとならないわね」
「いえ、これはやはり家族の問題ですから我ら自身で解決します」
ん? おかしなことを言っただろうか? なぜかレティ提督が呆けているのだが。
「どうかしましたか?」
「ああ、すまないわね。そうよね、当たり前のことなんだから驚いたら失礼よね」
「本当にどうしたのですか?」
「たいした事じゃないわ。ただちょっとシグナムが“家族”って言ったから驚いただけ。
でも驚くようなことでもなかったわよね。だってあなたたちはもう夜天の書の、リインフォースの守護騎士ではなくてはやてさんの守護騎士、一緒に暮らす家族だものね」
「家族……」
気がつかないうちに口にしていたらしいその言葉。だが意識して口にしてみると何かがぴったり当てはまるような気がした。
そうだ、我らは主はやての守護騎士であり家族だ。今の我らは使命だからではなく、役目だからではなく自らの意志で主はやてと暮らしているのだ。
家族、その一言だけで理解できた。
納得できなかったのは大切な家族を取られたような気がしたからだ。
主はやての世界には娘を嫁に出す父親の気持ちという比喩があるらしい。私は父親ではないが主はやては大切な家族だ。ならば似たような気持ちなのだろう。
理解できたらすっきりした。そしてやるべきことも理解した。
「レティ提督、相談に乗っていただきありがとうございました」
「あら、私は何の力にもなれなかったように思えたけど?」
「いえ、おかげですっきりしました。それでは今日はこれで帰ります」
「そう、よくわからないけど解決したならそれでいいわ。次は明後日に支局の方に行ってちょうだいね」
「はい、それでは失礼します」
レストルームを後にする。その心にもはや迷いはない。
主はやてが相談に来たのならば考えればいい。
何も言わないのであれば待てばいい。
我らは家族だ。ならばいずれ話してくれるだろう。決めるのはその時でいい。それまでは何かする必要もない。
主はやての幸せは家族全員の幸せだ。皆が幸せであることこそ主はやての幸せだ。
我らはただそれを守り、主を信じて待てばいい。
そしてもしその主が泣くことになったならば
「覚悟してもらうぞ、クロノ・ハラオウン」
と、あの時は思っていたのだが…………
「どうしたのシグナム?」
「シャマルか。主はやては眠ったか?」
「ええ、一応ベッドには入ったわ。…眠れるかはわからないけれど」
「そうか」
今日の出来事は主はやてにとっても衝撃なことだったのだろう。
私にとっても今日の任務は衝撃だった。まさかテスタロッサがハラオウン執務官にあんな想いを抱いていたとは。
「やっぱりシグナムもフェイトちゃんのことを気にしているのね」
「わかるか」
「ええ、シグナムはフェイトちゃんのことをずいぶん気に入っているみたいだから」
気に入っているか。そうだな、たしかにそうだ。
あの歳であれだけのセンスと能力を持っているテスタロッサの将来は実に楽しみだ。
今はまだまだ未熟だ。だが彼女自身が言っていたようにこれから身体も魔力も伸びる。ハラオウン執務官が教えるならば技量も上がるだろう。
なによりテスタロッサ自身が私に追いつこうと思っているのだ。楽しみなことこの上ない。
だが今問題なのはそのテスタロッサが主はやての恋敵になるということだ。
「…フェイトちゃんはもう、自分の気持ちを固めたのでしょうね」
「そうだな」
あの言葉は彼女自身の想いを感じさせるのに十分だった。私にもわかるぐらいに。
「はやてちゃんは、どうなのかしら?」
「わからない」
そう、不本意なことであるがわからない。
かつてシャマルにDVDを見せられて、その後風邪をひいた主がハラオウンの手を握られて安心して眠っているのを見て、主がハラオウン執務官のことを好いているのはよくわかった。
だが主がそのことに気がついているのかと言えば難しいところだ。
「主はやては、自分の思いを押さえ込んでしまうところがあるからな」
「そうね、石田先生も周りに迷惑をかけたと思っているせいで自分のことよりも他人ことを気にしすぎるって。
私はねシグナム、はやてちゃんは自分の気持ちに全く気がついていない訳ではないと思うの。
ただ、その気持ちを無意識に否定しているんだと思う」
「どういうことだ?」
意識していないが無意識に求めているのならわかる。今日の主も自分の気持ちを理解しているようには見えなかった。
だがシャマルには私とは違うものが見えていたのかもしれない。
「はやてちゃんはクロノさんが好きなことに気がついていると思うの。
だけど私たちが行ってきたことがあるから。その償いをしないといけないのに誰かを好きになっちゃダメだって、。無意識のうちに思い込んでしまっているんだと思うの。
私たちが残って、自分には幸せな家庭があるんだからこれ以上求めてはいけない。そうじゃないとこれまで夜天の書のせいで大切な人を失ってきた人たちに申し訳が立たないからって」
「…………」
言葉が出ない。
たしかに、私たちは今幸せだ。たしかにリインフォースが戻らぬ身となったが、あれだけの事件を起こしておきながらこうして無事に残り全員が暮らしていられるのだから。
だがそれが叶わなかった者たちが大勢いたのだ。
私たちは償いをしなければならない。また、高町が、テスタロッサが、ハラオウン執務官たちが守ってくれた今を卑下することなく、大切に生きなければならない。
主もそれはわかっているのだろう。だが、今以上を求めてはいけないと考えてもおかしくはない。
今あるものだけでも本来ならば僥倖なのだから。だが……
「それは我らが償うべき罪だ。主はやての幸せを妨げるものではない。妨げるものであってはならない」
「そうね、だけどはやてちゃんはそうは思わないでしょうね」
歯がゆい。たとえ幾千の敵を薙ぎ払う力があろうとも、主の未来に指す影を振り払うことが叶わぬ己の無力が。
主の体の麻痺の原因が判明したときもそうだった。夜天の書の呪い、それを直すためには魔導書を完成させ、主を真の主にすることしか方法がなかった。
いや、それすらも主を救う方法ではなかったかもしれなかった。
だがそれでも、その方法をとるしかなかった。
「どちらにしても明日。はやてちゃんも答えを出さないといけない。
はやてちゃんのことだからもしかしたらフェイトちゃんを応援しようって答えを出すかもしれない。
でもそれは……」
「主はやての本心ではない、か」
自らの思いを押し殺し、それが正しいと思い込むことで出されたその解答。
それは主を幸せにはしない、苦しめる答えだ。
たしかに我らは主の決めたことに口を出すべきではない。だがそれは主の幸せを願ってのものだ。主が道を間違えたのならば正してやることもまた騎士としての使命であるはずだ。
そう、たとえ汚名をきることになってもそこに主の幸せがあるならばそれもまた正しいことのはずだ。
「主はやてのことだ、きっと自分の気持ちに正面から向き合ってくれるはずだ。
だがもしそうならなかったようなら」
「ようなら?」
決まっている。
「不義理を覚悟で意見させてもらうとしよう」
「ええ、そうね」
願うならば主にも、テスタロッサにとってもいい未来があらんことを。
あとがき
今回は少し短め。少し時間をさかのぼってDVDを見たシグナムの話。
そこからファーストミッション終了時から二人の宣戦布告にいたるまでの間の話。
しかしついにクロノもはやても出なかった。
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