七夕
「七夕って、何?」
HRの終わった教室でいつものように仲良し五人組で集る中、フェイトが他の四人に尋ねた。
今日は7月7日、日本では七夕として知られる日だ。ここ聖祥小学校の教室にも笹が飾られ、HRで子ども達にはそれぞれ一枚ずつ短冊が配られていた。
「そっか、フェイトちゃんは初めてなんだね」
「せやな、シグナムたちは去年の今頃にはおったけどフェイトちゃんはアースラにいたんやったな」
「うん」
フェイト・テスタロッサ改めフェイト・T・ハラオウンが聖祥に来たのは去年の冬の出来事だ。なのはと出会ったのは半年以上前になるが去年の今頃はこの地を去っていた。
「じゃあわたしが説明してあげるわ。いい、七夕って言うのはね………………」
織姫と彦星に関する七夕の話をアリサが力いっぱい語る。やや脚色された話ではあったが意味は通じ、フェイトは真剣に話を聞いていた。
「……というわけで七夕には短冊に願い事を書いて笹に吊るすのよ!」
「そうなんだ」
話を聞き終わったフェイトは自分の手元にある短冊をじっと見つめる。
願い事を書く。それで本当に願いが叶ってくれるとは思わない。だがそれは夢のあることのように感じられた。
ただ問題もある。いざ願い事といわれても何を書けばいいのかわからないのだ。
「なのははなんて書くの?」
「私は『みんな一緒にいられますように』だよ」
「そっか」
「言っておくけど人とおんなじのにしようってのは止めなさいよね。フェイトの願いなんだから」
「う、うん」
なのはと同じにしようと思っていたフェイトはアリサの鋭い指摘に胸を驚きでドキドキさせながらもう一度考える。
フェイトにとっての願い。それは…………
「ええっと辛い目にあう人がいなくなりますように?」
それは生みの母、プリシア・テスタロッサのことを思うが故の願いである。プリシアのようにこんなはずではなかった人生を歩む人を少しでも減らしたいと願って管理局で働くことにしたフェイトにとっては重要な願いの一つでもある。
「却下」
だがそれは短冊に書かれる前にアリサによって切り捨てられる。
「あのねえ、これはフェイト自身のフェイトのための願いを書くところなのよ。だいたいイチャイチャしすぎて仕事に支障をきたして引き離されたような連中にそんなこと願ってどうするのよ」
「え、えっと……アリサはなんて書くの?」
「決まっているわ。『素敵な彼氏ができますように』よ」
「…………」
力強く宣言したアリサをフェイトは呆然と見ていた。
「でもアリサちゃんこの前告白されて断っていたよね?」
「当然でしょあんなガキ。同じ年の男の子は子どもばかりで困るわ。もっとしっかりした相手じゃないと。やっぱり年上がいいわ。フェイトやはやてもそう思うわよね?」
「ま、まあそうかもしれんわな」
「そ、そういうのもあるかもしれないけど」
思い人が五つ年上のあるため二人は強く否定はできない。とはいえ自分たちには直接そんなことを書く勇気もなかったしあまり積極的に肯定する気にもならなかった。
「まあまあ落ち着いてアリサちゃん。フェイトちゃんもそんなに考えなくてもいいと思うよ。何々みたいになりたいっていうのでいいんだから」
「そうなの?」
「うん、フェイトちゃんにもそういう人はいるでしょ」
「うん」
フェイトにとって憧れる人物は二人。一人はかつては敵対者として雌雄を競い合った烈火の将シグナム。もう一人は現在の上司であり義理の兄であり想い人でもあるクロノ・ハラオウン。違いはあるがどちらもフェイトにとってはまだまだ遠い存在だ。だがいつかは肩を並べられるようになりたいとも思っている。
「うん、そうしよう」
フェイトはペンを取って短冊に書いていく。
『クロノやシグナムみたいな人になりたい』
自分が書いた内容に満足して吊るしにいくとちょうどはやても書き終わり、吊るしたところだった。
「はやてはなんて書いたの?」
「ん、これや」
はやてが自分の短冊をフェイトが見やすい位置にもって来る。車椅子に乗っているはやての短冊は比較的低いところにあったので簡単にみることができる。
「えっと……『家族みんなが幸せでいられますように』?」
「そうや、みんな大変な生き方をしとったんや。これからはみんなで幸せになれるようにせんとあかんからな」
「そっか」
はやてらしい願いだと思い、短冊を戻して自分の短冊をできるだけ高い場所に留める。高いところにした理由は単純だ。クロノの名前が書いてあるからあまり人に見られたくなかったからだ。
同じ頃、クロノ・ハラオウンはアースラで頭を痛めていた。
彼にとって頭痛の種は山ほどある。例えば妹のことだったり妹と同い年の友人達のことだったり仕事のことだった様々だ。最近は師匠の分が減っただけまだましだろう。
とはいえ妹やその友人はまっすぐで純粋であるが故のことだからまだいい。仕事のことでも苦しむことはいちいち気にしていたら執務官など勤まらない。最大の頭痛の種は彼にとって右腕ともいえる人物である。
エイミィ・リミエッタ執務官補佐。クロノの学生時代からの友人でありアースラにも同時に配属された彼女は最近特になのはたちの世界の文化に影響を受けている。今回も七夕なる行事の話を聞きつけわざわざ笹を取り寄せていた。
それを知ったクロノは止めさせようとしたのだが艦の責任者であるリンディが許可したため強制的に設置の手伝いをさせられた。
現在は食堂に十二本の笹が飾られ、入り口で受け取った短冊に乗組員が順々に願いを書いて吊るしていく。そしてもちろんクロノの手にも一枚の短冊が渡されていた。
「まったくなんで僕がこんなものを」
短冊とペンを前にしてクロノは少し愚痴をこぼしていた。
クロノにとって神に願うものなどない。ましてや想い人と一緒にいることにかまけ仕事を忘れるような神に祈るような願いなどない。だが書くまでは返さないとエイミィが見張っている。早く仕事に戻るには早くこれを書かなければならない。
溜息を一つこぼし、思いついたものを書いてみる。
『世界がもっと平和になるように』
妹が考えたのに似ているような気もするがクロノにとってはもっとも当たり障り内容に書いたつもりである。だがここにもそんな内容じゃ納得しない人がいた。
「却下」
エイミィはクロノから短冊を取り上げると丸めて捨ててしまう。そして新しい短冊を渡す。ちなみにこれでクロノが捨てられた短冊の数は五つである。
「エイミィ、何が気に食わないんだ?」
「だからなんで仕事がらみだったり世界レベルの願いだったりするのかな。これはもっと個人レベルの願いをするものなの」
「別になんでもいいだろう」
クロノには特に物欲もない。必要な物は手に入れているし必要ない物については手に入れる必要がない。能力的なことだってこれまで努力でどうにかしてきた。これからも努力して手に入れていくだろう。無限書庫の司書なら休みが欲しいと願うかもしれないがクロノは(あくまでクロノ視点から見れば)間にあっている。もし欲しくなったとしてもある程度申請は通るだろう。
というわけでクロノにはとりわけ書くような願いはない。しかしこれが一種のお祭り騒ぎであることは理解している。あまり深刻な問題を書くような物でもない。とうのエイミィは『背が高くて頭がよくて優しくて立派な彼氏が欲しい』と書いている。それを見て現実を見ろと言ったのも現在の状況を作っている原因の一つだったかもしれない。
しかしどれだけ考えようともエイミィが納得してくれるようなものは書けそうもない。クロノにはエイミィが気に入ってくれそうな願いなど思いつかない。
だがクロノには頭痛の種はたくさんある。その中には妹のことも含まれている。ここ最近特によそよそしかったり、目が合うと逸らしたりと不思議な行動が多い。しかしこのアースラで家族の問題を乗組員にさらしていいものかとも思うのだ。
しばし考えた後、クロノは何を思いついたのかペンを走らせ文字を書いた。
「何これ?」
その文字を見てエイミィが首をかしげたのは不思議でもなんでもない。今までミッドチルダ語で書いていたのに突然なのはたちの世界の言葉で書いたのだ。
「えっと、いっかだん……わかんない」
無論エイミィも必要に応じて日本語の勉強はしている。しかしクロノが書いた文字はすぐには理解できなかった。
「まあ考えるんだな。これは間違いなく僕個人の願いで世界がどうとかという話じゃないぞ」
「うう、それは最初の一家の部分でたぶんフェイトちゃんがらみじゃないかって予想はつくけど。ねえ、なんて書いてあるの?」
「そのぐらい調べろ。現在の辞書にも載っている字だぞ。調べればわかるはずだ」
クロノはそう言って短冊を手近な枝に留めて食堂を後にした。
その短冊にはこう書いてあった。
『一家団欒』
(注)一家団欒……家族で集ってなごやかに楽しむこと。この場合は「家族みんなでなごやかに楽しく過ごせますように」ということ
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