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 迎えの車の中でもアキラとユイは話し出すとずっと二人で話しているし、レイイチはそれを止めようとせず、ミリアが二人に話しかけようとするとそれを止めていた。おかげで互いに紹介することなく、肝心なことは何も話さないまま一時間ほどかけて目的の研究所まで到着した。
 アキラやレイイチにとっては全員知っているのでいいかもしれないが、ミリアとユイは初対面なのだ。ただミリアのユイに対する第一印象は恋する乙女という感じで、仕官学校時代の友人を思い出し、悪い風には見えなかった。
 そんなミリアの不満は置いておいて、ユイを除く三人は研究所を見て目を丸くした。
 ふつうBF関係の研究所は場所をとるため地下に大部分が埋まっており、地上に出ているのは関係者の居住区と物資運搬用の通路、そして実際にBFがどれくらい動けるのかを調べるためのフィールドぐらいのものである。そのうちフィールドに関しては研究所の外にある何もない場所を使って行うこともあるので実際にはそれほど広くはない。しかしこの研究所の大きさは三人がかつて資料で見たロニアス結社の研究所の倍以上の広さがあった。もしこれで他の研究所のように地下にこれ以上のものがあるのならばその広さはとてつもないことになるだろう。少なくとも彼らが通っていた士官学校と同じぐらいの規模になる。

「なあ姫さん、本当にここが姫さんの研究所なのか?」
「はい、ここが私の月支部第九研究所です」

 レイイチが尋ねるが、ユイはなんともなしに答える。

「もしかして他の研究所と共同ということはない?」
「ありません」

 ミリアの質問にもきっぱりと答える。

「……………………」
「……………………」

 二人ともさすがにそれはどうだろうと思い、自分の娘にこんな大きな研究所を任したユイの父親に対して呆れてしまう。だがそんなことを思わないやつもいた。

「やっぱりユイってすごいんだね」

 ユイの恋人であるアキラである。しかしだからといってすごいの一言ですましてみせるのは大物というべきか、馬鹿というべきか意見が分かれるところであろう。この点においての二人の判断はというと、レイイチは「大物で馬鹿なんだよ」で、ミリアは「馬鹿なのよ」である。

「そうでもありませんよ、ここは他の研究所とは別の意味も持っているのでその結果大きくならざるを得なかったんです。実際の研究所としての規模としては他と変わりません」
「別の意味?」
「ええ、そのことに関してはあとで説明します。それで研究所内を案内しようと思うのですが、居住区と作業区のどちらから回ります? どちらにしても荷物は各部屋に届けさせておきますけど」




 これから暮らす場所を見ておくことは大事である。しかしアキラとレイイチはユイを信頼しているのでこれからの自分たちの生活に不安はないし、ミリアもこの二人との付き合いはそれなりに長いので別に心配しないでも大丈夫だろうと楽観視しているので、先に作業区のほうから回ることになった。

「ここが格納庫です。ここには皆さんに乗ってもらうBFが置いてあります」

 レイイチとミリアの希望もあり、まず真っ先にやってきたのは格納庫であった。今現在、この格納庫には四体のBFが鎮座してあった。そのどれもが既存のBFとは少々違う形をしている。しかも四体ともがそれぞれ大きさも形も違っていた。

「このBFはすべてワンメイド機で、皆さんの専用機になっています。このBFたちに使われている技術が有効であると判断されればその技術は他の研究所に送られます。いってみればこの研究所は実験用の研究所ですね」
「へえ、なあ姫さん、専用機ってことはどれに誰が乗るかも決まっているのか?」
「いちおう二体はアキラさんとレイイチさんが来ることはわかっていましたので二人に合わせて作ったのですけどほかの二人は誰になるかわからなかったので来てからと思っていたのですが、ちょっと困ったことになってしまって、結局レイイチさんの乗る機体しか決まっていないんです」

 申し訳なさそうにアキラを見てユイは言った。その顔はどこか悔しさがにじみ出ている。アキラとレイイチはユイのそんな顔を見て驚いた。幼いころから彼女を知っている二人でさえ、ユイのそんな顔をしている記憶はほとんどない。それこそ年齢が十に届くかどうかというころまでさかのぼらなくてはそんな記憶は見つからない。

(わー、よっぽど理不尽なことがあったのかな?)
(あー、一体どこの馬鹿だよ、姫さんの判断にいらんけちつけたのは)

 二人のうち特にレイイチは何があったのかを大体理解していた。
アキラ用に造った機体、しかもおそらくユイが先導して造ったのであろう機体を何らかのけちをつけたか、あるいはそれにアキラが乗ることに文句をつけたやつがいるのだろう。しかもそれがユイの力だけで押さえつけることができない相手なのだろう。それがレイイチの予想であり、ユイのアキラへの想いを主観ではなく客観で長い間見続けてきたレイイチだからこそわかることで、アキラでは相思相愛ゆえにユイのアキラに対しての女心なんぞわからないのである。いや、レイイチに言わせてみればそれが理解できるようなアキラはアキラであってアキラではないのだ。
 そしてレイイチの予想は的中していた。

「ふーん、そいつがアキラ・ベルガーか、ほんと頼りなさそうだな」

 アキラたちの背後から男が現れた。

「…あんた誰だ?」

 男のほうを振り向いたレイイチが敵意をむき出しにして男を睨みつけた。レイイチは親友であるアキラを侮辱するやつを基本的に許さないのだ。

「オレか、オレはライナス・ウィラーだ。おまえら同様この第九研究所の専属パイロットさ」

 男はレイイチの敵意を受け流しながらアキラのそばによって来た。

「ふん、お嬢様も見る目がないな。こんなやつにメタトロンを任す気か」
「んだと」

 レイイチから出される敵意が増大し、殺気までもが混じり始める。レイイチはアキラに対して同様ユイを侮辱するやつも許さない。
 さすがにこれにはライナスも参ったらしく、冷静を装いながらもレイイチから距離を置き、額に汗がにじみ出てきた。

「だ、だいたいおまえらは自分たちの仕事が何かわかっているのかよ?」
「BFのテストパイロット」

 アキラがレイイチとライナスの間に割り込むように移動して答える。レイイチをとめられるのはアキラしかいないのだ。

「ふん、やっぱり何もわかっちゃいないな。俺らの仕事はテストパイロットなんかじゃねえ、実際の戦闘に出るんだよ」
「え?」

 アキラとミリアがユイのほうを振り向く。

「それ本当なの?」

 たまらずミリアが尋ねる。

「…はい、ここはたしかに研究所であると同時にロニアス結社の警備部でもあります」
「う、嘘でしょ」

 ミリアは思わずユイにつかみかかりそうになるが、それを寸前で別の手がミリアの腕をつかんだ。

「な、なにするのよ!」
「落ち着けよ、そんなことは少し考えればわかることだろうが」

 ミリアの腕をつかんだのはレイイチだった。

「なんでわざわざおまえがスカウトされたのか考えてみろ。アキラは姫さんの恋人だし、俺はアキラの親友、でもおまえにはそんな理由はないだろう。おまえが自分から就職しようとしたのならともかく、おまえはそうじゃなかっただろう」

 そう、ミリアは本来ならロニアス結社ではなく軍に入る予定だった。それをロニアス結社から来たスカウトマンがぜひともうちに来てほしいといってきたところ。アキラとレイイチもそこにいくというので受けたのだ。そしてミリアがスカウトされた理由といえば別にアキラたちと仲がよかったからというわけではない。ただ単純にテストパイロットというだけならば同じチームを組んでいたもう一人のほうがBFに対する知識も豊富でよかったはずである。にもかかわらずミリアが選ばれたのはミリアが士官学校の実技で同期の中でレイイチに次ぐ二番目の実力を持っていたからだ。それが示していることは自分の仕事がただのテストパイロットにとどまらないということである。

「そう、そうだったわね、そんなことはここに来る前にもうわかっていたはずだったわ」

 なぜ自分なのかと悩んだこともあったし、そのことについてもきいてみた。そのうえで自分が一番ふさわしいといわれたからここに来たのだ。他の同期よりもとび抜けていたところが戦闘技能ぐらいだった自分がふさわしいといわれたならばそれは戦いに決まっている。

「まあそういうわけだ。まあオレとしては姫さんがオレたちを必要としたのならそれがただのテストパイロットだろうと戦闘要員としてだろうとどちらでもいいがね」

 それこそが大事なことだとばかり言うレイイチに、脇で聞いていたライナスが嘲笑をうかべた。

「はん、そんな軽い気持ちでいられちゃ困るんだよ。見たところおまえがこの中じゃ一番できるみたいだが、それでこんな調子じゃたいしたことなさそうだな」
「そうか、俺から見ればあんたが一番弱そうだがな」
「なんだと!」

 先ほどまでとはうってかわって冷笑を浮かべながら言うレイイチに、ライナスが掴みかかる。

「どうしたおっさん、いや、おっさんって言うほどの歳でもなさそうだな。せいぜい俺より二つか三つ上って所か。まあいいや、とにかくそんなにがんばって虚勢を張らなくてもいいんだぜ、意味ないからよ。ほれ、こんなに震えているじゃねえか」

 レイイチが腕をつかんだ瞬間、ライナスの背中に寒気が走った。レイイチがしているのは振りほどこうとするものではなく、強く握っているのでもなく、本当に軽く掴んだだけである。しかしそれでもレイイチの言う通り腕は震えているし、もはや自分の意思で動かすことすらできなくなっていた。

(な、なんだこいつは?)

 別にレイイチはさっきまでのように敵意や殺気を出しているわけではなかったが、ライナスは本気で殺されると思った。

「レイイチ、止めなよ」
「ん、わかった」

 アキラが声をかけるとレイイチはあっさりとライナスの腕を放した。
 そのおかげでライナスはようやく手を動かせるようになったが、震えは止まらなかった。

「ふ、ふん、確かおまえはレイイチ・シンドウだったな。おまえも哀れなもんだな」

 ライナスはレイイチを掴んでいた手を放した。

「はいはい、いいから虚勢を張るのは止めろって。見ていて哀れだから」
「うるせえ、オレはおまえに対してはほんとに同情してやるよ。なんせ、おまえの専用機はとんでもねえ欠陥機だからな」
「欠陥機?」
「おう、オレもテストパイロットとして起動実験で乗ってみたがあれはひどいものだったぜ」

 レイイチが話に食いついてきたのを見て、話し続けるライナスだったが、さらに話を続けようとしたところ、思わぬ妨害が入った。

「ふーざーけーるーなー、ぼーんーぞーくーがー」
「あ」

 最初にそのこちらに向かって走ってくる人影を確認したのはレイイチだった。
 その人影は猛スピードで走ってくると、ライナスの後頭部に向けて跳び蹴りを放った。

「うわ!」
「おお!」

 その衝撃でライナスは吹っ飛ばされ、その鮮やかな跳び蹴りにレイイチは感嘆の声を上げた。

「おまえみたいな凡俗にこの天才の考えなんてわからないのさ。僕の造ったカマエルはおまえみたいな凡俗に使いこなせるようなものじゃないんだよ」

 倒れたライナスを踏みつけながらそんなことを言っている人間はアキラたちが見る限り男に見えた。スラックスにシャツの上に白衣を羽織っているのだからおそらく科学者、それもこの場所にいるのだからBF関係の科学者なのだろう。だがそれよりも何よりも気になるのはその白衣の大きさだった。まず先に言っておくとその男の背丈は低くない。少なくともアキラよりかはありそうだ。まず170をきることはないだろう。だというのにその男が着ている白衣の裾は地面についているし、袖も完全に男の腕を覆っている。外から見た限りでは袖の三分の二ぐらいのところに手があるようだ。明らかに不恰好な装いである。

「ふう、満足満足」

 存分にライナスを踏みつけて、ようやく気が済んだらしいその男は、レイイチのほうを見た瞬間、一気にレイイチのところまで駆け寄ってきた。

「やあやあ君がレイイチ・シンドウ君だね。僕はアイザック・フランキーだ。気軽にMr.アイザックと呼んでくれ。ぜひとも呼んでくれ。レイイチ君、ああ僕は君の事をレイイチ君と呼ばせてもらうよ。いやー、君がここに来ると聞いたときにはほんとにここに来てよかったと思ったよ。まったく、世間の凡俗はこの天才の偉大な才能を理解してくれなくて困るよ。それに比べてユイ所長はよくわかっている。行き場のなくなった僕に研究の機会を与えてくれたのだから。しかもそればかりか君まで連れてきてくれるとは。もういくら感謝してもしたりないよ。ああ、もちろん君のことはよく知っているよ。士官学校始まって以来の天才だってね。それも戦略でも理論でもなく、戦闘技能と言う点での天才。まさに神が僕のために用意してくださったみたいじゃないか。あるいは君のために僕が用意されたというべきなのかな。まあそのどちらにしても関係ないね、大事なのはここに互いに貢献し合える天才が二人そろったことだ。僕は君に乗ってもらうことだけを考えてカマエルを造ったんだ。君以外にあれを乗りこなせる人間なんかいないさ。さあさあ、早速カマエルについての説明をしよう、こっちに来てくれ、ぜひ来てくれたまえ」
「あ、ああ」

 アイザックのあまりの勢いにさすがのレイイチも押され、ひっぱられるままに連れて行かれてしまった。


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