ロニアス結社月本社の廊下をレイイチは歩いていた。
 彼を呼び出したのはグレッグ・アーソンという男でかつてはユイの護衛をしていた男であり、つい先日はユイの副官としてガルガリンA−U改に乗っていた男である。

「すまなかったね、呼び出したりして」
「別にかまわないぜ。この前の仕事のおかげで今日はフリーだ。俺がいたら絶対にアキラとユイのデートに付き合うことになったしな」
「おや、嫌だったのかい?」
「そういうわけじゃないが、できることなら二人で行ってほしいな。俺の夢実現のためにも」

 グレッグは苦笑をもらした。レイイチが持つ夢とはほんの些細なものといえるだろう。少なくとも彼ほどの力があればもっといくらでも望めるものがあるだろうし、その気になれば手に入れられるものも多いはずだ。少なくともグレッグもレイイチの力の半分でもあればと思ったことは何度もある。それなのにレイイチの持つ夢とは『アキラとユイの子どもをこの手で抱きしめる』というはたから見れば時間の問題でしかないことなのだ。

「あなたは本当に安上がりな人ですよ。人は本来欲深いものですから。あなたほどの力があれば……そうですね、例えば格闘界にでも乗り込めば数年で世界王者に君臨しているでしょう」
「そんなものに意味はないからな」

 レイイチにとってはそんな地位など何の意味などないものに過ぎない。くだらないものだというつもりはない。それはたしかに立派なものだから。ただレイイチにとってはそんなものが色あせたものにしか見えないのだ。

「そうでしたね………つきましたよ」

 グレッグがレイイチを連れてきたのは本社の応接室の一つだった。

「ではくれぐれも先ほど言った通りにお願いします」
「わかってるよ。俺はただ立っているだけでいいんだろ」

 念を押すグレッグにレイイチが応えると、グレッグは頷き、応接室の扉を開けた。

「ずいぶん遅かったな」
「お待たせしましたようですね」

 中で待っていたスーツ姿の男が嫌味な言葉をグレッグに投げかけた。

(オルソン・レスト、ロニアス結社BF部門の責任者の一人で軍部に対するプレゼンテーションと売り込むBFの選別をしている)

 前もって教えられた情報を思い出してレイイチはオルソンを眺める。
 容姿はよい。すらりと伸びた足に整った顔立ち、スーツの着こなしもよいから女性からの人気は高いかもしれない。ただしその人を食ったような顔を他所でしていなければの話だ。

(三流の小悪党)

 それがレイイチの下したオルソンの評価である。

「ではさっそく話を済ませましょう」

 グレッグはオルソンの向かいのソファに座ると穏やかな目を相手に向けた。それで少しオルソンの肩が揺れたのが見えた。
 グッレグは穏やかな話し方と表情から勘違いされやすいがこれでもかつてはユイの護衛部隊のリーダーを務めていたほどの男である。それ貫禄は警備部の一員となった今も衰えることを知らない。オルソンではただ目の前にいるだけでも威圧されている気分になるだろう。
 そしてレイイチはそこらの壁に寄りかかり少し目を細めた無表情でオルソンを眺めた。はたから見たら睨んでいるようにも見えるかもしれない。

「つい先日のBFデータの流出については知っていますか?」
「あ、ああ、その話は聞いているよ。まったく困ったものだ」
「はい、そうですね」

 グレッグは笑顔で相槌を打つ。

「確かその主犯は第五研究所の人間だったな。まったく、いくら成果が出せないからといってその原因をこちらに押し付けられても困る。軍に彼らのBFを売り込めないのは機体の悪さが原因なのだからな」
「おや、私はヴァーチャーVはなかなかいい機体だと伺っていますが」
「はっ、誰だそんなことを言うのは?」
「ヴァーチャーVと戦った警備隊の人間からです」

 それを聞いてオルソンの眉間にしわがよった。

「まったく、これだから戦闘力でしか考えられない連中は困る。これはヴァーチャーシリーズ全般に言えることだがあれは換装システムのせいでコストがかかるんだ。性能がよいといってもアークエンジェルシリーズと比べてコストと性能の比率が悪い」
「なるほど、経済的なことを考えればヴァーチャーVはダメだと」
「ああ、そもそもあそこの研究所が残っていること自体が間違っているのだよ。態度は悪いし能力はない。ましてや目上の者を敬うことを知らない。私があそこを訪ねた時の態度を思い出すだけでは嫌気がする。……まあそんなことはいい。それよりもまさかそんなことで私を呼んだのか?」
「いやいやまさか、大事なのはここからですよ」

 グッレグの目が細められ、応接室の空気が冷たくなったように感じられた。

「あなたのこれからの処遇について、何か弁明したいことがあればどうぞ」
「は?」

 オルソンは何を言っているのかわからないという顔をしてグレッグを見た。だがグレッグを見た瞬間から脂汗が流れてくる。オルソンはグレッグの迫力に押されていた。

「あなたはこれまで各研究所にBFの売り込み料と証した賄賂を受け取っていることがわかっています。そしてヴァーチャーシリーズが今回選ばれなかった理由は第五研究所がその賄賂を渡さなかったから」
「ま、待て、何の話だそれは?」

 淡々と告げるグレッグにオルソンが慌てて訊ねた。だがグレッグはそれに応えず続ける。

「賄賂を渡していた研究所は第一、第二、第三の三つ。そしてそのどれもが進んで渡していたのではなくあなたに強要されていたことがわかっています」
「わ、私は賄賂なんてもらったことはない。そいつらのでまかせだ」

 その慌てぶりはレイイチから見て滑稽であった。もちろんグレッグもそう思っているが顔には出さない。だがレイイチは思う存分嘲笑を浮かべていた。

「残念ながらあなたの口座に多額の金銭が振り込まれていることがわかりました。もし違うというのであればそのことについても説明してください」
「ふざけるな! 人の口座を勝手に確認するなどプライバシーの侵害だぞ」

 この時すでにオルソンは正気ではなかった。オルソンはこの部屋にグレッグとレイイチが入ってきた時からずっと精神的圧迫を受け続けていた。それは確実にオルソンの神経を削っていた。さもなければ彼の言葉が嘘であることに気づき、ごまかすことができたであろう。だが彼は正気ではなく、すでに冷静さなどなかった。それ故に思わず本当のことをもらしてしまった。

「だいいち私は金を振り込ませるようなへまはしない」
「ほう、ではどうしましたか?」
「そんな不確かな方法よりも直接受け取る」
「なるほど、わかりました。では自白を得られたのでもう結構です」
「えっ?」

 グレッグが合図をすると外から二人の男が現れてオルソンを捕まえた。そこにいたってオルソンは自分が何を言ったのか理解してしまった。そして自分がはめられたことも。

「き、貴様、こんなことをしてただで済むと思うなよ」
「済みますよ、あなたは自らの罪を自白してここから去っていくのですから」

 連れ出されるオルソンを笑みを浮かべて見送るグレッグを見て、レイイチは苦笑をもらした。しかし隣をオルソンが通過しようとしたところでオルソンの肩に手を置いてささやいた。

「命がほしけりゃ下手なことをするんじゃないぞ」

 言葉と共にぶつけられた静かであるが力強い殺気にオルソンの顔が恐怖にゆがんだ。

「もし何かしてみろ、その時は……」

 レイイチはあえて先を続けず、冷たい笑みを浮かべて見せた。それがとどめだった。
 オルソンの膝から力が抜け、体重全てを両脇を固める男達にゆだねることになった。しかも全身の震えが止まらず、顔も青ざめている。

「ありゃ、ちょっとやりすぎたか?」

 まさかここまであからさまな反応を見せるとは思っていなかったレイイチは少しばかり反省した。

「ご苦労様です」

 オルソンが応接室の外に出されると、グレッグがねぎらいの言葉をかけてきた。

「まあたいしたことじゃないさ」

 オルソンに圧力をかけていたのはグレッグではなくレイイチだった。オルソンはグレッグに対しては気を張っていたのであったが、レイイチに対してはあまりに無防備だった。そしてレイイチにとってあの程度の小物を威圧し続けることはたいしたことではなかった。

「これで終わりだな。じゃあ俺は先に帰っていいか?」
「はい、私はまだ後始末をしなければいけませんので」
「おつかれさん」

 レイイチは軽く手を振って外へと出て行った。





 行きと違い一人で廊下を歩くレイイチの頭にはオルソンのことなど欠片も残っていない。いや、応接室に入ったときから気になどしていない。レイイチの頭の中には別の悩みがあったからだ。

(あれをやったのは何者だ?)

 レイイチの頭を占めていたのは宇宙海賊との戦いの際、レイイチよりも先に司令室に入り中にいた人間を虐殺したのが何者かということだ。
 あの後揚陸部隊の人間や医療班を集めて調べたところ、傷口に高熱で焼かれた痕が見つけられた。それによって普通ではない武器、ユイやアイザックの話ではエネルギーソードのようなエネルギーをブレード状に固定させた物だということがわかったが、人間用の武器にはそのような物はほとんどない上、あっても小型のバッテリーによって短時間の間だけ展開できるような物でこれだけの数を殺す時間もつはずがないということだ。もし仮にレイイチが使って行ったとしても同じものが五本は必要だという。また、レイイチが通ったのとは別の通路にも宇宙海賊達の死体が転がっており、そちらも同じ武器で殺されているとわかった。その分も含めると十本以上、個人で持ち運ぶには重過ぎるということがわかった。
 結果、侵入したのは複数ということで落着いた。複数、大体五人もいれば不可能ではないと判断されたのだ。
 だがレイイチはそうではないと思っていた。
 死体の位置、殺されたであろう場所、血だまりの場所などからレイイチは犯人は一人か二人だと判断していた。
 死体は銃を持っていなかったし部屋の中にも落ちていなかったことから接近戦、しかし死体の散らばり方から彼らが相手から逃げていたようであった。だが逃げていたにもかかわらず入り口のほうに来た様子はなかったのでそこに一人待ち構えていたのだろう。
 そしてその者達は彼らを殺しつくした。ユイもアイザックも知らない、既存の技術ではない武器を使って。
 そのことがレイイチの頭に警鐘を鳴らしていた。

(まあ、見つけたらぶち殺す)

 そして何よりレイイチはあの惨状を作り上げた奴に怒っていた。
 レイイチはあの時アキラが取り乱したわけを理解していた。レイイチもあの事件の当事者だ。だがレイイチはそれほどあの事件を嫌悪しているわけではない。忘れたいとも忘れようとも思っていない。あのの事件があったからこそレイイチはここにいるのを知っているから。そしてアキラにとっても思い出すだけであそこまで取り乱すほどあの事件のあとをひいてはいないはずである。だがもう一人の当事者、ユイは違う。ユイはあの事件のことが完全にトラウマになってしまっている。アキラがあの時気にしたのは自分のことでもレイイチのことでもなく、この報告を聞くであろうユイのことなのだから。

 そしてレイイチは記憶を過去へとはせる。十四年前のあの事件へ


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