レイイチがまだ八歳の頃、地球の日本という国の小学校に通っていた。その頃のレイイチには友達と呼べるような者はおらず、また近寄ろうとする者すらいなかった。
 当時のレイイチは名前を除けば一通りの呼ばれ方しかされなかった。
 そしてそれは『人殺し』という呼ばれ方だった。

 それはレイイチが通っていた道場でレイイチと組み手をしていた時に道場主であった師範が死んでしまったことが原因だった。死因は首の骨の骨折だった。そのこと自体は事故死として扱われていたのだが、いつの間にか事故死ではなくレイイチが殺したとして噂が広まっていった。そして誰もレイイチには近づかなくなった。また、レイイチもまた誰かに話しかけようとしなかった。



 そんなある日のことだった。クラス単位に分かれて遠足に出かけた時、レイイチのいるクラスのバスがバスジャックされた。
 男達の狙いはそのクラスにいた一人の少女、ロニアス結社会長の孫娘であるユイ・F・ロニアスだった。
 巻き込まれた他の子ども達はパニックを起こしたが、男が運転手に放った一発の銃声で静まりかえり、恐怖で震え始めた。同乗していた教師も最初こそは男達に敵意を向けていたが銃声を聞くと子ども達と同じように恐怖で震えていた。時々泣き出した子ども達をあやす声も聞こえてきたが、それは子ども達にというより自分に言い聞かせているように見えた。
 そんな中レイイチは冷静だった。その身はまったく恐怖を感じておらず、ただぼーっとその光景を眺めていた。
 師範が死んだ事件、事故死として扱われていたがレイイチ自身は自分が殺したのだと理解していた。もともと習い始めてわずか四年、七歳の時点ですでに師範以外は組み手の相手にならないほどの実力者、その時点ですでに普通ではない。だから自分が師範と組み手をしたとき、師範を床に頭から叩きつけるとき、このまま叩きつければ死ぬとわかっていたし、それなのに手を緩めずに叩きつけていた。だからレイイチはその時に自分が特別なのではなく異常なのだと理解した。
 だからこの時もなんとも思っていなかった。誰かが死ぬことも、誰かを殺すことも、自分が死ぬかもしれないということさえどうでもよかった。

 だがレイイチは一人の少年に目を止めた。
 少年は男達のユイの間に立ちふさがり、男達を睨みつけていた。レイイチもクラスメイトの名前は覚えていたからその少年がアキラ・ビルガーという名前の少年だとわかった。アキラの手足は遠目に見てもわかるほど震えていた。だがそれでも少女を背中にかばう姿はレイイチにとってとてもすばらしいものに見えた。
 男達はそのアキラに何か言っていたが、アキラのほうはまったく引かなかった。そして別の男がアキラの荷物の名札を見て何か言うと、男達はアキラを放っておいてバスを走らせた。
 アキラは自分が助かったことに安堵するとすぐにユイのことを気にして今にも泣き出してしまいそうなユイを慰めていた。  その時はなぜ男達がアキラを撃たなかったのかわからなかった。それがわかったのはアキラのことを知ってからのことであり、今は関係がないことである。だがその時アキラが助かったのは事実であり、レイイチはアキラに興味を持つようになった。





 男達がバスを運んだ場所はどこかの埠頭だった。そこにあるコンクリート建ての大きな建物に入れるとバスの中にいた子ども達を降ろし、そこそこの大きさの部屋に全員を入れた。そしてその中からユイとアキラだけを別室に連れて行った。
 もっとアキラのことを見ていたいと思ったレイイチはそのことが気に食わなかった。
 アキラたちのいなくなった部屋は子ども達の震えた声でうるさかった。教師の励ましの声もわずらわしかった。男達のくだらないおしゃべりも邪魔だった。ただアキラが何をしているのかを見たかった。連れてかれた部屋でユイをかばっているだろう、ユイを支えているだろうアキラを見ていたかった。
 理由はそれだけ、それだけでレイイチにとっては十分だった。

 レイイチは男達の位置を確認する。入り口の横に三人いる。三人とも銃を持っているがレイイチはそれを脅威だとは認識しなかった。
 レイイチは男達に近づくと、まず一人目を殴った。それに驚いた別の男が動くより前にレイイチは二人目の腕を掴んで引き寄せ、足を払う。その際に空いている手を男の頭に添えて足を払ったほうと逆に払う。男は回転するように宙に浮き、レイイチは男の鳩尾に肩から体当たりをして三人目のほうへ吹き飛ばした。
 一人目が殴りかかってくるがレイイチはその腕を取って間接を決める。そしていっさいの躊躇なく折る。男が悲鳴を上げるがレイイチはすぐに首を絞めてその悲鳴を止めてしまう。そして首を絞めたまま後ろ向きに背負い、投げ下ろした。
 首の骨が折れた音がしたがレイイチはそんなことはまったく気にせず立ち上がろうとしている二人目と三人目に一足飛びで近づく。そして男達が銃を構えるのよりも早く二人目の腕を掴み、ひねり上げる。そしてそのまま二人目に体当たりをする。
 腕を掴んだ手は離さず、三人目のほうに下がる二人目の後ろに回り、折る。さらに首を絞めて足に手をかけて背中に持ち上げ、首を絞めたまま三人目に向けて跳ね上げる。骨が折れた感触がすると首を開放し、落ちてくる男を避ける三人目の足元に屈み、両足を挟むように払う。そして倒れた男の足を掴み、膝の骨を折る。もう片方の足も折り、男を動けないようにする。
 悲鳴を上げながら逃げようとする男を仰向けにひっくり返し、馬乗りになる。  アキラたちを連れて行った場所を訊ね、それ以外のことを言おうとすると肩をはずし、指を折り、肋骨を砕いた。男が悲鳴を上げるたびに殴り、黙らす。そして男がようやく吐くと身体を起こしてやり首の骨を折った。

 一連の作業を見ていた子ども達も教師も今まで以上の恐怖を顔に浮かべるがレイイチはまったく気にしない。そこに生まれた三つの死体を放置してアキラたちのいる場所へ向かっていった。





 子ども達を監視していた連中との連絡が取れないことに気がついた男達はすぐに見に行こうとしたが、レイイチがたどり着くほうが早かった。
 扉を開けて堂々と部屋に入ったレイイチに男達が驚き、一瞬銃を構えるのが遅れた。
 その間にレイイチは中にいる人数を確認した。全部で十二人。さすがに数が多い。
 男の一人が銃を構えると同時にレイイチは別の男の懐に飛び込んで盾にした。そして目の前の男の喉に貫手を打ち込んだ。レイイチの右手は指半ばぐらいまで喉に食い込み、引き抜かれた瞬間男の喉からは血しぶきが舞った。
 血を見た男達はレイイチを完全に敵と認識し、すでに死んだ男ごと撃った。だがレイイチは男を放り投げるとすぐに移動、銃弾の来ない場所、別の男の懐へと飛び込む。
 今度の貫手は男の腹を引き裂いた。鮮血と共に内臓がこぼれる。そしてさらに虫の息となった男を銃弾が穿った。盾にされた男は絶命し、レイイチはまた別の獲物へと向かう。

 男達にとってレイイチはあまりに圧倒的な存在であった。銃弾は全て見切られ、かわされる。あるいは仲間を盾にされる。
 ある者は首を引き裂かれ死んだ。
 ある者は盾にされ全身を撃ち抜かれ死んだ。
 ある者は関節を砕かれ、目を貫かれた。
 ある者は足を踏まれ首を固定され上で全体重を乗せた体当たりをくらって背骨を折られた。
 折れた背骨が背中から飛び出し、その骨によって串刺しにされた者もいた。

 男達は目の前にある現実が信じられなかった。
 八歳にしては大柄であったがそれでも男達よりもはるかに小さい体からは考えられない力は男達を圧倒し、磨かれた技は男達を歯牙にもかけていなかった。力でも勝てず動きにもついていけず、銃弾さえもかわされる。そして何より男達が一番恐ろしかったのはレイイチが浮かべていた表情だった。
 そこに悲嘆はない。躊躇いもない。悲しみもなく喜びもない。ただの無表情。人を殺すということに何も思うことがなく、命というものに何の思いもないようなその無表情。人を殺すということをただ呼吸するかのようにしかとらえていなさそうな表情が何よりも恐ろしかった。

 そこにあるのは鮮血に満ちた真紅の世界。舞台は紅く彩られ、舞台の登る少年の色も紅く彩られる。真紅の舞台の上で少年は静かに舞う。ただ世界を紅く染めるために舞う。
 やがて舞は終わり、その真紅の舞台には十二の骸が横たわり、真紅に染まった一人の少年が立っている。
 少年は舞を眺めていた二人の観客に顔を向ける。

 アキラはその光景を、人が死んでいく過程をずっと眺めていた。背中にかばったユイの押し殺した泣き声が伝わってくる。ユイの震えが伝わってくる。そしてユイの温もりが伝わってくる。だから挫けずにいられた。最後まで男達からユイを守って見せると思えた。
 その決意の全てが穴の開いた袋の中の砂のようにこぼれていく。
 不覚にも見とれてしまった。そこにあるのは人を殺したという事実なのに、目の前にいる存在に、目の前で行われた舞に昂揚し、見入ってしまった。
 少年が自分のほうを見た。背中にいるユイが今まで以上の力でしがみついてくる。その恐怖が伝わってくる。
 だがアキラにはまるで恐怖が湧いてこなかった。
 男が近寄ってくる。アキラは気がつかないうちに口を開いていた。

「あ、ありがとう」

 口にしてから自分達があの男達から助けられたのだと気がついた。





「あ、ありがとう」

 その言葉を聞いた瞬間、レイイチの中で何かがはじけた。
 レイイチは自分が異常な存在なのだと気がついていた。だから人と関わろうとしなかった。関わらないことで済まそうとしていた。自分は普通でなく、世の中から認められない存在なのだと思っていたから。
 だがアキラの言葉はそれを否定するものだった。
 ありがとう、それは感謝の言葉。
 ありがとう、それは目の前のことを受け入れてくれたからこそ出た言葉。
 レイイチはこの時自分がどれだけ救われたのかわからなかった。どれほど救われたのかわからなかった。それほどまでに自分を肯定してくれた目の前の少年が嬉しかった。

 その時思ったのだ。
 自分は全てをかけてアキラのためになろう。アキラを守ろう。アキラの幸せを見届けようと。





 そうして今レイイチはアキラの親友としてここにいる。だからレイイチはアキラの敵を許さない。アキラが好きなユイの敵を許さない。
 だから許さない。あの時、ユイにトラウマを植え付けた自分を、そしてそのトラウマを呼び覚ますようなことをした奴らを。


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