「じゃあ詳しい話をしてもらうとしましょうか」

 友好を深める名目もと両チームから一名ずつ偵察を出すことになったので出て行ったレイイチとロイドの二人を除く七人はノアの作戦室に場所を移していた。理由はもちろんエリスから詳しい話を聞くためだ。そのためエリスを中心に事情を知らない四人が並び、知っているアキラとユイはその様子を四人の後ろから参加している。

「詳しい話も何も、先ほど言ったとおりだ」
「だからなんでそうなったのかを訊きたいのよ、あたしは」
「そうですよ、私もエリス様と共に行動するようになって四年になりますが初めて聞きましたわ」

 四人のうち特に女性であるミリアとアリスは特に興味を持っているようである。もっともだからといって男二人のほうもかなりの興味を持っているようではあるが。

「私がレイイチに結婚を申し込んだらそういう条件をつけられた。今から十二年前、レイイチが十、私が九つの時だ」
「ちなみにその日はレイイチとエリスが初めて会った日のことだよ」
「…いったいどんなガキだよ、おまえらは」

 アキラの補足を聞いてライナスは思わずそう漏らしてしまった。

「一目惚れだったのですか?」

 そう訊ねたのはロルフだ。

「ああ、あの出会いは衝撃的だった」
「うん、レイイチに頼んだのは僕だったけどまさかあんなことになるとは思わなかったよ」
「はい、さすがレイイチさんとしか言いようがありませんでした」

 後ろで頷いている二人を見てミリアは背筋に氷を放り込まれたような気分になった。
 ミリアのレイイチに関する感想は『怪物』『化物』などである。教官たちの中には『天才』と考えていた者もいたらしいがミリアに言わせればそれは間違いだとしか言いようがない。あんなものが人間の枠組みに含まれるとはどうしても思えなかった。
 そしてそんなレイイチが子どもの頃に引き起こした出来事で、さすがとまで言わせるような出来事など普通に考えてありえないものに決まっている。

「いったいどんな出会いだったのよ?」

 それでも訊いてしまうのは性なのだろう。

「ふむ、私はその日初めて一人でアキラの家に遊びに行くことになったのだ。幸い私も地球に住んでいたので飛行機に乗り、電車を乗り継いでな」
「なんか初めてのお使いみたいね」

 当時九歳であるから間違った表現ではないだろう。

「私は遠慮したのだが叔父様は迎えをよこすときかなくてな、私は駅で迎えが来るのを待っていたのだ」
「その迎えが僕とレイイチとユイだったんだよ」
「それのどこが衝撃的な出会いなんだ?」

 遊びに来た親戚が友人と会ったことなどライナスにとって少しも衝撃的には感じられない。他の三人もそうであるようで不思議そうにしているが、ミリアは不思議に思いながらも先ほどのユイの言葉が引っかかっていた。
 そしてもちろんその程度のことがないのだ。

「だが迎えに来たのは別の人間だったのだ」
「あれ? それっておかしいですよね?」

 アリスが首をかしげてエリスではなくアキラたちのほうを向いて訊ねてきた。

「うん、迎えに行ったのは僕たち三人だったからね」
「単純な話だ。そいつらはベルガー家頭首の娘である私をさらおうとした偽者だったのだ。そしてそいつらは私がそのことに気がついたとわかった瞬間無理矢理車の中に連れ込んだわけだ」
「ちょうど僕たちが駅についたのもそのタイミングだったんだよね。間に合わなくて車が出ちゃったけど」
「エリス様を誘拐しただと」

 ロルフが憎々しげに言うが、ミリアとライナスはむしろレイイチがいて間に合わなかったことに驚いた。ただその後の展開がある程度読めてきていたが。

「私も抵抗して二人は倒したのだが奴らは五人もいた。さすがにまだ幼かった私では大の大人五人に勝てるはずもなく、身動きを封じられてしまった」
「二人も倒してりゃ十分すごいわ」

 ライナスはその光景を想像して冷や汗が流れるのを感じた。少なくともベルガー家の令嬢をさらう、それも行動を調べての上である以上はプロの仕業だ。それを二人も倒してしまうなどまだ十にも満たない子どもにできることではない。しっかりと武装しているならばともかく、親戚の家に遊びに行くのに持っていくものなどたかが知れている。

「いちおう離れたところには護衛が隠れているはずであったし、もしものための発信機はついていたので大人しく隙をうかがうことにしたのだが、救いはすぐにやってきたのだ」

 ミリアとライナスは来るべき時が来たのだと思い覚悟を決めた。そこで語られるものは想像を絶するものであるはずだという確信があったために。

「レイイチが自転車で車を追いついてきたのだ」

 想像してみた。

「………………」

 道路を走る車。おそらく急いでいただろうからそれなりのスピードが出ていたのだろう。そしてそれを追いかけてくる自転車に乗った少年。それも車以上のスピードで。
 絶句するしかなかった。

「…とりあえずあたしは誘拐犯たちに同情しておくわ」
「ああ、そうだな」

 長い沈黙の後に口を開いたのはミリアとライナスだった。二人はある程度のことは予想していたので他の二人よりも回復が早かった。

「でもその日はたまたま信号で詰まっていたから追いつけたんだってレイイチは言っていたよ。さすがに走っている車に追いつくのはレイイチでも無茶だから」

 アキラがフォローを入れてくれるがだからといって彼らの常識が崩壊しかけていることにはかわりがない。

「それにしてもよく自転車なんか持ってきていたわね」
「たしかにな。普通迎えに行くなら歩いていくだろう」
「持っていっていないよ」
「えっ、ではどうして自転車で追いかけれたんですか?」

 もっともである。歩いていったならば自転車があるわけがない。自転車がなければ自転車で追いかけれたはずがないのだから。

「近くにいた人から借りたんだよ」
「…まさか盗んだの?」

 まともに話し合っていたら間に合うはずがない。

「まさか、しっかりと説明して納得してもらったよ。レイイチが出た後に」
「それに車に衝突したせいで壊れてしまいましたから新しいのが手に入って喜んでくれました」

 それでいいのかと思ったが誰もつっこまなかった。いや、むしろ自転車で車に突っ込んだことに驚いてそれどころではなかった。

「追いかけてって頼んだのは僕だけど、まさか追いついちゃうなんて思わなかったよ」
「じゃあなんで追いかけさせたのよ?」
「もちろん車で来ていたユイの護衛が追いつくまで見失わないためだよ。レイイチも発信機をつけているからすぐにわかるし」

 いささか不満があったがおおむね納得のいく理由であった。レイイチに発信機をつけていたのは何かあったらその場にレイイチがいる可能性が高いからだろう。

「たしかにそれは衝撃的な出会いですね」
「しかしエリス様が勝てなかった連中にあの男は勝てたのか? その時にはもう疲れていたはずだが」

 自転車で車を追いかけるという無茶をしたのだから疲労はとてつもないものだろう。ロルフもまたレイイチの強さは先ほどの出来事で理解していたがそんな状態でなおエリスより強いとは思えなかった。
 当時のレイイチのことを知らない者にとってはしかたのないことであろう。だがレイイチのことをよく知っているアキラとユイにとってその結果はわかりきったことだった。

「瞬殺だったな。ユイの父上に情報操作を頼まねばならないほどに」

 ミリアたち四人はそれを聞いてあっという間に倒したと思ったのだろうがそれは多少間違いがあった。それは文字通り瞬殺だったのだ。
 その時にはすでにエリスが倒した二人も意識を取り戻していたので五人。その五人は文字通り一瞬で命を失ったのである。
 その後そのことをごまかすために交通事故で車が爆発したということにしたが、その時エリスはレイイチの強さをはっきりと目撃していた。
 後ろから車に突撃し、その衝撃で自転車は壊れたが車もまたハンドルを切ってしまい壁に激突し、寸前で車から飛び出した連中の息の根を瞬く間に止めてしまった。

「私はその姿に魅了されてしまったのだ。たしかに一目惚れだな」

 エリスはその時レイイチの姿に見とれてしまったのだ。そして困った顔をしながら近寄ってきたレイイチに大丈夫だったかと声をかけられた時に思わず言ってしまったのだ。

「私の夫になれと」





「そういうことだったのですか」

 偵察をしていたレイイチもまたロイドからその時の事を聞かれていた。

「私も多少の経緯は聞いていましたが予想以上ですね」
「まあしかたがなかったんだ。さすがの俺も余裕がなくて手加減できなかったんだ」
「手加減できないから瞬殺ですか。恐ろしい話です」

 ちっとも怖がっていなさそうな声で言うロイドのことをレイイチもまたなかなか気に入っていた。

「まああの時は俺も驚いたな。まさか第一声が私の夫になれだからな。俺はあの時叫ばれるか怯えられるかすると思っていたんだがな」
「ベルガー家の血のなせるわざと言ったところでしょうかね。アキラさんも驚かなかったのでしょう?」
「ああ、アキラの時もまさか礼を言われるとは思わなかったからな。もしアキラが女だったらあの時求婚されていたのかもしれないな」
「かもしれませんね」

 おかしかったのか二人は笑った。

「ですがなぜあなたはそんな条件を出したのですか? 嫌ならば断ればいいですしそうでなければ受けてもよかったはずです」
「まあ俺にもいろいろあるんだ。しいてあげるとすればそのままエリスに連れて行かれてアキラを放っておくことになるのが嫌だったからってとこだな。俺にとって最優先なのはアキラだからな」
「エリスさんが聞いたらアキラさんを恨みそうな話です」
「恨みたいが恨めないといったところだな。アキラがいなけりゃ俺達が会わなかったからな」

 レイイチはさらに大きい声で笑い、そしてロイドもまたそれに釣られるように声を大きくした。
 そしてひとしきり笑うと今度はレイイチのほうがロイドに訊ね始めた。

「ところで俺とエリスのことを誰に聞いたんだ? エリスが話してもおかしくはないがそれなら他の二人も知っているはずだ」
「実はカーラさんから聞いたんですよ」
「カーラ? なんで姫さんの姉貴が教えるんだ?」

 カーラというのはロニアス家の三人姉妹の次女で末っ子のユイの姉にあたる人物だ。

「実は私たち四人はカーラさんの預かりになっているんですよ」
「なるほど、でもそれが理由って訳じゃないだろ」
「やれやれ、あなたをごまかすのは難しいですね。ではあなたはどうしてだと思います?」
「カーラとできているってところだな」

 一瞬の思考もなく言い切ったレイイチにロイドは心から脱帽した。

「はいまったくその通りです。まったく、あなたにはかないません」
「順当に考えればそうなるさ。しかしそうか、じゃああんたは将来アキラの兄貴になるわけだ。それじゃあ仲良くしておかないとな」
「ええそうしてください。私もあなたと敵対するぐらいならば仲良くするほうを選びます。死んでカーラさんを悲しませたくありませんから」
「おう、よろしくな」

 二人は順調に友好を深めていた。


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