医務室に運ばれ横たわるミリア、その傍にはエリスとユイ、そしてミリアを診察している船医がいる。
 船医はミリアの瞳を照らしていたペンライトを白衣のポケットにしまうと外に待たしていたアキラとロルフを呼んだ。

「カーナさん、ミリアは大丈夫なんですか?」

 部屋に入るなりアキラが船医のカーナ・ハーマスに訊ねた。

「大丈夫だ。軽い脳震盪を起こしているが他に怪我らしい怪我もない。一、二時間もすれば目も覚めるだろう」
「良かった」

 アキラのミリアとの付き合いは長い。士官学校に入って最初に組んだチームメイトの一人がミリアだった。レイイチも一目でミリアができる奴だと気がついたこともあって仲良くなるのは簡単だった。士官学校に入ってエリスと会う機会が減ったレイイチにとっていい気晴らしになる相手でもあった。士官学校の生身での戦闘訓練ではレイイチ以外にはミリアに勝てる人間はいなかったし、BFの訓練でも同様だった。
 アキラにとってレイイチは生物の頂点に立つような絶対不可侵な怪物であり目標にしようがなかったがミリアは人間としての範疇にある強さだったからアキラも目標にして努力してきた。
 レイイチ、エリス、ミリア、この三人はアキラにとってかなう者がいない安心して頼れる存在だった。だからミリアが一緒にロニアス社のテストパイロットになると聞いた時は本当に喜んだものだ。
 だがそのミリアが今こうして目の前に倒れている。その事実がアキラの心に暗い影を落としている。
 アキラは基本的に世の中に楽観して生きてきた。自分でできることは自分でしようとするのは当然のこと。やらなければいけないことをやるのも当然のこと。守りたい人を守るのは当然のこと。そしてもし自分の力でできなくてもきっとどうにかなる。そう思って生きていた。それはひとえにアキラが甘いとは言えないことだ。なぜならアキラにはレイイチという絶対的な存在がいたのだから。
 アキラのためならたとえ火の中水の中、それを口にするだけならばたやすいだろう。だがレイイチはそれを実際に行える奴で、そしてただの一度も無事でなかったことのない奴だったから。
 だからレイイチとエリス、ミリアがいればできないことなんてない。守れないものなんてない。本気でそう思っていた。
 だがその幻想は砕かれ、ミリアがただの一撃でこうして寝込んでいる。ならばエリスなら大丈夫、レイイチなら大丈夫という信頼さえも砕かれてしまうのではという考えが頭をよぎる。

「おーい、ミリアはどうなった?」

 沈んでいくアキラの思考を引き戻したのはいつの間にか医務室にやってきたレイイチのいつも通りの声だ。

「軽い脳震盪だそうだ。一、二時間もすれば目を覚ます」
「ふーん、まあそんなもんだろな。こいつがそう簡単にどうにかなるたまには見えないし」

 レイイチはこんな状態のミリアを見てもいつも通りだ。レイイチはけして冷たいわけじゃない。アキラとユイ以外はどうでもいいといいつつも常に周りのことを気にしているのがレイイチなのだ。そしてどうにかできると楽観しているように見えて常にどうにかする為に頭を働かせている。その能力があまりに高すぎるために周りはレイイチがやっていることが大変なことであることがわからない。周りが事態に気がつくことなく終わることもある。
 だからレイイチがミリアのことを心配していないのは純粋にミリアの能力を信頼しているからだ。そしてレイイチが大丈夫だといっているのならばアキラはそれを無条件に信じることができる。アキラはそれほどまでにレイイチのことを信頼しているのだから。

「ところでレイイチ、ずいぶん来るのが遅かったみたいだけどどうしたの?」
「ああついさっきまで外で戦闘してた。敵母艦の位置がわかったから向かったんだけどよ、変なグネグネした蛇みたいなBFに阻まれて逃がしちまった。わりぃな」

 蛇みたいなBFと聞いてアキラの心臓が跳ね上がる。自分たちが戦った蛇型BFがどこにいったのかを考えれば答えは明白だ。母艦に戻ったに決まっている。ならばレイイチが戦ったのも同じであることは間違いない。自分たちが四機がかりで何とかできた相手にレイイチは一人で戦わなければならなかったのだ。

「だ、大丈夫だったの?」
「決まってんだろ。まあちょいっとばかし手強かったしエネルギーも残り少なかったから撃墜できなかったけど万全の状態で戦ったならまず負けねえよ」

 自信満々に言い切るレイイチにアキラは思わず笑っていしまう。あれほどの脅威でさえレイイチは手強かったの一言で済ませてしまうのだ。
 もしかしたらそれはミリアがやられて落ち込んでいるアキラに対して気休めを言っているのかもしれない。実際に倒れているミリアを見ればその思いは強くなる。だけどそんなことはアキラには関係がなかった。なぜならレイイチはいつも自信満々で、言ったことを必ずやりとげるから。レイイチが勝てるといったのならばレイイチは必ず勝つに違いないのだから。
 だからアキラは安心して医務室を後にできた。





 他の皆と一緒に医務室を後にしたレイイチは珍しくアキラと一緒には行動せず、あてがわられた自室に戻ってきていた。
 いつもならばアキラと同室が言いと主張し、もちろん今回もそうしたのだが認められなかったための一人部屋だが、今回ばかりはそのことを感謝した。
 今のレイイチは冷静ではなかった。だからといって感情的になっているわけでもない。アキラたちにはいつもと同じように見えたかもしれない。たとえ多少違和感があったとしてもミリアがやられたことが理由だと思ったのかもしれない。正直レイイチは他はともかくアキラとユイを誤魔化せるかが心配だった。だがそれもミリアがやられたという事実があったおかげで悟られずに済んだ。
 不幸中の幸い、なんとも皮肉な言葉だ。レイイチは自分がミリアがやられたことについてその程度しか考えていないことを理解して自嘲した。
 今のレイイチは冷静なのではない、感情的になっているわけでもない。ただ最悪なことにどこまでも冷酷になっているのだ。そう、それはまるでアキラと出会う前のように。

「バンデモニウムか……」

 その名を呟くことによってよりいっそう心の中が冷え込んでいくような気がする。
 万魔殿(バンデモニウム)、その名前が意味する組織をレイイチは知っていた。そしてその目的も。しかしだからこそ感情を一切排除したレイイチの思考は違和感を感じていた。

「バンデモニウムが海賊まがいのことをやる必要はあるのか?」

 少なくともレイイチが知るバンデモニウムではそんなことをやる必要はない。あそこは資金不足からは程遠い存在だし人目に触れてもいいような組織でもない。

「まさかBFの性能をチェックするためってこともないだろう」

 アキラ、エリス、ミリア、ロルフの四人を相手にして互角に戦えうなどということはとてもではないがレイイチでもできない。仮にパイロットをレイイチより上だと判断してもカマエルでは不可能だ。つまりそれだけの技術差がある。本来ならばテストの相手にすらならない。戦えるだけの力があると判断していたのだとしても、もし前もって調べた上で襲ってきているならばレイイチのことも気がついていたはずだ。だがとてもではないがそうは思えなかった。

「ってことはあいつらの独断か? あるいは指揮系統か理念が変わったって可能性もあるか」

 もともとレイイチが持っている情報自体が古いものである。そこからどのような変化がおきていてもおかしくはない。

「こんなところで考えていてもわからねえか。だがこんなこと誰に相談するか……」

 レイイチの頭に思い浮かぶのは三人の知り合い。彼らならばレイイチ以上に何か知っていてもおかしくはない。

「しかし通信を使えばすぐにばれるよな。どのみちこの任務が終わるまでは自分で考えるしかないってことかよ」

 レイイチは舌打ちを打つとベッドに横になり目を閉じた。次に部屋から出るときまでに精神状態を整えておく為に


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