格納庫で機体の整備の指揮を執っていたアイザックは目の前に突きつけられた損害状況のレポートに珍しく頭を抱えていた。
 ガブリエルとラグエル、ザドキエルは問題ない。そもそもそれほど辛い戦いをしていたわけでもないので簡単な整備で十分な範囲だ。そしてメタトロンとラファエルも多少手間がかかるといっても戦闘であれほどの敵の相手をしていたのならば仕方がない。むしろこの程度でよく済んだという範囲だ。
 問題なのは残りの三機である。
 ミカエルは左腕が大破した上に装甲もぼろぼろ、装甲の内側にまで被害が広がっており、ほとんどのパーツを総取替えしなければならない状態だ。しかもその状態で無理に動いていたためシステムにも多大な負荷がかかっており、データがいかれている。バックアップはあるが全部の工程が終わるまでにどれくらい時間がかかるかわからない。
 カマエルも似たようなものだ。被弾による損害はたいしたことないのだが相手の機体や全身を使った無茶な起動によって各関節にかかった負担がとんでもないことになっており間接を一つ一つチェックしなければならない。しかもカマエルはアイザックが持てる限りの技術と趣味と情熱を注ぎ込んで造ったため生半可な腕では整備不良を起こしてしまうようなデリケートな整備士泣かせの機体なのでアイザックの指揮の下ベテラン勢で行わなければならない。
 だがそんな二機すらたいしたことないと思えてしまうほどハミエルの被害が大きかった。
 見た目では装甲が大きくへこんでいるのが目立つがメタトロンやラファエルとそう変わらないように思える。だがそれはあくまで外側だけで中身はとんでもないことになっていた。むしろ無事なところを探すほうが難しかった。
 ほとんどの配線がショートしており、途中でエネルギーの供給が途切れているおかげで千切れても無事だったというありさまのところもある。メインジェネレーターも死んでおり予備の起動バッテリーのおかげでなんとか機能が死んでいないというありさまだ。フレームも完全に歪んでいて、これでよくコクピットが無事だったと思えるほど損害はひどい。もはやこの機体は修理ではなく新しく造り直さなければならないだろう。

「なんでなんでなんでなんでなんでこんあんことになっているのー! レイイチ君にエリスちゃんにミリアちゃんだよ、なんでよりによってこの三人の機体だけこんなに被害が大きいのー!」

 格納庫いっぱいに響き渡る叫び声をあげながらうろちょろと歩き回る。そんなアイザックを他の整備士たちは邪魔そうな目で見るが、誰も何かを言ったりはしない。アイザックの言葉はまさに整備士たち全員の気持ちだった。

「アイザック博士」

 だからそのアイザックに声をかけたのは整備士たちの誰かではなく、ミリアの様子を見た後にやってきたエリスだった。

「ん? どうしたのエリスちゃん、そんな格好をして」

 エリスが着ていたのはパイロットスーツでも警備部の制服でもなく整備士達が使っているような作業着だった。

「手伝いに来た。私も多少なりとも整備の心得がある。今は人手が一人でも必要だろう」
「まあそうだけどね。でもでもいつまた襲われるかわからないんだから体を休めておくべきなんじゃないかと僕は思うよ」
「問題ない。どのみち今の機体の状況では出れない。予備のBFは二機しかない。せめて一機だけでも修理を終わらせておかなければならないだろう」

 ノアに積まれている予備機の数は船の大きさに比べて少ない。これはパイロットの数が少ないことと、積まれている各BFのパーツが他の機体との共用がほとんどできないことが理由だ。

「うーん、そうだとしてもミリアちゃんは当分出れないんじゃないかな?」
「今日中に来られたならばそうだろうがその可能性は少ないだろう。もともと外傷がないのだから明日にはミリアも回復しているはずだ」
「うーん、わかった。人手が足りないのは本当だから頼むよ。じゃあ向こうにいるグループが損傷の少ない機体の整備をしているからそっちを手伝ってきて」
「了解した」





 アイザックは重傷の三機のBFのうちミカエルから手をつけ始めた。ハミエルは手のつけようがなかったしカマエルは時間をかけてじっくりと整備したかったためだ。
 だがミカエルを整備し始めてすぐに違和感を感じ始めてた。なんというか自分が知っているものと違うような気がしたのだ。

「あれ、ここもなんか違うな、たしかここ配線はとこっちじゃなくてあっちとつなぐんじゃなかったっけ? それにここはもっとごちゃごちゃしていたと思ったんだけどな」

 アイザックは腕を組んで頭を悩ませた。ミカエルの製作にも関わってはいたがメインとしてではなかったため全部を知っているわけではない。だがそれでも設計段階から幾度も口を出していたしいくつかの技術はアイザックが提案したものだ。そのために設計図を借りて何時間もにらんでいたこともある。最終的な調整には関わっていないが95%の完成度の頃まで手を出していた。だから配線の位置とか脳裏に焼きついているのだがどうも食い違いが起きてしまっている。
 アイザックは自分の記憶力は信じているが自分が離れた後も改良されていたはずなのでその際に変わったのかもしれないという可能性は捨て切れなかった。

「誰か、ミカエルの設計データをこっちに回して」

 アイザックの声に応えてすぐに持っていたモバイルに設計データが送られてきた。

「あれ、二種類ある?」

 送られてきた設計データは二種類、それぞれ違う人間から送られてきていた。その二つと実際の機体を見比べてみると片方は近いがもう片方はかなり違っている。だがその違うほうはアイザックが見たことがある設計図に良く似ていた。前者のほうはノアでBFの整備士を仕切っている男からだったが後者はアイザック同様資源惑星θからノアに乗った整備士からのものだった。
 それに気がついたアイザックはアイザックが来る前からミカエルの整備チームの担当リーダーを呼んで訊ねるとあっさり教えてくれた。

「そっちはノアに積まれたばかりの頃のミカエルです。今は改装を繰り返してこっちに中身が変わっているんですよ」
「でもこっちじゃセフィラーシステムが使いづらいじゃないか。それにたしかにバランス面では向上しているし総合的には上がっているかも知れないけどせっかくの長所が潰れているじゃないか」
「そうなんですけどエリスさんにリーダーとして周りのメンバーの性能を十分に引き出すためにこういうふうにしてほしいと言われたので」
「ふーん、なるほど。じゃあちょっとエリスちゃんを呼んできて。それと他のみんなはちょっとミカエルの整備は今やっている部分でストップ」

 後半部分はミカエルの整備をしている他の整備士たちに呼びかけた言葉だ。それに応えて皆が何事かと思いながらも作業をやめてアイザックの下に集ってきた。
 そしてエリスがやってくるとアイザックはエリスに単刀直入に尋ねた。

「エリスちゃんエリスちゃん、ミカエルはどうしてほしい? 人数が増えたから今までほどのサポートは必要ないけど今のままのほうがいい? それとももともとの状態のほうがいい?」

 エリスはそれを聞かされて少し悩んだ。
 この一年どんな状況でも対応できるように長所を潰してでも短所をなくしてきた。だがアキラたちと合流したことによって数は倍に増えているし今までほどエリスが背負う必要はない。そしてミカエルをこれほどまでぼろぼろにした蛇型BFのこともあった。あれと戦うにはそれ相応の性能が必要である。いままでエネルギーのことを考え消費が激しいセフィラーシステムは使わない状態で来た為に改装の過程でシステムのロックが外れにくくなっている点もあった。だがどうしてもセフィラーシステムなしでどうにかなる相手ではない。幸い今はアキラがいるから指揮に困ることはないし指揮官機としてミカエルよりもメタトロンのほうが優れているということもある。
 それらのことを総合的に考えた末、エリスは元の状態に戻すことに決めた。

 その結果整備が終わるまでの時間がさらに延びることになったのだが、幸いにしてすぐに襲われることはなかった。


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