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「…疲れたな」
「いつものことだけどね」
ウインディアの店々をまわったアキラたちは目に留まったオープンカフェで休憩していた。
「いつも思うんだがどうして女ってのはあんなにたくさん服を買うんだ? 帰れば他にいくらでもあるんだから買う必要はないだろうに」
「あら、女性は身だしなみに気を遣うんですよ。それに新しい服を着ると気分も一新しませんか?」
「服によって気分が変わるのは男も女も変わらぬだろう」
「そうだね、ピッとした服を着れば気も引き締まるね」
こういうことではレイイチは分が悪い。実直的なユイに理論的なエリスとを同時に相手に取れば口でかなうはずがない。さらに加えてアキラは女性陣側よりである。これではレイイチもなす術がない。もっともレイイチ自身本気で言っているわけではない。こうしたやり取りをこの中で一番喜んでいるのがレイイチであり、他の三人もそのことを知っている。
殺人という業を幼き頃から背負っているレイイチだからこそ真に心から平和を望んでいる。その思いは普段の行動からは想像できないほど深く大きい。アキラたちは付き合いが深く、レイイチの弱いところも見ているからこそそのことがわかるのだ。
必要以上に相手を威圧するのも余計な争いを起こさないため、いつも前に出て敵意をぶつけて敵意を受けるのも人の負の感情を自分だけに集中させようとするがためだ。
レイイチはいつも自分を犠牲にしてもかまわないと考えている節があるのをアキラたちは感づいている。そしてその一方で本当に自分を犠牲にしてしまうことはないだろうと確信してもいた。なぜならアキラの幸せにとってレイイチもまた必要なピースであるのだから。
「さて、どんくらいここで休んでいく?」
何気ない問いかけのように見えるが普段ならばレイイチはこんなことを訊いたりはしない。ただアキラたちが休憩をやめるまで待つだけだ。だからこそこの問いかけにこめられた別の意味にアキラは気がついた。
「うーん、どうせだから何か食べていこうか。必要な店はあらかた回ったし、そのおかげでお昼食べ損ねちゃったし」
「そうですね、ここのメニューにもおいしそうな物があって興味ありますし」
「そっか、じゃあ俺は少し用事があるからその間に済ましておくわ」
アキラとユイの返事を聞いてレイイチは立ち上がった。
「大事な用事か?」
「いや、野暮用」
簡単なやり取りの間に目を合わせたエリスはレイイチの目に込められたメッセージを読み取り頷いた。
それを見てレイイチはアキラたちに背を向けて街中の方へと歩いていった。
「やれやれ、こんなところでも忙しいことだ」
レイイチが離れた理由がわかっている三人は呆れてため息を吐いた。
護衛の代わりでもあるレイイチが護衛対象であるアキラとユイからそう簡単に離れたりするはずがない。そして他の用事を優先させるはずもない。故に二人から離れたのは危険から遠ざけるためである。
だがその一方で今回のことは完全に私情を挟んだことでもあった。
なぜなら、相手の目的がユイでもアキラでもエリスでもなく、他ならぬレイイチ自身であったのだから。
「下手糞な尾行ご苦労様。あまりの親切心に涙が出そうだ」
「どうにかしておまえを一人にしたかったんでね」
人気のない路地裏でレイイチと相対しているのはレイイチとそう歳の変わるとは思えない青年だった。服装には気を遣っているらしく統一感がある。ただその統一感というものが野生の凄みを感じさせるもので、青年には覇気と狂気がみなぎっていた。
「まあオレとしてはあっちの美人が来てくれたほうが嬉しかったけどな」
「なるほど、おまえは“好色”か」
「ご名答。ま、予測はしていたからこそ出た答えだな」
そう、レイイチは予測していた。尾行者に気がついたのは下船してすぐのことだ。そして詳細を把握する為に泳がせているうちにどうやら向こうの意識がアキラやユイではなく自分と、そしてエリスに向いていることに気がついた。そしてそのことから相手が何者かも予測がついていた。
もちろんエリスも尾行には気がついていたであろう。それでも何もしようとしなかったのはレイイチが放っておいているうちは安全だという確信があったからだ。
「それで、第三世代がいったい何のようだ?」
「そう敵意を向けんなよ。いくらなんでもたった二人で第二世代に生身での格闘戦を挑むほど慢心してねえよ。なあ」
「当然だ」
返事はレイイチの背後から聞こえてきた。だがレイイチは驚かない。そんなことにはとうに気がついていたのだから。
「自己紹介しておくぜ。もうわかっているだろうがオレの名前はアスモ、そっちはオレの仲間でベルフェだ。一時はベルゼと似ていてわかりづらいから変えようかって意見もあったんだが余計にわかりにくかったんで止めになった」
「くだらんことだ」
アスモが良くしゃべるのに比べてベルフェはほとんど喋らない。この動と静の二人組みに挟まれたレイイチは余裕の表情を浮かべている。だがその胸のうちでは一切油断していなかった。この二人を欠片も甘く見てはいなかった。
「さっさと本題に入ったらどうだ? 連れを待たせているんで早くしたいんだ」
「あっそう、オレも野郎の相手をいつまでもしたくはないしな。まあ用件は単純なことだ、オレらの仲間になれ」
「断る」
「即答かよ!」
一切の躊躇いも戸惑いもなく、間も空けない答えにアスモが叫んだ。
「いくらなんでも早すぎるだろう。もっと考える振りとかしたらどうだ?」
「言っただろう、早くしたいんだ」
笑みを浮かべて応えるレイイチにアスモはため息をついて棒状の何かを取り出した。
「だったらおまえのような危険物はしっかりと処理しておかないとな」
「勝てるとでも思っているのか?」
「まさか、さっきも言っただろう、生身で勝てるとは思えないって。でもまあ、オレらにはこれがあるしな」
アスモがしっかりと握り締めると棒から真っ直ぐに青白い光が伸びた。
「レイ・ソード……」
その名を呼び、レイイチが奥歯をかみ締める。
「ご名答、さすがにおまえもこれは持っていないだろう? これがあればオレらでも勝てるだろ」
だがアスモはレイイチの様子が変わったことに気がついていないようで自慢げにレイ・ソードをレイイチに向けた。後ろにいたベルフェもすでにレイ・ソードを構えている。
「一つ訊いていいか?」
「ん、なんだ?」
追い詰めたと思い余裕を見せるアスモは特にレイイチの様子にあまり注意を払っていないのかもしれない。でなければとてもではないがわざわざ質問を聞こうとは思わなかっただろう。
「ヴァーチャーVのデータを受け取っていた海賊があったんだが、殺したのはおまえらか?」
「ああ、正確にはオレ一人だな。ベルフェは扉の前に突っ立って何もしなかったからな」
「そうか」
レイイチの纏う空気が変化する。より凶悪に、より凶暴に、普段アキラと一緒の時には見せないような危険な空気を纏っていく。
「な、なんだ?」
さすがにアスモもそれに気がつき慌て始めた。
「そうか、だったら手加減はする必要はないな」
「遅いぞレイイチ」
「わりぃわりぃ、思いの他時間がかかってな、わびとしてここの代金は俺が持つから勘弁してくれ」
「わぁ、本当ですか?」
「男に二言はない」
「そうですか、じゃああれは我慢しようと思ったんですけどこの際だから頼んでしまいましょう」
「……まだ食べるの?」
「いいじゃないですか別に」
アキラの何気ない一言で頬を膨らませるユイを見てレイイチは心の底から笑みを浮かべた。先ほどまでのことなど何もなかったのかのように。
「しかし本当に遅かったな。そんなに大事な用事だったのか?」
「いいや、つまらない野暮用さ」
本当にたいしたことではなさそうにレイイチは言うのであった。
「……なんて化物だよ」
アスモは折れた左腕をかばいながら人気のない路地裏を歩いていた。左腕は骨折、アバラも何本かひびが入っている。そして右手に握ったレイ・ソードの柄は二つに折れて半分だけしか残っていない。それでもまだ生きているだけ僥倖だった。
彼が生きているのは脇目も振らずに逃げたからだ。ベルフェも無茶という言葉から程遠い奴なので逃げ出しているだろう。そう、あんな化物からは逃げるしか手はなかったのだから。
アスモは先ほどの戦いを思い出す。いや、あれは戦いと呼べるものであったのかさえ疑問であった。
アスモたちが取った戦法は単純だった。二人がかりでレイ・ソードによる息もつかせぬ連続攻撃、ただそれだけだ。素手で受けることなどできないし、たいていの防具では防げるようなものではない。同じようにエネルギーを固定化しておける物ならば防ぐことはできる。だがそれはレイ・ソードと違い稼働時間が短い。すぐに終わりが来る。レイ・ソードは自分達の組織が保有する特殊技術の一つなのだから同じことのできる物はない。ならばいずれ限界がきて自分達が勝つに違いないと信じていた。
だがその予想は最初の一手目から外れた。レイイチはあろうことかレイ・ソードの刃を右手で受け止めたのだ。レイ・ソードと同じ青白い光を纏った右手で。
後は見るまでもなく結果は明らかであった。無残にも反撃を受けたアスモは命からがら逃げ出すことでかろうじて命を失わずに済んだのであった。
あれはけして自分達と同じような代物ではない。それがアスモが感じたレイイチに対しての感想であった。
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