休暇を終えてノアに戻ってきたロイドはガブリエルの整備状況を確認する為に格納庫にやってきていた。

「おや、こんなところで何をしているのですか?」
「ん? ああ、ロイドか、見ての通りだ」

 ロイドが声をかけたのはロイドたちと交代で休暇に入ったはずのライナスだった。
 ライナスは整備士たちがいない中でラグエルの調整を行っていたのだ。

「別に信用していないって訳じゃないんだがやっぱり自分の機体は自分で調整したほうが馴染むんでな」
「なるほど、たしかにパイロットにとってBFは体の一部のようなものですからね、私にもそういった感じはあります」
「そうか、わかるか。餅は餅屋って考え方も間違ってないんだがなどうもオレにはしっくり来なくてな」

 それは幼い頃から自分のことは自分でしてこなければならなかったからこそ染み付いた感覚でもある。その点ロルフやミリアなどは完全に人に任せてしまっている。まあ知識に自信がないからと言われてしまえばそれまでなのだが。

「しかしだからといって休暇中にやらないでもいいでしょうに。他の皆はどうしているのですか?」
「アリスとロルフは二人で買い物に出かけたぞ。なんでも新しいティーセットを揃えるんだか何とか言っていたな」
「なるほど、アリスの買い物に付き合っているわけですか。いや、外に出ようともしないロルフを引っ張り出したというのが正しいのですかな」

 その光景を思い浮かべてロイドは微笑を浮かべた。あの二人はエリスを間に挟んで知り合った二人なのだがロルフはあれでいて内向的なところがあり、アリスは見ての通り世話好きなのでやれトレーニングだ勉強だと言って外に出たがらないロルフをアリスが無理矢理理由をつけて外へ連れ出しているのだ。

「そういえばミリアさんは大丈夫でしょうか?」
「…………」

 それにライナスは応えることができない。はっきりとわからないからだ。
 ミリアは先日の戦い以後、肉体的な損傷はほとんどなく翌日には自分の意思で行動できるようになった。だが無事だったのは身体だけで心に負った傷は深かった。目覚めてからのミリアは一目見てわかるほど元気がなく、以前はあふれ出ていた覇気がない。時折無理をしてでも笑顔を浮かべ、空元気を振りまいていたがそれすらも見ていて哀れであった。正直この先やっていけるのかどうか心配だった。

「レイイチは大丈夫だろといってな」
「ですがレイイチさんは持っているスペックが違いすぎます。ミリアさんのように打ちのめされてしまうような事は無いのではないでしょうか? だとすればレイイチさんには彼女の気持ちはわからないのではないでしょうか?」

 人は千差万別で、心のあり方もそれぞれ違う。レイイチのように強い人間は弱い人間のことを自分を基準にして考えて過大評価することはよくあることだ。レイイチがそういうふうにミリアのことを勘違いしている可能性もある。

「いや、あいつはそこまでとんでもない奴じゃないのかも知れないぞ」

 ライナスはかつて戦った海賊達との一件の事を思い出して呟いた。あの時たしかにレイイチは化物じみた力を見せた。だが全てが終わった後、床を覆うほどの血溜りの中にいるレイイチにはほんのわずかにだが弱さが見えた。

「多分ミリアは大丈夫だろう。オレの目から見てもこの程度でへこたれるような奴には見えなかったからな」
「ならいいのですが」

 それでもやはりロイドは不安を隠せないようであった。





 ウインディアにアルコという喫茶店に癖のついた赤い髪を背中まで流しているスーツ姿の女性が座っていた。女性の前にはコーヒーがあり、女性の手にはカバーのついた本が握られている。人を待っているようで時折外に目をやりながら本のページをめくっていく。

「ミリアさーん!」

 自らの名を呼ぶ声に顔を上げると左右が微妙にカールしたボブカットの少女が駆け寄ってきた。ミリアも苦笑を浮かべながらも手を振って返す。それを見た少女はぱぁっと笑顔を浮かべ、こけた。それはもう盛大にこけて顔の正面から地面にキスをした。
 ミリアはそれを見て顔を引きつらせ、次に深々とため息を吐いて立ち上がると少女のところへと歩いていった。

「まったく、どうして何もないところで転ぶのよ」
「ふぇ〜ん、しゅいましぇん」
「ほんと世話がやけるんだから。ほら」

 ミリアが手を差し伸べると少女はその手を掴み、引っ張りあげられながら立ち上がった。

「しかしよくもまあそれで仕事が勤まるわね」
「へへへ、事務仕事は得意ですしBF操作だって散々鍛えられましたから。運動神経だけはつながりませんでしたけど」

 少女が着ているベージュの服はウインディアではありふれた服であり、よく見かけるものであった。いや、ここだけではない、他の場所に行ったとしても見かけられるものだ。なぜなら彼女が着ているのは軍服なのだから。
 もっとも軍服を着た人間が何も無い道端で転んでいるのを見れば不安に思うかもしれないが。

「まあいいわ、それにしても久しぶりね。上手くやっているの?」
「はい、おかげさまでみんな優しくて助かっています」

 彼女の名はメリル・ホール、アキラやミリアと共に士官学校でチームを組んでいた最後の一人だ。童顔な上に小柄で、落ち着きも無いメリルは年齢よりもはるかに若く見える。おそらくミリアも知らなければ、そして軍服など着ていなければハイスクールの女学生だと思うだろう。だが彼女はれっきとした成人女性でミリアと同い年なのだ。
 ミリアとメリルの出会いは士官学校の入学式だった。さっそく性質の悪い男に声をかけられて困っていたメリルをミリアが助けたのだ。最終的に力ずくになってしまったこともあり男を一蹴してのけたミリアにメリルは尊敬のまなざしを向けるようになったのだ。その後部屋が一緒になったり同じチームになったりして一緒に行動する時間が増え、親友となったのだ。
 メリルは頭がよく論理的に考えることも得意なのだが気が小さく、突発的事態には対処できないという欠点があったり、運動神経がぶち切れていたりする。ただ集中力だけは飛び抜けた物を持っていて、狙撃に関してだけならばアキラより上で、レイイチさえも感嘆するほどの域にあった。また、家事全般に秀でていて同室のミリアは何度も助けられた。ただ超がつくほどのドジで何もないところで転ぶことが多々ある。特に飲み物を持っているときは要注意だ。
 テーブルに戻った二人はさっそく話に花を咲かせ始めた。

「でもミリアさんがあの大きな艦に乗っているなんて驚きです。あの艦、うちじゃ今話題持ちきりですよ。今だってぜひとも話を聞いてこいって送り出されちゃったんですから」
「まああの大きさだしね。あたしも最初は大丈夫なのかと思ったけど案外平気なものね。たしかにドックに入らないのは問題だけどそれを補って十分なだけの性能はあるわね」
「わぁ、私も一度乗ってみたいな。でも軍じゃあんな大きな艦は造ったりしないですよね」
「そうね」
「私も入社試験受けてみればよかったです。でも、やっぱり無理ですよね」
「…そんなことはないと思うわ」
「ミリアさん?」

 ぼそっと呟くように言った言葉が気になった。そしてメリルはミリアの表情に自嘲のような陰があるることに気がついた。だがメリルの知るミリアはそんな人ではなかった。前向きに考えあのレイイチにさえ食って掛かるような気の強さを持つメリルの尊敬する人の一人なのがミリアだった。たとえ困難が立ちふさがろうと諦めたりしないし、自分の力不足を感じても塞ぎ込んだりせずに前に進むのがミリアだった。しかし今のミリアにはその面影がなかった。

「何が…あったんですか? 今日のミリアさん、少し変です」
「変って、あんたもはっきり言うわね。これでも隠そうと努力してるのよ、こっちも」

 ミリアはため息を吐き出しながら応える。

「ちょっと自信なくしちゃったのよ。これでもレイイチ以外には負けないだけの自信はあったのよ。だけど蓋を開けてみればそうでもない。海賊相手に苦戦するし、新しく加わった仲間はあたしよりも強いし、ついこの前も助けに行って返り討ちにあって逆に助けられた」

 ぽつぽつと話される言葉をメリルはじっと聞く。

「あたしはメリルみたいに頭がいいわけじゃない。射撃の腕はお世辞にもいいとは言えない。アキラみたいに戦略を立てられるわけでもない。日常生活では家事はできないし取り柄という物も戦闘技術しかない。だけどその戦闘技術でさえ何の役にも立てないならあたしという存在に何の意味があるのよ」

 それは今までミリアが誰にも見せなかった心の裡に押さえ込んでいたコンプレックスだった。士官学校時代よりも前からミリアには力しかなかった。戦い敵を倒すために力しか。だからミリアは士官学校に入り、軍人を目指した。そして力を認めてくれたロニキス結社に入りBFに乗っている。他には何もなく、手に入れたものは全て敵を倒す力で手に入れてきた。だがそれさえも蛇型BFとの戦いで打ち砕かれてしまった。

「ねえミリアさん、士官学校時代の呼び名覚えていますか?」

 そんなミリアの心のうちを知ってか知らずかメリルはそんなことを言い始めた。

「……たしか“愚かな女戦士(フールアマゾネス)”だったかしら」

 ミリアはメリルがいきなり何を言い出すのかと思ったがそれでも顔を上げて答えた。

「はい、それとレイイチさんが“荒れ狂う暴風(マッドテンペスト)”、アキラさんが“臆病な狐(チキンフォックス)”、私が、“不要なガラクタ(ニードレスリッター)”でした」

 それはトップだったチームを妬んだ一部の生徒達が付けた呼び名だった。初めてそれを聞いた時はレイイチとミリアは発生源を突き詰めて徹底的に痛めつけた。だがそれでもその名が消えることはなく、卒業までの間陰でそう呼ばれ続けていたのを憶えている。
 この中でどれが一番ひどいかといえば間違いなく“不要なガラクタ”である。周りはメリルのことを仲間が良かったから上にいるだけの無能者呼ばわりをしていたのだ。中には小間使いとまで言っていたのもいる。だがメリルにはそれで言い返せるだけの意思はなく、ただ言われるままになっていた。

「だけどミリアさんは私が必要だといってくれました。必要ない奴なんていないって言ってくれました。私はそれが本当に嬉しかったんです」

 あの時の気持ちを言葉にすることはメリルにはできない。言葉で表すことができない。それでもあの時のミリアのおかげで救われたのはたしかだった。

「だからミリアさんが自分を必要ないなんていわないでください。私の知っているミリアさんはたとえ何があっても胸を張っていました。卑屈になる必要なんてない、これが私だって堂々と言えばいい。私はそんなミリアさんが大好きです」
「……ありがと」

 はっきりといわれてミリアの照れくささで顔が赤くなる。だがおかげで元気が出てきた。

「そうね、あたしがこんなことでうじうじ悩んでいるなんてらしくないか」
「はい、ミリアさんは強気に胸を張って堂々としていればいいんです」
「まったく、あんたが言うと嫌味に聞こえないから不思議よね。レイイチが言ったら絶対に嫌味にしか聞こえないわ」
「はい」

 ミリアの言葉にメリルが笑う。メリルの笑顔につられてミリアも笑った。





「せい!」

 すれ違いざまにパワーUのエネルギーソードがアークエンジェルを切り裂き、返す刃が後ろにいたヴァーチャーを切り裂く。

「絶好調だな」
「まあね、気分転換もできたし」

 ライナスの言葉にたった今二体のBFを倒したミリアが答えた。蛇型BFにやられた後の弱々しさなど欠片も残っていない。

「やれやれ、単純な奴は楽でいいな。すぐに立ち直りやがる」
「別にいいでしょ、それがあたしの長所なんだから。短所だなんて言わさないわよ」
「んなことは知るか。まあ無茶だけはすんなよ、おまえは大事な戦力なんだからな」
「あら、あたしの力が必要かしら?」
「当然だろ」

 冗談めかしたミリアの言葉にライナスは真面目な表情で端的に答えた。そして近くにやってきていたアークエンジェルを撃ち落した。

「話している場合じゃないな。たく、数が少ないからってあいつらサボりやがって」

 ライナスは格納庫の中から出てこない四人に愚痴りながら次の標的のもとに向かっていく。
 一方ライナスの言葉を受けたミリアは驚きの表情を浮かべ、続いてはにかんだ。

「…ありがと」

 そっと呟き、ミリアも次の標的に向かっていった。


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