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連合政府のある欧州を中心とした地図上で極東の位置にある島国の中にレイイチの目的地はあった。四季のあるこの地方ではすでに秋も半ばを過ぎており、レイイチとエリス以外には一切の人影がない。
レイイチは目の前にある墓石に柄杓で水をかけ、周りにわずかに生えている雑草を抜く。そして途中で買ってきた花を活けて線香を置き、手を合わせた。
「ここがレイイチの師匠の墓なんだな」
しばらく目を瞑り無言で手を合わせていると、隣で同じように手を合わせていたエリスが呟いた。
「ああ、俺にとっていろんな意味での出発点となった人だ」
現れた敵から大切な者を守る力。そのためには別の誰かを犠牲にすることでしか守れない力。誰かを生かすために誰かを殺し、誰かを守る為に誰かを傷つける。そんなことしかできない男が作り上げ、同じような弟子に教え込んだ戦闘術。けれども最後には大切な人を殺してしまった力。
大切な人を守ることを教えてくれて、大切な人を守る力を与えてくれた師匠。それはレイイチにとって一つの始まりを与えてくれた人なのだ。
「さて、そろそろ行くか」
昔のことを思い出していたレイイチは思考をきり、立ち上がった。いつまでも昔のことを懐かしがっている場合ではないのだ。そう、レイイチの本当の目的は墓参りではないのだから。
「これからどこに行く? 私としては少し羽を伸ばしてくつろげる場所に行きたいのだが」
すでに予定を組み立ててあるのだろうエリスの言葉にレイイチは苦笑する。エリスは完全にバカンス気分だ。けれどしかたがない。エリスにとっては間違いなくレイイチと二人で過ごすバカンスのはずなのだから。
「俺はこれから用事がある。まあもともと一緒に行く予定だったわけじゃないしな、一人で行ってくれ」
「何? 用事は墓参りだけではなかったのか?」
「ああ、先に言っておくが俺は羽を伸ばす為に休みを取ったわけじゃない。だからどこか行きたいなら悪いが一人で行ってくれ」
「それでは何の為に休みを取ったのかわからないではないか」
「おまえが勝手についてきたんだろ。俺はこの後待ち合わせがあるんだ、変更はできないからな」
「む」
長期の休暇をとったレイイチと一緒に過ごすために休暇をとったエリスにとってレイイチと一緒にいるということは確定事項のはずだった。それが用事があるというのは予定外だった。だが今さら休暇を返上するわけにもいかないし、一人でバカンスを過ごしても味気がない。結局エリスは予定を変更してレイイチの用事に付き合うことに決めた。
「一緒に来るのか?」
「ああ、問題あるか?」
「別に俺はかまわないが、覚悟はいいのか?」
「覚悟? 覚悟が必要な相手なのか?」
訊きかえしてくるエリスに向けてレイイチは何か含みのありそうな笑みを浮かべて答えた。
「女」
次の瞬間エリスの拳が唸った。
「よ、待たせたな」
寺院の前に置かれている休憩用のベンチに座っている人物に向けてレイイチが声をかけた。
「ずいぶん時間がかかったな」
「まあな」
相手の人物はくわえていたタバコを口から離しレイイチと、そのすぐ後ろから肩で息をしながらついてくるエリスを見て事情を理解した。
「で、くらったのか?」
「いや、いつも通り完勝」
「そうか」
相手の人物はタバコの火を消し携帯灰皿の中に捨て、エリスの肩に手を置いた。突然置かれた手に驚いて顔を上げたエリスは正面にある女性の顔を見て驚き、声を上げた。
「お義母さま!」
「しばらく見ないうちにエリスちゃんも綺麗になったもんだね。これじゃあいつまでこいつに愛想を尽かさないでいてくれるもんだか」
「そ、そんな」
その言葉にエリスは顔を赤らめた。エリスにとって目の前にいる女性の言葉は特別な意味を持つのだ。
彼女の名前はユカリ・シンドウ、正真正銘レイイチの母親なのだ。
「さてレイイチ、下にカナエを待たせている。さっさと行くぞ」
「わかってる、それでものは相談なんだがエリスも連れて行っても大丈夫か?」
それを聞いてユカリは眉を顰め、エリスのほうを見た。エリスはユカリの視線を正面から受けながらうつむいてしまった。まさかレイイチが家族と過ごすのだとは思ってもいなかったので気恥ずかしくなってしまったのだ。
「おまえがいいというならあたしはかまわないよ。だがいいのかい? 彼女らを一番関わらせたくなかったのはおまえだろ」
「状況が変わった、念のため保険をかけておきたい。それに、エリスになら話しても問題ないと判断した」
「ならばいい」
二人の会話を聞いてエリスは顔を上げた。二人の様子が尋常ではないことと、そしてレイイチが地球に降りたのは何か重大な理由があるのだということに気がついたのだ。だがエリスのことなど気にせずに二人は話を進めていた。
「カナエもアドレーも文句は言わないだろうな。エリスちゃんなら口も堅いから言ってはいけないことは漏らしたりはしないだろうしね。それにあたしとしてもその結果おまえとエリスちゃんの仲が進展するなら願ったりかなったりだ」
「じゃあ連れて行こう。エリス、行くぞ」
「あ、ああ」
エリスは自分が気がつかないうちに何か重大なことに巻き込まれていくのを感じながらも、レイイチの後をついていく。その結果、はたして何があるのかを不安に思いながら、そして、何があっても大丈夫なように覚悟を決めて。
「エリスちゃん、大丈夫?」
「は、はい」
レイイチが運転する車に乗ったその場に案内されたエリスは緊張で身体が強張っていくのを感じていた。
「緊張するほどのことでもないさ、昔はともかく今はただの隠居爺だ」
「ふぉっふぉっふぉ、まあそうじゃの、少なくとも表向きはただの爺だからの」
車はニ時間ほど走り、人口の少ない山の中に入っていき、そこにある一軒の屋敷の敷地内へと入っていった。エリスは最初そこがどこなのかわからなくて戸惑っていたのだが、屋敷の中に入り、通されたリビングで待っていた人物を見て驚き、席についてからは始終緊張しっぱなしだった。寺院から出たところで合流し、一緒にここまで来た知り合いの女性、アキラの母親であるカナエ・ベルガーが時折気にして声をかけてくれるのだがこの調子である。
そしてそれは今前にしている老人がそれだけの人物であるということでもある。
老人の名前はアドレー・J・ロニアス、ユイの祖父にしてロニアス結社前会長である。フィギュアが世に出てきたときも真っ先にそれの有用性を認め生産に取り組んできた人物で他にも成し遂げてきた成功は数知れず、今のロニアス結社がこれほどまでの規模を持っているのも彼のおかげだといわれている人物である。なぜか四年前突然会長の座を息子に譲り、今では隠居生活を続けていると言われているが、実は裏でロニアス者を動かしているのは彼であるなどの噂には事欠かない。
その噂の真偽はたしかではないが、直接会った感想から言わせてもらえばエリスはその噂が本当なのではないかと思えた。それほどまでにアドレーの穏やかに見える瞳に輝く意志の光はたしかで、いまだに衰えているとは感じられなかった。
「さて、それでは全員揃ったようじゃしさっそく会議を始めるとするかの」
アドレーのその一言で場の空気が変わった。今までアドレーと談笑していたユカリやレイイチ、そしてエリスの隣にいるカナエの雰囲気まで引き締まっていく。
エリスはこの不思議なメンバーの中で何が行われるのかと思い、息を呑んだ。
そしてエリスは知る事になる。今までけして自分たちには知らされてこなかった世界の裏側にある一つの真実を。
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