レイイチが敵であるバンデモニウムで造られた存在であるということはエリスにショックを与えた。だがそれを語るレイイチは冷静そのもので続ける。
「バンデモニウムはもともととある存在に対抗するために作られた組織で、構成員は有志で募っているし、資金はダミー用の会社が出している稼ぎや個人の持つ資産を用いている。中には資金援助をしている企業や国家も存在しているらしい。
ノアを襲ったのがバンデモニウムなこともあってエリスは連中を悪と思うかもしれないが、人道的、倫理的点を除けばそういうわけでもない。研究内容こそ戦闘に関するものばかりではあったが支配を企んでいるわけではなかった。バンデモニウムチルドレンが造られたのも本来は自分たちの願いを後世に伝えるためだった」
エリスはレイイチがバンデモニウムに対して好意的なことに気がついた。己をそんな兵器として扱ったにもかかわらずまるで恨んでいるようには見えなかった。
「最初に集められたのは各地で天才と呼ばれていた男女各四十名が選ばれた。その計八十名にある特殊な因子を手術によって埋め込み、様子を見た。その結果十分な成功を果たしたのは男二十一名、女二十七名の計四十九名、彼らのことをバンデモニウムチルドレンの第一世代と呼んでいる。そしてさらに研究は彼ら自身の手によって進められ、次なるステップに移った。それが第二世代の製造だ。
第二世代は第一世代同士の交配によって生まれた子供を素材として使った。そのために第一世代は体を重ね、子供を作った。そして生まれてきた子供に第一世代に埋め込んだ因子が伝わっているのを確認したうえである物を埋め込んだ。そして自己分裂機能を持つナノマシンを大量に注入した。そのナノマシンは並列回路を利用した第二の脳の代わりとなり、第二世代の成長に合わせて数を増やし、ある一定量を超えたところで凍結されていたデータを解凍する。また同時にナノマシンは第二世代の体を強化する役割も担っているため常人よりも強い力を得ていた。これによって第二世代は優秀な頭脳と強靭な肉体を併せ持つ存在となった」
そのあまりの内容にエリスは息を呑んだ。それはつまり愛情もなくただ子供を作るためだけに親は体を重ね、生まれた子供は赤子のうちに肉体改造を受けたということだ。人道とか倫理から外れているというレベルではない。もはやそれは狂気の行いだ。
そしてもうひとつ、大事なことにも気がついてしまった。
「まさか…お義母様も……」
「ああ、私はその第一世代さ」
ユカリはあっさりとそれを認めた。
「さらに言うならカナエも第一世代だ。もっとも、カナエは第二世代を造る前に組織を辞職していたからアキラは第二世代じゃないがね」
「辞…職?」
「ああ、あの組織の目的にとって別に技術の漏出はどうでも良かったのさ。だから辞めたいと思えば研究さえ誰かに引き継いでおけばいつ辞めたってかまわないのさ」
なんとも風変わりな組織なのだろうとエリスは思ったが、この場においてそう考えるのはエリスだけだった。他の者にとってそれは別におかしなことではなかったのだ。
「まあここから先は私が話そう。正直ここから先はレイイチ自身のことだから直接語らせるのにはさすがに気が引ける。
さて、第二世代のことだがこれは成功を収めたといっていいだけの物を示していた。生まれてきた子供の数は十八名、そのうち成功だったのはたったの七名。だがそれでも十分成功だったのさ。この七人には親がつけた名前以外にそれぞれに魔王の名前を用いたコードネームを与えられた。それがサタン、ベルゼブブ、リヴァイアサン、ベルフェゴール、アスモデウス、ルシファー、マモンだ。このコードネームはどうやら第三世代にもそのまま使われているみたいだね」
その七つの名前はエリスも雑学としてい知っている。七つの大罪を司る七つの悪魔の名だ。
「第二世代は成功を収めたと言っていいだけの物であった。だがその一年後、第二世代が二歳になった頃計画は中止され、更なる段階に移ることになった。それが第三世代だ。
さて、今から二十年と少し前、何があったのかわかるかい?」
エリスは首を横に振る。
「フィギュアのプロトタイプが現れたのさ」
エリスの顔が驚愕に彩られる。フィギュアの出現は十年前のことのはずだ。それよりも十年も前にプロトタイプが造られていた筈がない。
だがユカリはただ淡々と事実を語る。
「フィギュアの理論自体はバンデモニウムではそれ以前から完成されていた。プロトタイプを造ったのも元バンデモニウムの人間さ。そこからデータが様々な生まれ、十年後に市井の科学者によってフィギュアは完成した。当時の科学者達が一番頭を悩めていたエネルギー問題を解決して。さて、このエネルギー問題を解決したのは何だ?」
「…ブルームーン」
「正解、エネルギー蓄積水晶体であるブルームーンをバッテリーとして組み込むことによってジェネレーターが生み出すエネルギーを何倍にも増幅してフィギュアを動かすのに必要なだけのエネルギーを確保できるようになった。特にBFはこれ無しに完成はありえなかっただろうね。
バンデモニウムはブルームーンのことにはとっくに気がついていた。だが逆に知りすぎていたことが仇になった。バンデモニウムには改めてブルームーンにエネルギーをチャージして使うという発想はなかったんだ。まあそれはさておき、最初に造られたプロトタイプはブルームーンを使わないタイプだったがそれでもバンデモニウムの科学者達を驚かせるには十分だった。これから先一気にフィギュアの技術が広がっていくと判断した科学者達は白兵戦用の第二世代を中止してBF戦用に特化した第三世代の製造に着手した。といっても基本的な方法は第二世代と同じ第一世代同士の交配によって生まれた赤子にナノマシンを注入、ただし中身は第二世代と違いフィギュアに関する知識だ。また、第二世代の失敗作の原因であったある物は埋め込まなかった」
「待ってくれ」
エリスはあまりの話に震えた声を搾り出した。
「ある物とは何なのだ?」
ユカリは胸元からペンダントを取り出した。そのペンダントの先には宝石と見間違おうばかりに美しい青い結晶体があった。エリスはそれの名前を知っている。ここにいる者ならば誰もが知っている。
「これだ。レイイチの身体にはブルームーンの高純度結晶体が埋め込まれている」
今までエリスの中で張り詰めていた何かがついに切れた。
「なぜだ! なぜそんな物が埋め込まれなければならない! それ以前になぜレイイチをそんな風にしなければならないのだ!? なぜ普通に生んで普通に育ててやれないのだ! そんなの、そんなの、間違っている!! 教えてくれ、支配が目的ではないと言ったな、ならばなぜそんなことをする必要がある!? なぜ生体兵器など…そんな…者を……生み出さなければ…ならないのだ…………」
最後には涙を流し声にならなくなっていくエリスをレイイチは傍によってそっと抱きしめる。エリスはレイイチの胸の中で、それでも泣き声だけは聞かせまいと声を殺して涙を流す。
レイイチはそんなエリスの髪をなでながら言葉をだす。
「誰もが幸せになれる世界なんてない」
その声はあまりに優しく、あまりに穏やかだった。
「バンデモニウムは人道よりも探究心を選んだ狂気の者と世界の為に自らを犠牲にすることを選んだ愚者の集団だ。愚かで、むなしく、どうしようもない組織かもしれない。だが彼らもまたそのことを知っている。だから組織から離れる者を彼らは追わない。女として一人の男を愛する道を選んだカナエさんも、母親として生きる道を選んだお袋も」
だけどそれはとても寂しげで、とても悲しそうだった。
「俺は敵を倒すことしかできないとしても、それでも生まれてきてよかったと思っている。アキラやおまえに会えてよかったと思っている。だからいいんだ、俺がたとえ人間でなかろうと、バンデモニウムが何であろうと俺には関係ない。俺はただ俺としてしたいようにしている。アキラを守りたいと思う自分の為にできることをする。それでいいんだ」
エリスは何も答えることはできない。何も言うことはできない。ただ、声を殺して泣き続けた。
それからもいろいろと話していたはずなのだがエリスはほとんど覚えていない。気がつけば会議は終わり、エリスはレイイチの運転する車に乗っていた。ユカリとカナエはこのままアドレーともう少し話を詰めている。
「なあエリス」
エリスがだいぶ自分を取り戻したのを察したレイイチが話しかけてくる。
「奴らに同情するなよ」
「……わかっている」
エリスは何とか答えた。正直、思うことがないわけでもない。兵器として作られた彼らに同情する気持ちがないわけではない。だが彼らは結果として多くの者を傷つけ、殺している。そして自分達の敵として現れている以上情けなどかけてはいられない。そんなことをすれば自分達の仲間が傷つくのだから。
「…これを見てくれ」
レイイチは片手をハンドルからはずしエリスに見せる。するとその手は青白い輝きを纏い始めた。
「これはブルームーンの中に秘められた力を解き放ち、身体の表面に発生させたものだ。さっき説明し損ねたがブルームーンには現在発見されて使われているエネルギー以外にも内側に長い年月をかけて蓄えられてきたエネルギーがある。これの開放ができるのはおそらくバンデモニウムだけだろう。そしてバンデモニウムチルドレンにはこれを開放する為に必要な因子を遺伝子レベルで組み込まれている。
今俺の手を包んでいるこれもただ光っているようにしか見えないかもしれないがエネルギーソード同様に高エネルギーを圧縮しているから人体ぐらいなら簡単に引き裂くことができる。
なあエリス、俺が怖いか?」
エリスはその青白い輝きに目を見張り、そしてレイイチの話と抱きしめてくれた時に聞いた寂しそうな声を思い出した。
「怖くないと言えば嘘になる」
「そうか」
だがまだエリスの答えは終わっていない。
「だがおまえは別だ。私はレイイチは怖くない。なぜなら私は……おまえを愛しているからだ」
頬を赤く染めて言うエリスにレイイチは呆気に取られ、そして声を上げて笑い始めた。
エリスはそれを見てむっとしたが、すぐにつられて笑い始めた。そして自分が言った言葉をかみ締めて心が落着いていくのを感じた。
そう、レイイチを愛している。レイイチが何者であろうとそんなことは関係ない。大事なのはその気持ちなのだから。
「あっ」
しかし一つの可能性に思い当たり、エリスは眉を顰めた。それはエリス個人の思いとベルガー家の次期頭首としての義務感に板ばさみされた結果だった。
「どうした?」
「いや、なんでもない。なんでもないから気にするな」
エリスは自分が思い浮かべたことに顔を真っ赤にしてレイイチに答えた。レイイチは何があったのかと考えたが、わからなかったので考えることをやめた。
エリスは特に追求されなかったことに安堵したが問題は残っているのだ。あとでそのことについてユカリかカナエに訊いておこうと思い、そして絶対にレイイチに知られないようにしようと思った。
そう、絶対に知られてはならない。まさかレイイチは子供を作ることができるのだろうかなどと考えていたなんて。
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