第九研究所から出発した車が地球とを結ぶシャトルの発着所に向かっていく。今日レイイチとエリスが戻ってくると聞いてアキラとユイは迎えに行くことにしたのだ。
「こうして二人で出かけるのも久しぶりだね」
「そうですね、最後に出かけたのはアキラさんたちが来てからすぐの頃でしたからね。普段はレイイチさんが一緒でしたし。ウインディアではエリスさんも一緒でした」
車を運転しているアキラもユイもこの一週間休みも取らずに働いていたので今日を楽しみにしていたのだ。ただそれでも二人で楽しもうという気はなく、レイイチたちを迎えに行った後どこに行こうかと考えていた。レイイチとしては自分達を待たせてもいいから二人で時間を潰してこいと言いたいだろうが、二人はそんなことを考えもしないのだ。
毎日十便のシャトルが行き来する発着所にはいつも人が溢れている。というのも仕事にしろ旅行にしろ地球から他の惑星圏、エアリアルシティに行くにはまず月に上がってからもろもろの船に移動しなければいけないからだ。
「わあ、あいかわらずすごい人だね。レイイチたち見つかるかな?」
「大丈夫ですよ、二人とも目立ちますから」
長身で荒々しく野性味が溢れているレイイチと綺麗な銀髪と気品を感じさせるエリスの組み合わせはもともと一人でも目立つのをさらに増加させる。二人が一緒にいて目立たないということはありえなかった。
「ところで二人と合流したらどこに行きましょうか? この前エリスさんに似合いそうな服を見つけたので着せてみたいのですけど」
「じゃあそこに行こうよ。ユイに似合いそうな服も見つかるかな」
「あら、じゃあ私はアキラさんに似合いそうな服を探しましょう」
「うん、お願い。じゃあエリスにはレイイチに似合いそうなのを探してもらおうね」
「はい」
二人は他にも昼食はどこで食べようかなどこの後の予定を話し合いながらレイイチたちの到着を待つ。ほどなくして新しいシャトルが到着し、ロビーが騒がしくなった。時間的にもレイイチたちが乗ってくるのがこのシャトルなのでアキラたちもゲートのほうに移動する。
「ちょっといいか?」
「えっ?」
突然肩を叩かれて振り向くと、見知らぬ男が立っていた。
「なんでしょうか?」
不審な男に警戒を込めて対応したのだが、男は特に気にした風もなく口を開く。
「アキラ・ベルガーだな」
「そうですけど、あなたは誰ですか?」
まったく知らない男が自分のことを知っているという事実によりいっそう警戒心が深まる。アキラはユイを背後にかばうようにして男と向かい合う。一応護衛の人間は来ているはずだがこの距離からではすぐに対応できないかもしれない。その場合は自分を盾にしてでも守らなければならない。アキラはこう見えてもレイイチに格闘技を教わっているので結構強いのだ。
「第二世代のサタンに伝えておけ、これは挨拶代わりだと」
「えっ」
何を言われたのかもわからないうちにアキラは腹部に痛みを感じた。そして一気に気が遠くなっていく。
「アキラさん!」
ユイが驚いてアキラを抱きとめる。アキラの腹部には男の手が突き刺さっており、そこから血が流れ出していた。
男が手を抜くとそこから一気に血が流れ出していく。アキラを抱きとめるユイの服が血で汚れていく。
「伝えておけ、これは挨拶代わりだと」
「いや―――! アキラさ―ん! しっかりしてください、アキラさん、しっかり……」
泣き叫ぶユイを尻目に男はすばやくその場を立ち去っていった。
「なんだ!」
ちょうどゲートを抜けてきたところだったレイイチとエリスは聞き覚えのある叫び声を聞き、荷物を放り出して声のするところへと走っていく。人ごみのわずかな隙間を通り抜け、隙間がなければこじ開けてでも先へ進んだ。
そして人垣を越えて、血を流しているアキラとアキラを抱きしめて泣き叫ぶユイの姿を見つけた。
「落着けユイ!」
エリスがユイを抱きしめ、アキラから引き剥がす。そしてレイイチがアキラの横にかがんで検診する。
「くっ」
レイイチが思わずうめいてしまうほどアキラの怪我はひどかった。レイイチが見る限り腹部の怪我は奥まで続いており、内臓までも傷つけている。それに加えてこの出血量、急がなければ手遅れになる。だがレイイチは今すぐ救急車が来ても間に合わないことがわかってしまった。簡単な止血程度では出血は止まらないし、仮のこの場で縫合したとしても中の怪我のせいで助からない。この場に優秀な医療設備があれば別かもしれないが、それを期待してもしかたがない。
レイイチは瞬時に覚悟を決めて、右手人差し指に青白いエネルギーソードを生み出し、左手の掌を切り裂いた。そして流れ出した血を拭うことなく傷口に突っ込んだ。ユイがその行動に悲鳴を上げるがレイイチはただ意識を作業に集中させる。
まずは左手にエネルギーを集め殺菌する。そして血と一緒に流れ出したナノマシンをアキラの体内に注ぎ込み、エネルギーを注入して活性化させる。アキラの体内に入ったナノマシンは損傷した臓器の機能を補い、同時に出血量を減らす。そしてわずかにではあるが内臓を修復する。次にエネルギーをアキラの体内にある因子に乗せて体中を生命力を強化する。アキラは片親だけとはいえ第一世代の血を引いているので体内にレイイチと同じ因子を持っているのだ。
「ふう」
これはあくまで応急処置にすぎない。無事に済むかどうかはこの後の治療しだいだろう。だがそれでもアキラの生存率は爆発的に飛躍している。それは青くなっていた顔に血色が戻ったことからも明らかだった。
「レイ…イチさん」
「大丈夫だ姫さん、アキラは無事だ」
「い、いえ、今のは……」
周囲の人垣も騒がしくなった。レイイチは緊急を要するとはいえ明らかに普通の人間ではありえない力を使ったのだ。だがそれでも後悔はない。たとえ化物と呼ばれようとも、アキラを助けられたのならばそれで満足なのだ。
「ユイ、細かいことは後だ。今はアキラを病院に運ばなければ」
「は、はい」
エリスに言われてユイが立ち上がるとレイイチはアキラを抱えて入り口のほうへと走り出した。
幸いすでに誰かが救急車を呼んでくれていたようでレイイチが外に出てすぐに救急車はやってきてアキラは病院に運ばれた。今は手術を受けているがこの分ならば大丈夫だろうというのが医師の判断だった。
「レイイチさん、さっきのは……」
ようやく少し落着いたユイがレイイチにおそるおそる訊ねた。
「緊急時だったから俺の力を使って応急処置を施した。姫さん、俺は見ての通り化物なのさ。俺が怖いかい?」
レイイチは自嘲を浮かべながら訊ねた。
「こ、怖いです。で、でもレイイチさんはアキラさんを助けてくれます。私は…アキラさんさえいてくれればレイイチさんが何だろうと、アキラさんがレイイチさんを信頼しているのですから……大丈夫です」
「サンキュ」
途切れながらもがんばって言葉を紡いでくれたユイに感謝の言葉を返し、次の瞬間憤怒の表情を浮かべた。
「だが、アキラをやったのは誰だ? あいつは簡単にやられるような奴じゃない。だがアキラには抵抗した様子も見えなかった」
「わかりません、いきなりアキラさんに声をかけた男の人がいて、気がついたらその人がアキラさんを刺していました。あと、その男の人が言っていたのですけど、第二世代のサタンに伝えておけとか、これは挨拶代わりだとか――――」
何かが砕ける音が廊下に響き渡りユイの言葉を遮った。見てみるとレイイチが立っている場所の横の壁にレイイチの拳が打ち付けられ、あたり一面にひびが入っている。また、三人分の飲み物を買って戻ってきたエリスの手にある缶もまたエリスの手によって握りつぶされていた。
「…そうか、よくわかった」
ただでさえ険しくなっていたレイイチの顔が怒りによってさらに険しくなっていく。
「そっちがそのつもりなら徹底的に叩き潰してやる。覚悟しろよ第三世代どもめ」
それは第三世代たちが第二世代において憤怒を司るサタンの称号を持つレイイチの逆鱗に触れた証明であった。
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