光の尾を引いて戦場に駆けつけたのはアークエンジェルを思い浮かばせる精錬されたフォルムを持つ純白のBF、増設されていた高性能通信ユニットと推進剤の搭載槽を取り外し、内臓武器の数を減らしたうえでアイザックが自分の技術でさらに改装をしたミカエルだ。
 ミカエルは戦況を確認するとすぐさま右手でエネルギーソードを抜き、一人で奮戦しているガブリエルのもとへ向かった。次の瞬間レーダーの中からベルゼブブの反応が消えた。

「なに!?」

 ガブリエルやラグエルについている物と違いミカエルに積んであるのは通常のドミニオン用のレーダーだ。だから感度も低く、ステルスを使われると見つけることはできない。だがベルゼブブの性能を知らないエリスには敵がすぐ近くにいる状況でステルスを使う意味がわからなかった。まさかBFレベルでの光学ステルスまで備えているとは思ってもいなかった。
 ベルゼブブの反応が再び現れたとき、エリスはその意味を知った。ガブリエルの姿を捉えたモニターに突然ベルゼブブが現れてガブリエルに攻撃をしたからだ。かろうじて直撃をさけたガブリエルだったが反撃をする余裕もなく、徐々に追い詰められていた。
 エリスはミカエルをさらに加速させてガブリエルの前へ出た。

「おや、新手が来ましたか。ですが本命はまだ来ていないようですね」
「本命、それはレイイチのことだな?」

 エネルギーソードを構え、モニターに映るベルゼブブのわずかな動きも見逃さないように意識を集中させてエリスは尋ねた。

「ええ、彼のことです」
「…一つ訊いておく」
「なんでしょうか?」

 エリスは怒りで震えそうな心を抑え、静かに尋ねる。

「アキラを襲ったのもおまえらか?」

 その声には抑えきれない怒りがこもっていた。だがベルゼはなんでもないように答える。

「ええ、そうです」

 その瞬間にミカエルが動いた。前に飛び出すと同時にエネルギーソードを投擲、すぐさま左手で新しいエネルギーソードを抜く。
 まさか投擲してくるとは思っていなかったベルゼは反応するのが遅れ、ぎりぎりで避ける。そこにミカエルが届き、エネルギーソードを振り下ろす。
 ベルゼブブはそれに対して青白いエネルギークローを生やし受け止める。
 ミカエルは力に逆らわずその身体を相手の腕の内側へと滑り込ませ、右手でフルメタリックナイフを抜く。そして相手の腕の関節部に向かって突き刺した。
 だが直前で気がついたベルゼは機体を後方へと動かして狙いをはずさせた。フルメタリックナイフは装甲に弾かれた。

 互いに体勢を整える為に距離を置く。だがそれはベルゼにとってこその勝機だ。
 すぐさま翼を閉じてステルスを発動させて動き出す。

「困りましたね、あのステルスはちょっと破れませんよ」
「問題ない。少なくともレイイチならばな」

 イェソドを展開させてベルゼブブが姿を現すのをじっと待つ構えに入ったガブリエルに対し、ミカエルはエネルギーソードとフルメタリックナイフを戻し、手ぶらになった。

「奴が次に姿を現した時、斬る」

 そしてエリスは切り札を開放する。

「セフィラーシステムティファレト、始動」

 背中にある四本の翼状のウイングが展開する。そしてショルダー部分がせり上がり、中から背後に向けて何かの噴出口が現れた。ミカエルはバックパックから拳二つ分よりもやや長い棒を取り出し、両手で握る。それは刃のない剣だった。先についているつばの大きさからその先に取り付けられるべき刃はかなり大きいと推測できた。

 刃のない剣を構えてミリアは意識を集中させる。ベルゼたちが持つステルスの優秀さは前回の戦闘でわかっている。そして自分のミカエルではそれを捕らえることが不可能なこともだ。故にエリスはミカエルの力で対抗することは諦めていた。そして頼ったのは直感、自分自身の本能だ。

 どう考えてもばかげたことである。たしかに人間の脳は優れたコンピューターだ。BFに搭載されているような制御システムなんかとは比べ物にならない。直感とはそれまでに過ごしてきた時間の中で蓄積されてきた膨大な経験にって導き出された答えであり、生物の本能が持つ高度な演算能力である。たとえば空気一つとっても肌に感じるものから雨が降るとわかることもある。ミリアやエリス、レイイチならば後ろからの不意打ちに気がつきもする。エリスはそうやってベルゼブブのステルスに対抗しようとしているのだ。

 しかしそれは生身だからこそ可能なことである。宇宙空間での活動を前提としたBFのコクピットは完全な密閉空間である。外の空気を感じることなどで気はしない。見えている映像もカメラ越しのもので聞こえる音もスピーカーを経由している。判断すべき情報を与えてくれる五感が断絶されている状態ではどうしようもない。だがそれでもやるしかないのだ。そして、もしここにいるのがレイイチならば必ず成功させるはずだとエリスは信じていた。だからこそエリスはレイイチに追いつくためにも必ず成功させなければならないのだ。

「ロイド、少し離れていろ。巻き込む可能性がある」
「……わかりました」

 ロイドとしては不安だった。今の状況で一番いい方法は背中合わせにして死角を減らすことだろう。だがそれではジリ貧になり、逆転できる可能性はゼロではないが高くはない。だからこそエリスに賭けることにした。
 ロイドはエリスと自分を比べるべきではないと考えている。なぜならばロイドはレイイチの強さを知ったとき恐怖した。そしてあれほどの強さを持つ者と並びたいとは思わなかった。分相応をわきまえて彼の後ろでこそこそとしていることで満足できる。だがエリスは違った。幼き頃よりあれだけの力を目のあたりにし、そしてそれが決して追いつけない人を越えた高みにあることを理解していながらずっとそれに追いつこうと努力してきたのだ。自分にはできない、だがだからといってエリスにできないわけではない。エリスは自分なんかよりもずっと優秀で、そしてエリス自身が思っている以上の能力を秘めているはずだと思っているのだ。

 状況は最悪の一歩手前だろう。だがそれでもきっと大丈夫だと思わせる何かがロイドにはエリスから感じ取っていたのだ。





 二つの戦いがこう着状態になり、ひとつの戦いが佳境を迎えている中、カマエルはカタパルトから発射され、戦場に向かってバーニアを全開にしていた。コクピットに座るレイイチの左手にはハンカチが巻かれている。アイザックがレイイチが自分の左手を切ったのを見て巻いたものだ。
 レイイチはそのアイザックの優しさに苦笑した。そしてそれは同時に自分に対しての嘲笑でもあった。
 ハンカチの下にはもう傷は全く残っていない。アキラの応急処置の時に切ったのもそうだ。その気になればあの程度の怪我は瞬時に治せるのだ。レイイチ・シンドウというのはそういう生物なのだ。
 体内のナノマシンが皮膚や血管に擬態して代わりに機能を果たしている。そしてそのナノマシンはそのまま身体に吸収されるがまた別のナノマシンが細胞分裂を利用して新たなナノマシンを作り出している。だからレイイチの体内のナノマシンはなくならないし、たいていの怪我ならば瞬時に治せる。そして他人の身体であろうとナノマシンで応急手当をすることができる。人から生まれ人として育てられた人外の生物兵器。それがレイイチにとっての自分であった。

 だがアキラやエリス、ユイはそれを否定し、受け入れてくれている数少ない人間だ。他の仲間は知識としては知っていても実感としてレイイチのことを捉えられていない。人よりちょっとすごいぐらいにしか思われていないのだ。もし彼らが自分の秘密を知ればどんな反応をするのだろうか? アキラあたりはそうなんだと言って普通に受け入れてしまうのが目に浮かぶので気にはしていない。アキラに知られたくない理由は別にある。だが他の人間は自分を拒否するかもしれない。自分の存在を否定するかもしれない。レイイチはそれが怖い。それはいかなるもにも負けない力を持ち、いかなることにも屈しない強さを持っているようにみえるレイイチの最大の弱さであった。彼は今でも否定されることに怯えて震えている弱い子どもだったのだ。レイイチが強くいられるのはアキラやエリスがいるからだ。だからこそ彼は戦えるし、どこまでだって強くいられるのだ。

「ん?」

 レイイチは月面から上がっていく一つの光に気がついた。それはレイイチ同様宇宙へ上がっていくBFの噴射光だ。レイイチはそれを見て思い込みともいえる勘で判断した。それに乗っているのがアキラを傷つけた奴だと。




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