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WORLD FANTASIA

第二話 異能の少女






 春になったとはいえまだまだ冷える夜の道を二人の少女が歩いている。

「あははー、舞、そんなに落ち込まないで」
「ぽんぽこたぬきさん、佐祐理にばかり迷惑かけてる」
「大丈夫だよ、アルバイトなんてたくさんあるんだから、すぐに見つかるから」

 卒業と同時に一緒に暮らし始めた二人はアルバイトをしながら大学に通うことにしたのだが、肝心の舞のアルバイトがいまだに決まらないのだ。

というのも高校時代、話をするといえば佐祐理ぐらいで、祐一が転校してきてからは祐一や北川達や、一時期いがみ合ってはいたが今では和解した久瀬など、話す相手も増えたがそれはあくまでここ二ヶ月の出来事なのだ。

それまでろくに誰とも話さなかった舞はいまだに口下手で、アルバイトの面接を通り抜けることができないのだ。

「ねえ舞、今日は何を食べようか?」
「なんでもいい、佐祐理の作るものはなんでもおいしい」
「あははー、ありがとう舞。じゃあ今日は舞の好きな牛丼にしようね」
「…牛丼、相当嫌いじゃない」

 ちなみに二人は二日に一度は牛丼を食べている。

 二人が住んでいるのは最近できたマンションで、オートロック式でよるには警備員もつめている。とてもでは学生の身分で借りれるところではない。
 二人は最初、舞が母親を亡くしてから一人で住んでいたアパートで暮らそうと思っていたのだが、佐祐理の父親がどうしてもそれだけはだめだと言い、祐一と久瀬の二人にも止められたので仕方なく佐祐理の父親が用意してくれたマンションに住むことにした。
それでも家賃以外は親に頼ることなく、二人でがんばろうとしているのだが、どうしても佐祐理にばかり負担がかかってしまう。それが舞には辛かった。

「―――誰?」
「舞、どうしたの?」

 夜の闇の中、人通りがまったくない通りで舞は人の気配と、何かの違和感を感じた。
 この町は駅こそ大きいがそれほど都会というほどでもなく、犯罪も少ない。だが決してないわけではない。
 舞は落ち着いてその気配を探った。何年間も姿の見えない魔物と戦い続けていた舞にとって、人の気配を感じ取ることはそう難しいことではなかった。
 しかし、今確実に自分たちの近くにいるだろうはずのその気配は、舞にいるということを感じさせながらもその位置をつかめさせなかった。

「佐祐理、気をつけて、誰かいる」

 舞は佐祐理に言いながら、自分が何も持っていないことを悔やんでいた。
受けることよりも避けることに重点を置いた戦いをし、そして普通の人よりも強力である魔物と戦い続けていた舞には多少のゴロツキぐらいなら素手で返り討ちにできるだけの自信がある。しかし今時分の周りにいるだろう者はそんなものとは違う。素手でどうにかできる自信はまるでなかった。

「……いい加減出てくる。いることはわかっている」
「ふっ、なるほど、素人、というわけではないようだな」

 舞達の正面の角から、黒いコートをはおった男が姿を現した。
 男はばらばらに生えた無精ひげをなでながら、舞達のほうへと歩いてくる。
 男は舞達から二メートルほどの距離を置いたところで立ち止まった。その距離は舞にとって一気に飛びかかれる距離だ。

「さて、御初目お目にかかる、異能の少女、川澄舞、あなたを我らの組織に迎えに来た」

 男は懐に手を入れると、なにやら袋を取り出した。

「具体的に言うと我々は君の持つ力にひどく興味がある。ゆえにすぐ近くで観察したい。もし我らの下に来てくれるのなら生活と安全は保障しよう」
「ぽんぽこたぬきさん」
「? それはどういう意味かな?」

 舞の言葉の意味がわからない男が首を傾げるが、舞はそんなことを気にしたりはしない。

「あなたが何者なのかは知らない。だけどあなたからは何かおかしなものを感じる」
「ふむ、まあそうだな、たしかに普通ではないな」

 男は袋の中から紙を一枚取り出して、それを放り投げた。するとその紙は赤い光を放ち、舞の腰ほどまでの高さのある赤い西洋風の甲冑に変わった。

「まあある意味君の力と似たようなものなんだろうな。といっても私の使える力はこうやって何かを媒介にして兵を創り、それを自由に操れるだけなんだがね」

 男が手を振ると、舞が見る限り中に人はいないはずの甲冑はまるで中に誰か入っているかのように動いた。

「一応こいつの名前はボーンってつけている。といってもこれ単体のことじゃなくて、これと同じ型のものは全部ボーンだけどね」
「何をしたの?」

 舞は油断なく男と甲冑――ボーンを視界に捉えたまま尋ねた。

「君がかつてやったことと同じさ。自分の望んだ幻想を現実世界に引き起こす。もっともその力も人それぞれ、種類もあれば限界がある。私の場合はさっきも言ったが媒介を通した具現化、そしてそれを自由に操るだけだ。その点君の力はすごい。一時的とはいえ死んだ人間に命を吹き込んだり、攻撃能力と意思を持ったエネルギー体を創り出した。われらの仲間にもそれだけのことができるものはいない。もっとも別の理の力を用いれば話は別だがね」

 男はずいぶんと雄弁に語ってくれる。しかもその間、ボーンはまるで動いていない。しかし舞は決して緊張を緩めたりはしない。ただ必死に佐祐理を連れて逃げることができる突破口を探していた。戦うなんていうのはもってのほかだ。視界にうつるボーンの甲冑は見るからに硬そうで、とてもではないが素手でなどで殴っても効きそうもない。
 だが最大の問題はとてもではないがどうやっても逃げられそうもなかった。

「まあそういうわけだから私と一緒に来てくれないかな?」
「ぽんぽこたぬきさん、私は佐祐理と一緒にいたい」
「…それはつまり“いいえ”というわけでいいのかな」
「はちみつくまさん」
「いや、何が言いたいのかわからないのだが」

 祐一仕込みの舞の言葉に男は困惑の表情を浮かべるが、意外なことに救いの主が現れた。

「はちみつくまさんは“はい”でぽんぽこたぬきさんは“いいえ”なんですよ〜」

 こんなときでもマイペースのお嬢様だった。

「ほう、変わっているな。最近の流行なのか?」

 そんな反応をするこの男もけっこう余裕である。

「まあつまるところ一緒に来る気はないということか」
「はちみつくまさん」

 舞の答えを聞いた男は少しの間考え込んだ後、再び袋の中から紙を取り出して投げた。 それは青い光を放ち、ボーンと同じような、しかし赤ではなく青の甲冑が現れた。

「しかしこうされたときはどうするつもりだ?」

 男が言うやいなや、ボーンと青い甲冑は同時に走り出した。
ボーンは舞へ、青い甲冑は佐祐理のほうへ。

「佐祐理!」

舞は佐祐理のほうへ駆け寄ろうとするが間にボーンが入り、行く手を阻む。その間に青い甲冑は佐祐理のもとにたどり着き、その首筋に腰につけていた剣を突きつけていた。

「あ、あはは〜」

 さすがの佐祐理も額に汗が浮かび、笑顔が引きつっている。

「さて、このような状況になった時、あなたはどうするつもりかね?」
「…………」

 男の言葉に舞は応えることができなかった。いや、すでにその言葉を聞いてすらいなかった。舞の意思はただ佐祐理のことにだけ向いていた。そして男の意識もまた舞の行動にだけ向いていた。

 故に次に起きたことにすぐに反応することはできなかった。

「そんなことは力を解放すればいい」

 突然聞こえてきたその言葉と共に、佐祐理に剣を突きつけていた青い甲冑が吹き飛ばされた。

「あなたはもう自分お力を受け入れたのでしょう、だったら何をためらう必要があるのですか? その力もまたあなた自身、あなたを表すものの一つに過ぎませんよ、川澄さん」
「……久瀬?」

 青い甲冑が吹き飛んだのとは逆の方向から普通に歩いてくる少年に、舞は彼女をよく知る人ならばわかるだろう驚きの表情を浮かべていた。いや、彼女だけではない。佐祐理も、そして男も少年のほうを驚きの表情で見ていた。

「あなたは自分で選んだのでしょう、倉田さんと一緒にいる未来を。ならばそのために自らの力を振るいなさい。そのことを躊躇ってはいけませんよ」

 しかし少年はそんな彼女達の様子になどまるで気にせずに言葉を続ける。

「……君、どうやって入ってきた?」
「普通に結界をこじ開けてですよ」

 最初に立ち直った男の言葉にもあっさりとなんでもないことのように答える。
しかし男は知っていた、その結界がそう簡単に破れるようなものではないと、そしてもし破られたにしてもそのことに気づけないはずがないことを。その証拠に男の感覚はまだ結界の存在を感じ取っていた。

「もっとも、開けるというよりは隙間を広げて通り抜けてきたといったところですね。へたに壊して何かあると困りますから」

 男は少年が肩をすくめるのがわかった。そして少年が自分のほうを見ていないことにも気がついた。
そこからの男の行動は迅速だった。すぐさま残ったボーンを動かして少年に向かわせた。
 しかし、結果はあっさりと、そして無残なものだった。

「しょせんは紙、思ったよりもたいしたことないですね」

 ボーンが少年に斬りかかろうとした瞬間、切り刻まれたのは少年ではなくボーンのほうだった。しかも少年がやったことといえばただボーンのほうに手を伸ばしただけだ。
 少年は切り刻まれ、ただの紙に戻ったボーンの残骸を一瞥し、そして男のほうへと視線を動かした。

「もっとも、あなたにとってこの程度は児戯に等しいのでしょうけどね、『千軍騎士団長』(せんぐんきしだんちょう)殿」
「ほう、私の二つ名を知っているのか、そういう君はなんというんだい? どうやらかなりできるようだが」
「残念ながら二つ名がもらえるほどの力は持っていないので、名前のほうなら久瀬宗司くぜそうじです」
「ふむ、久瀬宗司か、覚えておこう。私の名は『千軍騎士団長』ロイ・シュナイダー」

 ロイは袋から今度は木彫り人形を取り出し、久瀬は自然体になる。
 木彫り人形は赤い光を放ち、ボーンよりも一回り大きい赤い甲冑の騎士になり、久瀬の周りには何かが動き出していた。

「…風?」

 その声を発したのは男ではなくもはや佐祐理のすぐそばで傍観者になった舞であった。舞は久瀬の周りだけでなく、自分たちの周りにまで流れてきた風の流れを感じ取っていた。

「これはこれは、魔の力でもなく精霊の力でもなく闘気でもない、我らと同じ異能の力とは。
そういえば聞いたことがあるな若いながらも凄腕の風使いが零課にいると。あなたがその風使いということか」
「まあ中には僕のことをそう呼ぶ人もいるね」
「ふむ、どうやら私はついているらしい、今日だけで二人も才能ある同胞に会えるとは」
「同胞? 悪いが僕はあなたたちの仲間になった覚えはないが」
「そう意味ではないさ、ただ単純に異能者のことを我らは同胞と呼んでいるだけのことだ。それと悪いけどもここは引かせてもらおう、ナイト!」

 ロイが後ろに跳ぶと同時に赤い甲冑の騎士――ナイトが地面を割り、砂煙を起こした。

「ちっ」

 久瀬はすばやく風を操作し、砂煙を吹き払うが、すでにそこにはロイの姿もナイトの姿もなかった。

「逃げたか、いや、逃げてくれたと言うべきなのだろうな」

 久瀬は自分の力量を把握していた。そしてロイの強さについても聞いていた。だから久瀬は自分と相手の力の差を理解していた。少なくとも、相手が本気になれば自分では勝てないと。

「…久瀬」
「川澄さん」

 おそらく先ほど剣を突きつけられたときのショックで腰が抜けたのだろう佐祐理を支えながら舞が久瀬のすぐ後ろに来ていた。

「ありがとう」
「いえ、礼を言われるほどのことではありませんよ」
「………………」
「………………」

 二人の間に沈黙が流れる。ただ一人、今ひとつ状況がわかっていない佐祐理だけが二人を見回して困った顔をしていた。

「川澄さん、あなたが聞きたいことは大体わかっています。ですが今日はもう遅い、明日お話しましょう」

「………………」

 舞はしばらくの間、久瀬を黙って睨みつけていたが、結局首を縦に振った。

「明日、学校で」

 舞は最後にそう言い残して佐祐理を支えながら帰っていった。
 久瀬はしばらくその様子を見送っていたが、舞達の姿が完全に見えなくなると

「さて、それでは支度をしておかなければ」

 と呟いて舞達とは逆の方向に歩き出した。





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