第三話 一夜明けて
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WORLD FANTASIA
第三話 一夜明けて
見晴らしのいい小高い丘の上で、祐一たちの前に現れた男は一人岩に腰を乗せながら空を見上げていた。
男は一晩中そこで空を見ていた。そして夜が明け、朝日が昇ってもそれは変わらなかった。
「どうした、零也」
いつの間にか背後に初老の男が立っていたが、そのことはまるで気にしていなかった。
「少し、自分の愚かさを、弱さを悔いていました」
男――須藤零也は空から目を離さずに自分の師でもあるその男にたいして話し出す。
「せっかく俺を推薦してくださった師父にも迷惑をかけてしまいました」
思い出すのは昨夜のこと、任務の失敗を告げた自分を嘲るような目で見る幹部たち、そして自分と師父にたいする批判。
「師父、俺はそんなに弱いのでしょうか?」
そして昨日の少年との戦い。ただの素人にすぎない少年を相手に最初こそ圧倒していたが、少年が光に包まれ、武器を手にしただけで自分と互角か、あるいはそれ以上の力を見せつけられた。
まるで自分のこの一年間の努力など何の意味もないといわんばかりに。
「おまえが弱いわけではない」
男の声に叱責の色はない。
「それにあそこでおとなしく引く判断ができるものはおまえぐらいの者の中にそうはいない」
あるのはわずかな賞賛と、ただの事実。
男は零也の報告書を読み、そして零也に持たせていた魔水晶に記憶されたそのときの戦いと、その前後の一部始終を見ていた。だからこそ男は零也にたいして自信を持って答えることができる。
「たしかにおまえはまだ未熟だ。たしかにわしや他の幹部たちから見ればまだまだ弱い。しかしおまえは強くなれるだけの素質があり、そしてその兆候はもうすでに現れ始めている」
「では、なぜ俺は負けたのでしょうか?」
あの時引いたのは自分があの少年よりも弱いと感じたから。あのまま戦い続ければ確実にあの少年の剣は自分を捕らえていただろう。
「ひとえに言えばあの剣のせいだろう。あれはかなり高位の魔導器だ。強化に魔術防御、おそらく素材も並みの物ではないだろう。あの少年がおまえに一太刀入れられたのも、おまえの魔法を防げたのも全てはあの剣の力だ」
「では、あの剣がある限り俺はあの少年に勝てないのでしょうか?」
「そうだな、今のおまえでは勝てないな。あの剣が内包している魔力はおまえよりも上だろう」
男が語るはただ純然たる事実。そして零也もその事実を受け入れられないほど小物ではない。
「師父、俺は強くなりたい」
それは事実を受け入れた上での言葉。そして決意。
「安心しろ、おまえはまだまだ強くなる」
男はそれに自信を持って答える。
「おまえが望むならばわしはおまえにわしの技術の全てを受け継がせるつもりだ。だがそれは半端な覚悟でできることではないぞ」
「はい」
「ならばおまえは強くなる。わしが保障する」
「はい」
男は思う、あの少年に感謝しようと。
零也により明確ではっきりとしたけっして高望みではない目標を与えてくれたことを。
「ではいい加減部屋に帰って寝てこい。そんな状態で修行を受けられても困る。午前の分は中止にしておく」
「はい」
零也は男に言われるままに丘から去っていく。
男はその後姿を見つめながら、すでに頭の中では別のことを考え出していた。
(それにしてもあの少年にあの剣を与えた者、あの金色の光とその力、もしわしの想像の通りだとするとあの少年は一体何者なのだ?)
男は金色の光の主を一瞬だけ思い浮かべて、背筋に震えが走るのがわかった。その存在はあまりに大きすぎた。そしてこの想像を誰かに話せばおそらく聞かされた者は自分を笑うかもしれない。なぜならもし自分がこの想像を他人から聞かされたとしても一笑にふして相手にしないだろうからだ。それほどまでにその想像はありえないはずのものだった。
(はあ〜〜どうしたもんか)
祐一は授業を聞き流しながら昨日のこと、そしてポケットに入っている腕輪について考えていた。
「どうした、相沢」
普段と様子が違う祐一に目ざとく気づいた後ろの席にいる北川が話しかけてくる。
(北川ならとりあえず真剣に聞いてくれるだろうけど、何の解決にもならないだろうしな)
「いや、ちょっと疲れててな」
「ん、そうか、まあ無理すんなよ」
祐一に返事に北川はあっさりと引いてくれた。
(さて、しかし一人で考えても埒が明かないからな)
誰かに相談することも考えたが、誰に相談してもけっきょく何もわからないような気がする。しかしそれでも誰かに相談するしかないのだろう。
ここで問題になるのは誰に相談するかということだ。へたをうてばただ頭のおかしい人と認識されてしまう。それにいらん心配をかけたくもない。
前者の理由で香里、栞、真琴、天野、久瀬、斉藤に関しては却下、後者の理由によって名雪、秋子さん、北川、佐祐理さんもなしだ。
舞は“まい”のこともあるし、相手にされないということもないだろうが、けっきょく何も知らないだろう。なんせ自分の力に関してすら忘れていたぐらいだ。
となると全員だめだとなる。しかしこのぐらいしか知り合いがいない。となると多少の恥は覚悟で聞きにいくしかない。
ならばこの中で一番知っている確率が高そうなのは……
「そういうわけで来たわけだ」
「さっぱりわかりませんが?」
けっきょく祐一がきたのは美汐のところだった。
「まあ話がしたいからこれからちょっと時間いいか?」
「それならかまいませんが…」
美汐は後ろを振り返り、自分のほうに好奇の視線を向けているクラスメイトをみる。
(いつもこれといってクラスメイトと話したりもしない自分のところに男性の先輩が来たのですからしかたありませんか。これでは明日から大変そうですね)
そこら辺のデリカシーがない祐一にたいして怒りを覚える美汐だが、それこそこの男には意味がないと思い直し、文句の言葉を飲み込んだ。
「一体何の御用でしょうか?」
「ああまあ、ここじゃ何だから場所を変えてな」
「そうですかわかりました」
祐一が美汐をつれてきたのはかつて佐祐理と舞が昼食を取っていた階段の屋上扉前の踊り場だった。
そこで祐一は昨日あったことを一通り美汐に話した。
美汐は祐一の話を聞き終えるとなにやら神妙な、それでいて困ったような顔をしたが、しばらくしてまるで睨みつけるかのように目を細めて祐一を見る。
「なぜ私にそれを尋ねるのですか?」
「いや、真琴が狐だってことも知っていたし、もしかしたら何かわからないかなって」
「真琴のことはかつて私も経験したからだと言ったと思いましたが?」
「そうだけどな、もし天野が現れなかったら真琴がいなくなっても真琴がものみの丘の狐だったなんて俺はわからなかったと思うぞ」
はぁ、と美汐はため息をはく。
(少しは自分で調べるということを考えなかったのでしょうか、この人は。しかしそれでもおそらく正解にいたるあたりが相沢さんが相沢さんたる所以でしょう)
「わかりました、私がわかる限りのことでよければお教えいたしましょう」
「えっ、ほんとに何か知っているのか?」
「ええ、全てを知っているわけではありませんが相沢さんよりかは知っていると思います」
「そ、そうか」
正直、美汐がほんとに何か知っているとは思いもしていなかった祐一は後輩の意外な一面を知ってしまい、意外となんとかなるもんだと気が抜けてしまったが
「そうですね、私だけでは少々心もとないので久瀬さんにもお願いいたしましょう」
次のその言葉で一気に緊張感が増した。
「ちょ、ちょっと待て、久瀬の奴も関係者なのか?」
「ええ、そうです」
それはなんというか意外としか言いようがなかった。
今でこそ和解したが祐一にとって久瀬は舞と佐祐理を苦しめる敵でしかなかったし、今でも現実主義者でそういった世界からは知り合いの中で最も遠い人間だと思っていた。
「あの現実主義者がねえ」
「そうですね、久瀬さんは目の前の現実をありのままに受け入れて行動する人ですから必要なら多少の事実ぐらいなかったことにしますが」
おかげで時々無茶もしますが、と続ける美汐を見て、祐一は二人の間に自分の知らないことがあるんだなと思ったりした。
「しかし久瀬か、でもあいつ俺よりも先に教室出て行ったぞ。何か用事があるんじゃないのか?」
「そうですか」
「久瀬なら遅れてくる」
「きぁ!」
いきなり話しに入ってきた人物に美汐が驚きの声を上げる。祐一にいたっては口をパクパクさせるだけで声が出てこない。
「…金魚さん?」
「ちがう! てかなんで舞がここにいるんだよ。しかもその格好で」
二人のすぐ脇に現れた舞は高校の制服を着ていた。しかもスカーフの色は元三年、現在一年の色。長身の舞のこの姿はさぞかしここに来るまでに人目を引いたことだろう。
「学校に来るときは制服着用」
生徒手帳にも書いてある、とわざわざ自分の生徒手帳を開いてみせる。
「卒業生は着てこなくてもいいでは」
「…………」
「…………」
「…………」
「舞、久瀬が遅れるってどういうことだ?」
どうやら今のことはなかったことにするつもりらしい。他の二人もそれを否定する気はなかった。
「久瀬が自分は家から持ってくるものがあるから美汐に事情を話して家にあがらせてもらえと言っていた」
「事情、ですか?」
「はちみつくまさん」
舞は昨日あった出来事を美汐と、特に隠す必要もないと思ったので祐一にも話した。
「川澄先輩もですか、それもよりによって『千軍騎士団長』、ランクSSがじきじきに動いたのですか」
美汐はなにやら眉間にしわを寄せて考え込むと、すぐに決断を下した。
「わかりました、ではここではなんですので私の家に行きましょう。おそらく久瀬さんも私の家にやってくるでしょうし」
祐一に思い浮かべる美汐の家は美汐の性格、話し方、そして今回の件から考えて和風、それも神社だと考えた。祐一がいくら洋風造りの美汐の家を思い浮かべても違和感しか出なかったのもその理由だ。
そしてその予想は半分当たりで半分だけ間違っていた。
「ここが私の家です」
そこにあるのは倉田家ほどではないが大きな、水瀬家の倍はあろうかという大きさの日本家屋であった。祐一の予想通り洋風ではなく和風、予想が当たり喜ぶべきところなのだろうが祐一はひどく期待を裏切られた顔をしている。
――――神社じゃないのか
もしここに北川がいたらまず間違いなく祐一の心中を察していただろう。しかしここいるのは舞と美汐、よって残念そうな顔をしている祐一に向けられる言葉は中途半端に察したもの。
「祐一さん、何を想像していたのですか?」
「いや、別になんでもないぞ」
なにやら不穏な空気を出してきいてくる美汐に適当にこたえておく。
「まあいいです。それではいきますよ」
二人は美汐に連れられて家の中に入っていくと
「おや、お客さんかい?」
着物を着た爺さんが現れた。
「はいおじいさま、相沢祐一さんと川澄舞さんです」
「おお、真琴ちゃんが言っていた子か。いらっしゃい、私は天野刃という者だ。一応美汐の祖父になる」
「どうも、相沢祐一です」
「…川澄舞」
「これはていねいに、まあこんなところで話すのもなんだからあがりなさい」
刃は二人を中へ促し、廊下を歩き出した。しかも時々こっちを向いてなにやら手をこっちに来いとでも言うかのように動かしている。
「?」
よくわからない祐一と舞は美汐のほうを見ると、どうやら美汐も刃が何を考えているのかわからないようで首をかしげている。
しかしこのままここにいても仕方ないので刃のあとをついていくと、ある襖(ふすま)の前で立ち止まりまじめな顔をして祐一たちのほうを振り返った。
「ここが美汐のぐおっ…」
「何をしているんですか!」
襖に手をかけながら何かを言おうとした刃の頭を美汐がどこから出したのか分からないが白い薙刀の柄で思いっきりぶっ叩いた。
「…………」
「…………」
さすがの祐一たちもいきなりの美汐の豹変に驚いた。一応祐一の持つ美汐のイメージは少しおばさんくさいが落ち着いた人間である。しかし目の前にいる天野は息を切らせながらも刃を叩き続けている。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「えっと天野さん、いきなりどうしたんでしょうか?」
ようやく叩くのを止めた美汐に、祐一が恐る恐る尋ねる。口調がやけに丁寧になっているがそれを責めることはできないだろう。その後ろでは舞も今の美汐の様子に少し怯えている。
「こ、ここは、私の部屋です」
息を切らせながらも答える美汐の様子に祐一も舞も納得した。さすがにやってきた客をいきなり孫の部屋に、しかも本人を前にして案内するのはいかがなものだろう。
しかし美汐の答えは一人の男の行動の引き金を引いていた。
「よし、じゃあ早速入るか」
「はっ」
軽くその場を流して美汐の部屋に入ろうとした祐一の頭を美汐が叩き、しかも今度は刃に対してのと違い、動きが止まった祐一ののど元に薙刀の刃の部分を突きつけた。しかも祐一が見る限りその刃はかなりよく切れそうに見えた。
「相沢さん、何をしようとしているのですか?」
「いえ、なんでもありません」
「…そうですか」
額に汗を浮かべながら答える祐一に、美汐はとりあえず薙刀を引いた。そして祐一が息をつくまもなく
「美汐、痛いじゃないか」
天野刃が立ち上がった。
「しかも白鷺までだして。ほれ、客人も驚いているではないか」
「おじいさまの頑丈さに驚いているんですよ」
薙刀をどこかにしまいながら、にべもなく言い切る。実際二人はいきなり立ち上がった刃に驚いているのだが、美汐のいきなりの豹変にたいしての驚きもわずかに混じっている。
「それにお二人が今日来た件は白鷺に、いえ、天野家に関係のあることですから」
「む」
刃の雰囲気が急に変わった。
表情自体はさっき二人を美汐の部屋に案内したときと同じような真剣なものであるが、刃の纏う今までと違う威圧感を感じる空気に二人は気圧されていた。
「美汐、客人に何があった?」
「それについてはもう少ししたら久瀬さんが来るでしょうからそのあとにお話します。できればおじいさまにも同席してもらいたいのですが、よろしいでしょうか?」
「わかった」
威圧感を消すことなくついさっき通ってきた廊下を引き返していく刃の姿を見て、二人は緊張した身体をほぐした。
「…天野」
「なんですか?」
「おまえのじいさんすげえな」
「ありがとうございます。これでどうでもいいことでふざけるのがなければさらにいいのですけど」
「いやいや、あれはあれでいいぞ。今度北川も加えて三人でじっくりと話し込んでみたい」
どうやら祐一は刃に何か自分に通じるものをみいだしたようだ。
「馬鹿なことを言っていないで早く今に行きましょう。おじいさまも待っていますので」
「うい、わかった」
「はちみつくまさん」
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