第五話 呪いの少女


WORLD FANTASIA

第五話・呪いの少女






 翌日の放課後、香里、北川、斉藤、栞の四人は祐一に呼ばれて屋上前の踊り場に集まっていた。もちろん祐一は一昨日と昨日のことを話すつもりで、付き添いとして美汐も来ている。

「で、相沢君、わざわざこんなところに呼び出したわけを教えてくれない?」
「そうですよ、いきなり一年の教室までは来てびっくりしましたよ」

 二人は一緒に買い物に行く約束していたのでそれを邪魔されて少々不機嫌だった。

「うむ、実はみんなに話しておかなければならないことがある」

 そんなことに気がつかない祐一は尊大な態度で言う。いかにもうさんくさそうで、事情を知っている美汐でさえもこのあとに言われる話を本当だと信じられそうもないのだから他のメンバーも北川を除いてうさんくさそうに祐一を見ている。美坂姉妹の不機嫌度も上がっている。
 祐一は三人の視線に、背中に冷や汗が流れるのを感じながらも一昨日と昨日のことを話した。
 話を聞き終わったあと、四人はそろってため息をはいた。

「相沢もあゆちゃんもついてないな」
「何言ってるのよ、北川君。そんなの相沢君の作り話に決まっているじゃない」
「そうですよ」

 残念なことに二人の話を真剣に捉えてくれたのは北川だけで、他の三人は祐一に作り話だとしか思わなかった。
 美汐は祐一に話が信じられないだろうと予想していた。ただでさえ普通の人に魔法が実在するなどと言っても信じてもらえないものである。実際に目にしても信じない人だって珍しくない。ましてやその話をしているのが祐一である。信じろというほうが無理である。

 だがだからこそ美汐はここにいるのである。

「美坂さん、お気持ちはわかりますが相沢さんの言っていることは事実です」
「天野さんまで何を言っているのよ」
「私がわざわざ相沢さんのお遊びに話を合わすと思いますか?」

 美汐の言葉を受けてようやく三人は真剣に考え出した。祐一と違って美汐の言葉には説得力がある。

「…そうね、でもそれでもまだ相沢君の話が本当だというよりはありそうだわ」
「なっ!!」

 香里の出した結論に、美汐はあまりのショックで固まってしまった。そしてその間にも話は続き、残りの二人も結局は香里の考えを支持することにした。

「話はそれで終わり、だったらあたしはもう行かせてもらうわ。行きましょ、栞」
「はい、お姉ちゃん」
「おい、ちょっと待て」
「あ、俺ももう行かせてもらうわ」

 香里は栞を連れて階段を下りていき、祐一が二人を呼び止めたがそのまま行ってしまった。そして斉藤もまた一人取り残されるのを嫌い、階段を下りていく。そして残ったのは香里たちを呼び止めた状態のまま三人がいなくなるのを見ていた祐一と、香里の言葉にショックを受けて固まっている美汐と、一部始終をのんびりと傍観していた北川の三人が残された。





「まあしかたがないんじゃないか、普通は信じられないだろ、こんな話」

 しばらくの間、三人の間には沈黙が続いたが二人がだいぶ立ち直ったころに北川が口を開いた。

「それはそうですが、私が相沢さんのおふざけに協力するかもしれないと思われるなんて、そんな酷なことはないでしょう」
「ああたしかに」
「ちょっと待て!」

 実に無念そうに言う美汐の言葉にうんうんと頷く北川、その様子にさすがに祐一も声をあげるが、あっさりと無視された。

「北川さんはよくついていけますね」
「相方だからな」
「…そうですか」
「おう。で、どうした相沢、そんなところでうずくまって?」

 北川と美汐に無視された祐一は壁際の隅っこでいじけていた。

「おまえが無視するからだ! とまあそれは置いといて」

 使い古されたしぐさで何かを横にどける。

「俺が言うのもなんだがよくおまえは信じたな」

 真面目な話、こんな話は信じられないものだということは祐一も一応はわかっていた。それでも信じてくれるのではないかと思っていたのだが、残念なことにそれは裏切られた。それでも一番の親友である北川が信じてくれたのは喜ばしいことだった。
 しかしそんな想いも次の北川の言葉で吹き飛ばされた。

「だってオレもそっちの世界の人間だからな」
「は?」
「え?」

 二人は目を見開いて北川を見て、そして互いに見合わせる。

「…天野」
「知りません」
 祐一が聞こうとしたことが何かを理解しつつも美汐はそうとしか答えられなかった。本当に美汐には北川潤という名前をあちら側の世界で聞いたことはなかった。

「知らなくて当然、オレはしがないフリーの情報屋だから本名を名乗っちゃいないからね。そっちではJって名乗っているんだよ、聞いたことない?」

 とっておきの秘密を教えた子どものような顔で話す北川に、美汐はそれでも思い当たらず、多少罪悪感を感じながら首を横に振った。

「そうかそうか、知らないか、それはまあ意外と好都合かな」

 しかし北川はまったく気にしていない。むしろ知らなくてよかったとさえ思っている。

「まあ美汐ちゃんのお爺さんなら知っていると思うよ。それはともかく一応相沢に協力するけど、あまり期待しないでくれよ、オレは戦闘はあんまし得意じゃないんだ」
「そうなのか?」
「ああ、逃げ足なら世界で三本の指に入る自信があるがな」
「…すごいんだかすごくないんだか」
「はっはっはっ、まあ戦闘で役に立てない分情報集めのほうでがんばるさ。ああ、あとちょっといろいろと訳ありでな、オレは零課のほうには顔を出せないから」
「は? なんでだ?」

 ここまで話が順当に進んでいただけにその申し出は意外だった。

「オレがこんなところにいるなんて零課に知られたら殺されちまうからさ」
「「な!!」」
 たいしたことなさそうに言った北川の言葉に、先ほど以上に二人は驚いた。祐一にとっても美汐にとっても北川はいい人であり、クラスにも北川のことを嫌なやつだとか不快だとか思っているやつはいない。そんな北川が殺されるほどのことをしたとは思えなかった。

「悪いけど詳しいことは話せない。まあそんなわけだから零課に行ってもオレの名前は出さないでくれよ。もし知られたら急いで逃げなきゃいけなくなるから」
「あ、ああ、わかった」

 北川の口調は軽いが、二人はそれにただならぬものを感じ、その言葉が本当であることを理解した。

「ありがとう、相沢、美汐ちゃん。それじゃあオレももう行くな。なるべく情報を集めておくぜ」

 北川は祐一の返事を聞いて安心し、この場から立ち去っていった。
 あとに残された祐一と美汐には先ほど香里たちがいなくなったときとは違う沈黙が漂っていた。

「なあ天野」
「はい」
「北川って何者なんだろうな」
「さあ、わかりません。ですが」
「ですが?」
「少なくとも相沢さんの敵ではないでしょう」
「…そうだな」

 ただそれだけはたしかなことだと二人は信じられた。





 放課後の夕暮れ時、もはや太陽も沈もうというころ、美坂姉妹は商店街からの帰り道を歩いていた。結局今日はウインドウショッピングで何も買わず、途中で百花屋によっただけで帰ることにした。

「ねえお姉ちゃん、さっきのお店のワンピース、いいと思いません?」
「そうね、でもちょっと高いかしら。貯金を下ろさなくちゃ足りないわね」
「うう、私は入院中に結構使っちゃいましたからちょっと厳しいです」
「しかたないわね、やっぱりもっと安物で我慢しなさい。あたしもそうするから」
「うう、そうします」

 それは二人が望んでいて、それでいて手に入らないと諦めていた日常の風景であった。栞が助からないと宣告され、いないものとして扱った香里。自分が長くないことを知り、姉からも見放されて死のうとした栞。そんな二人がもう一度向き合えるようになったのは祐一のおかげだろう。けっきょくなぜ栞が助かったのかはわからなかったが、そのことはもうどうでもよかった。それが本当に奇跡でも、それともしっかりとした説明のつく何かであったとしても、大事なのは今こうして栞が生きているということなのだ。だからこそ、二人は今日祐一から聞かされたことを真実として受け止めることはできなかった。それを受け止めるということは今のこの幸せなときを壊すことであったから。この幸せを壊すものはたとえ誰であろうとも許せないのだ。

「美坂栞だな」

 突然二人の前に男が現れて訊いてきた。
 男は肩ほどまでの長さの銀髪と、蒼い瞳をしていた。背は高く、二人を見下ろす形で二人の前に立っていた。流暢な日本語を話しているが、どうやら外国人のようだ。

「あ、はい」

 いきなりの出来事に素直に答えてしまったが、すぐに後悔した。こんないきなり現れてそんなことを訊いてくるやつは怪しいやつに違いないと栞は判断した。そしてそれは香里も同じであった。
 香里はすぐに栞をつかみ、下がらせ、自分は栞とその男の間に挟まる位置に移動した。

「ちっ、まさか生きてやがるとはな。零也のやつがへまをしやがってややこしいことになったが、まさか自分のやり残しを見つけることになるとは思わなかったぜ」
「な、なにを言っているんですか!?」

 男のもの言いに嫌な予感を感じを受け、それを振り払うように栞が叫ぶ。

「ふん、教えてやろうか、美坂栞。俺はおまえを殺しにきたんだよ」
「ふざけたこと言うんじゃないわよ!」

 男の殺すという言葉に香里の怒りが膨れ上がった。

「ふざけてなんかいないさ、自分の汚点はしっかりと処理しておかないと名前に傷がつくからな」
「汚点…ですか?」
「そうだ、美坂栞。おまえは俺が殺し損ねた唯一の相手だからな」
「私はあなたなんかに会ったことありません!」

 男から向けられる殺気に押されつつも、香里の影から必死に声を上げる。
 しかし男はそれを嘲笑うように口元を吊り上げた。

「それはそうさ、俺があの呪法の実験台におまえを選んだのは偶然だからな」
「呪法?」
「そうさ、昔の魔導師が作った暗殺用の魔法さ。こいつの利点は離れていても媒介さえあれば魔法をかけられるし、即効性でなくじわじわと弱っていくから病気との区別がつきづらいことさ。まあ時間がかかるぶん、解呪されちまう可能性もあるわけだが、まさかおまえの周りに解呪できるやつがいるとは思わなかったぜ」
「病気と…区別がつかない?」

 栞と香里の顔が青ざめていく。ついこの前まで栞は原因不明の病気で苦しんでいたのだ。しかもそのせいで香里との距離も開いてしまった。
 もはや助からないといわれた栞。栞を失うことに耐え切れず、最初からいないものとして扱おうとした香里。それは二人にとってまさに絶望の日々であった。

「くっくっくっ、身に覚えがあるだろう?」

 青ざめた二人の顔を見て、男は実に楽しそうに笑う。
 その笑い声を聞いているうちに香里の中であの絶望の日々の記憶が苦しみや悲しみ以外のものを作り出し始めた。

「………じゃないわよ」
「ん? 何か言ったか?」
「………んじゃないわよ」

 香里の手が、腕が、足が、身体が震える。恐怖ではなく、悲しみではなく、心の内から湧きあがる怒りによって。
 栞をいないものとしていたかつての自分への怒り、そして栞を殺すといった目の前の男への怒り、そして呪なんて理不尽なもので栞を失うところだったという事実に対する怒りが、その全てが目の前の男へ向かって集束していく。

「ふざけんじゃないわよ!」

 声を張り上げると同時に男に向けて駆け出し、殴りかかる。

「甘い」

 しかし男はそれをあっさりとかわし、さらに後ろに跳んで距離をとった。

「その程度の体術じゃ純粋な魔法使いにも劣る。力の差ってものをわからせてやるよ。ファイヤーブリッツ

 男の手から小さな炎の塊が放たれ、香里の足元のアスファルトを穿った。

「な、なによこれ?」
「これが魔法だよ。通常ではありえない現象を起こす力だ」

 男の言葉と足元のアスファルトが溶けてできた穴を見て、香里はいまさらながら自分が今いる状況を理解した。

「さて、それじゃそろそろ姉妹そろって死んでもらうか。ファイヤーボール

 男が腕を伸ばした先、手のひらの先に直径1メートルほどの火球が現れる。

「安心しな、ろくに痛みも感じないからよ」

 男の手から火球が離れ、香里と栞のほうに向かって飛んでくる。
 男の自信から香里はこの火球が自分たち二人を焼き尽くすのに十分な威力を持っていることを理解した。そしてそれを防ぐ術が自分たちにはないことも。だから香里の躊躇は一瞬で、すぐに火球に向かって飛び出した。せめて栞だけでも助けようと。
 だが、状況は三人の誰もが考えていなかったほうへと進み始めた。
 火球が香里に当たる直前、香里の身体から白い光が放たれ、火球を飲み込んで消えた。もちろん火球も消えたし、香里の身体にも何一つとして異常がない。

「な、なんだと!?」
「い、今のはなに?」

 男と香里が同時に疑問の声を上げた。それは男にとっても、もちろん香里にとっても予想外の出来事であった。

「あー、まったく何してんだよ、近所迷惑だろう」
「なに!?」

 この場にいるもの以外の声が響き、男の声が驚愕を増した。この場は結界に包まれ、外から人が入って来れないようにしてあったのだ。一方香里もその声に驚かずにいられなかった。なぜならその声はひどく聞きなれたものであったのだから。

「き、北川さん……」
「どうかしたかい、栞ちゃん」

 二人から少し離れた場所に避難していた栞もまたいきなり隣に現れた姉の友人に驚いていた。

「おーい美坂、無事かー?」
「無事かじゃないわよ!」

 だというのにその肝心の北川は普段と変わらない笑みを浮かべながらその場に立っている。そのあまりに自然な様子に自分たちが殺されようとしていたということさえも忘れそうになっていた。
 だが相手の男までが同じだというわけではない。

「おまえは何者だ?」

 男にとって北川は自分の結界の中に紛れ込んできた異分子に過ぎない。しかも結界を通り抜けてきたのだから一般人だということはありえない。気を緩めるどころか素人を殺すだけのはずの状況に、自分の身を脅かすかもしれない存在が現れたことによって逆に先ほどまであった遊び心がなくなっている。

「ただの通りすがりだ。ただし美人とかわいい子が困っていたら助けるのは男として当然だと思わないか?」

 たいして北川はまるで気負った様子がない。男に話しかける様子も普段クラスメートに話しかけるのと何の違いもない。

「ふん、正義の味方きどりか、痛い目を見たくなければさっさとうせろ」
「ノンノン、正義の味方なんかたいそうなもんを名乗る気はないね。美人の味方といってくれ。それに痛い目を見るのはどちらだろうな」
「なんだと」

 男の脅しを北川が軽く受け流すのを見て、香里は二人に挟まれる位置にいる自分が間違った場所にいることに気がついた。先ほどまで自分があの男と向き合っていたのに、いまや完全に男の意識は北川に注がれている。

「栞ちゃん、ちょっとこれもっててくれ」

 北川は今まで右手に持っていた袋を隣で今のやり取りをボーっと眺めていた栞に渡した。

「いいですけど、何が入っているんですか?」
「今日の夕食と明日の朝飯」
「うわ、全部コンビニ弁当じゃないですか?」
「自炊できないわけじゃないけどめんどくさいからな」
「だめです、食事はバランスよくとらないと身体に悪いんですよ」
「うーん、いちおう考えてはいるんだけどね。まあその話はまた今度するとして、あまり待たしちゃあちらさんに失礼だろ」
「あ」

 北川が男のほうをさすのを見て、栞は今がどういうときか思い出した。

「まあチャっチャと片付けるから待っててくれ。ほれ、美坂もいつまでもそんなところにいないで栞ちゃんについていてやれって」
「え、ええ、そうね」
「ふざけるな! ファイヤーブリッツ

 北川に促され、栞のそばに行く香里に向けて、炎の弾丸が放たれる。

「甘い」

 しかしその全ては男の香里の間に入った北川の手によって全て受け止められた。

「き、貴様!」
「甘い甘い、そんな攻撃じゃ効かないぜ」

 その様子を見て栞は息を呑んだ。それに気がついた香里が北川を見ると、北川の両手が淡い緑色の光に覆われているのが見えた。

「貴様、気闘士か」
「ああ、さて、おまえさんは気闘士と戦った経験があるのかな? もしないならさっさと逃げることをお勧めするぜ。痛い目にあいたくなければな」
「甘く見るな」

 北川の嘲りとも言える言葉に男の胸に怒りが湧き上がってくる。

「俺はいずれ幹部になる男だ。たかが気闘士のガキ一人相手に遅れをとるか!」
「くだらねえプライドだな」
「ほざけ、ファイヤーボール
「だから甘いって」

 男がいくつもの火球を生み出すが、そのことごとくが北川が緑色に光る手を当てると消えていく。

「こんな簡単に消えちまう程度の力しかない奴が幹部候補になれるなんてたかが知れた組織だな。それともただ単純におまえが自信過剰なだけか」
「うるさい、ならばこれをくらってみろ。
 赤き園より生み出されし灼熱の力よ……」
「悪いがこれ以上付き合うつもりはない」

 北川の右手がなにやら奇妙な形を作る。

「こいつを防げるか、閃光」

 その右手に左手を重ねると、とたんに両手から今までのとは比べ物にならない強さの光が放たれた。

「なっ」

 男は今まで作っていた魔法を解除し、防御のための魔法を作り出す。だがそれも間に合わず、男は光に包まれた。
 男は自分の死を覚悟した。しかしその光は男の目を灼いただけで、すぐに消えた。

「な、なんだと!?」

 男はすぐに自分の周りに魔力の幕を作り、自分の周りの様子を調べ始めた。しかしその結果はまったく異常がなかった。そう、自分の周りにまったくおかしなところはなかった。自分の身体も目以外はまったく異常がなく、自分の前には人らしき気の塊も存在している。

「なに?」

 ようやく視力が回復し、男が自分の目で見てみると、そこには確かにそこには何も変わらぬ町並みがあった。何一つとして壊れているところはない。しかし、ただひとつ、自分の前にいるはずの三人の姿だけがなかった。

「そんなばかな、たしかについさっきまではいたはずだぞ」

 男は再び魔力の幕のほうに意識を集中させると、確かにそこには気の塊が三つあった。だが、実際にはそこに誰もいない。

「まさか、気の塊だけを残していったのか。自分たちがいなくなったのを気取られぬために」





「ふう、ここまで来ればもう平気だろ」
「それはともかく降ろしてくれないかしら?」
「えうー、この扱いはどうかと思います」
「おう、悪い悪い」

 北川は両脇に抱えた美坂姉妹を降ろした。
 北川は先ほどの光を放った後、すぐに後ろにいる美坂姉妹のもとまで下がり、二人を抱えて一目散に逃げ出してきたのだ。

「まったく、さっきのあれは何よ、まだ目が痛いわ」
「ああすまんすまん、相手の隙を突くって言うのも難しくてさ、美坂たちに忠告する暇もなかった」

 栞の手からコンビニの袋を受け取りながら答える北川に香里は思いっきりため息を吐いた。

「でも北川さん、どうして逃げたんですか? さっきまでの様子を見てると勝てたように思えるんですけど」

 栞から見てあの状況は相手の攻撃を全て防いでいた北川のほうが有利に見えていた。

「いやー、さすがにそれは無理。そもそもオレ、戦うの苦手なんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、逃げたり防いだりは得意なんだけどな。それでも最後のあれはもし食らったらやばかっただろうな。後ろに美坂たちがいたからよけるわけにもいかんし」

 少し顔を青褪めて言う北川に栞もさすがに怖くなってきた。

「さっきのみたいに消せないんですか?」
「無理、あれはあくまでエネルギー同士のぶつかり合いで弱いほうが打ち消されているだけだから。あんな強力な魔法に向かっていったらこっちがやられる」
「そ、そんなに強力なんですか?」
「ああ、最後のやつは並程度の実力のやつが打っても一般人なら骨もほとんど残らず焼き尽くされるぐらい強力なんだ。はっきり言って街中でポンポン使うような魔法じゃない」
「そうなんですか」
「ちょっと待ちなさい」

 のんきに北川から質問して納得している栞に呆れながらも、香里は重大なことに気がついた。

「北川君、あなた何者なの?」
「ん、今日相沢が話していた魔法が飛び交う世界の人間だぞ」
「………まあいいわ」

 あまりに自然に言う北川に香里は言葉が返せなかった。

「この目で魔法って物も見たし、なにより栞の病気の原因が魔法だって言うならそれでもいいわ。はあ、けっきょく相沢君の話は本当だったわけね」
「まあそうだな。それにしてもあゆちゃんと件と栞ちゃんの件がつながるとは思ってもみなかったな。てっきり栞ちゃんに呪いをかけたのはどっかのフリーの奴だと思っていたのに」
「えっ」

 その北川の何気ない一言に、香里の思考がいったん停止する。だから北川の言葉に反応したのは栞だった。

「北川さん、知っていたんですか?」
「ああ、オレじゃあ呪いは解除できないからな。大変だったぞ、俺の存在がばれないように栞ちゃんにかけられた呪いのことを天野家の耳にいれるのは」

 その言葉が香里の意識を覚醒させた。

「どうして隠す必要があるのよ、あなたがもっと早く天野さんにそのことを教えていたらあんな思いはしないですんだんじゃない」

 香里の声は栞を危険な目に合わせた怒りと、栞を失うと思っていたころの悲しみがこもっていた。

「美坂、オレだって命は惜しい」
「!!」

 怒りも悲しみも一瞬で吹き飛んだ。北川の言葉はそれだけ重かった。祐一たちに言ったときとは違う、今までと同じような軽い言葉ではなかった。

「オレはこう見えてもそっちじゃ一応お尋ね者なんだよ。そうじゃなくても敵が多くて命を狙われている。零課に俺の存在を知られたらオレは殺される。だからオレは自分の存在を知られないようにしているし、もしばれてもいつでも逃げ出せるように用意してある」
「そ、そんな」
「信じられないかもしれないけどな、それは事実なんだよ」

 香里と栞はそのとき初めて北川の悲しそうな顔を見た。しかしそれも一瞬のことで、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「まあそういうわけだから相沢の件にあまり表立って協力できないんだ。それは栞ちゃんのほうも同じ。だから自分たちのみは自分で守れるようになってくれ」
「自分でって、無理です」

 つい先ほどのあの男と香里や北川のやり取りを思い出し、栞ははっきりと言い切った。

「一応こっちで武器は用意しておくから。他にもこれ見たいのもまだいくつかあるし」

 そういって北川は栞の制服に手を伸ばし、何かを取った。

「なんですかそれ?」

 北川が自分から取り外したものは栞にはただの白い玉に見えた。サイズは直径で一センチもないだろう。

「これは強い魔力の接近を感知すると自動的に発動する魔導器だよ。これと同じものを美坂にもつけてある。さっきあいつの魔法から守ってくれたのがこれだよ」
「あの白い光がこれなの?」
「ああ、こいつは一回きりの使い捨てだけどたいていの魔法からは守ってくれる優れものだ。栞ちゃんを呪ったやつが来るかもしれないと思って以前こっそり仕込んでおいたんだ」
「ぜんぜん気がつかなかったわ」
「まあ気にするな」

 香里はそんなものを仕込まれていたことにまったく気がつかなかったことにショックを受けたが、それもしかたがないことかもとも思っていた。あくまで自分は平和に暮らしていた一般人であり、北川は命を狙われるような生活をしてきたのだ。自分とではあまりに違いすぎる。

「さて、じゃあオレはそろそろ行くわ。武器は早いほうがいいよな。一応水瀬たちにも渡したほうがいいと思うから、明日の放課後にまた集まろうぜ。じゃあな」
「わかったわ、それじゃあね」
「さよならです、北川さん」

 すたこらと駆け足で去っていく北川を見送りながら、香里はひとつの決意を固めていた。それは祐一たちと同様、栞を守るために強くなろうというものであった。





もどる