第十話・名雪の戦い
WORLD FANTASIA
第十話・名雪の戦い
真琴の戦いを見ていた祐一たちはそのあまりに一方的な状況に声が出せなかった。それはもはや戦いとは言えず、ただ一方的に痛めつけるだけのものでしかなかった。
祐一たちは自分たちの物差しがあまりに小さかったことを思い知った。
霧香は力の差がありすぎると言っていたが、それでもそれなりに相手にできると祐一たちは思っていたのだ。だがそれはあまりにうぬぼれすぎた考えであった。
真琴は戦い方というものをまったく教わっていなかったわけではあるのだから全身を強化されて爪と盾を持った素人と同じであるのだが、それでも祐一たちの受けた衝撃は大きかった。
「それにしてもとんでもない威力だったわね」
「ああ、あんなのありかよって感じだったな」
香里と斉藤は先ほどの昇の突きを思い出すだけで背筋が凍る思いがした。
真琴の作った盾を砕いた時の衝撃は離れたところで観戦していた香里たちのところまでわずかにだが届いていたのだ。至近距離でくらった真琴は祐一の手でみんなのところまで運ばれたが気を失っている。
怪我は吹き飛ばされた際にできた擦り傷と棍を受けた際にできた青痣があるぐらいだ。もしかしたら骨にひびぐらいは入っているかもしれないが、擦り傷ぐらいなら真琴が気がつけば自力で治せるだろうし、骨もひびぐらいならば北川が治せるだろう。それはつまり何の問題もないということだ。
だが真琴があっさり負けたという事実は香里の中にも暗い影を落としていた。
このテストを受ける祐一、名雪、舞、真琴の四人は祐一たちのメンバーの中でも特別な者たちだ。
祐一は謎の魔導器、フォースノヴァを手に入れ、名雪は父親の遺産であるエアリアルシューズを持っている。舞は異能を持ち、久瀬から風雅を受け取っている。そして真琴は狐人甲を北川から受け取り、北川から特別に気の使い方を教わっている。四人とも戦闘力は他の四人よりもずっと高いわけで、その特別な四人の一人である真琴があっさり負けたということはそれよりも下である四人の一人である香里はそれこそ話にならないということである。
それは斉藤も同じだった。斉藤から見れば巻き込まれただけの被害者になるわけだし、自分が戦う理由はない。数多くいる友人の一人である祐一の数少ない友人として守られるだけの素人でいいわけであるが、男として女性に守られるだけの立場というのはどうかという思いが強かった。特に男性陣のなかで守られる側の人間が自分ひとりというのが嫌だった。
だが二人は現にたいした力も持たず、テストを受ける資格すらないのだ。
祐一たちが落胆する中で真琴の戦いに霧香は驚いていた。もちろん祐一たちの落胆とは逆の意味でである。
「驚いたわね、まさか本当にBランクの強さを持っているとは思わなかったわ」
「はあ、それってそんなにすごいことなんですか?」
あそこまでずたぼろにやられるのを見た栞には真琴が驚くほどすごいとは思えなかった。
「とんでもないわね。私も試合が始まる前にせいぜいBランクって言ったけど普通なら一週間足らずじゃBランクにだってそうそう届かないはずなのよね。しかも彼女の場合持っている魔導器はそんなに強力なものではないみたいだからなおさらね」
「でも真琴ちゃんはあっさり負けてましたよ」
「たしかに結果は負けね。でもそもそも昇君に勝てるはずがないことは最初からわかっていたから大事なのは勝敗ではなく戦闘状況よ。戦術としてはお粗末だったけど昇君の連続突きを耐え切ったのは驚きに値するわ。実際いくら手加減していてあるからといってもあれだけの猛攻に耐えられる子はBランクにもそれほど多くはないわね」
「それはつまり真琴ちゃんはBランクの中でも上のほうになるんでしょうか?」
「おそらくね」
霧香としても正直認めたくないことであるが事実として目の前に突きつけられてしまってはしかたがない。
「まあそれはそれとして次は誰がいく? 向こうはもう決まっているみたいだけど」
霧香の言われて祐一たちは闘技場の中央付近を見た。するとそこにはもうすでに煉が立っていた。
「どうするって言われてもなあ。俺はまだフォースノヴァが戻ってきていないし、とすると名雪か舞になるんだが」
「祐一」
「ん、舞が行くのか?」
「ぽんぽこたぬきさん、私はできれば久瀬とやりたい」
舞が煉の奥にいる久瀬のほうを見ると、向こうも舞のことを見ている。
「そうか、わかった。でも名雪は」
祐一は気絶した真琴のそばにいる名雪のほうを見た。
名雪は祐一が真琴を運んできてからずっとそうしている。
「大丈夫だよ、祐一」
名雪は真琴の頭をなでながら、力強い声で答えた。
「真琴はたいした怪我もしていないから少し眠ればすぐに元気になるよ。だから真琴が起きたときにそばにいられるようにしておきたいから私が先に行くね」
「ん、そうか、わかった。がんばってこい」
「うん」
「あの子は大丈夫だった?」
名雪が中央の線に立つと煉が話しかけてきた。
「うん、真琴は強いから」
「そう」
自信を持って答える名雪に煉は微笑み、そしてすぐに真面目な顔に変わった。
「それじゃあさっそく始めようか」
「はい」
二人は同時に相手から距離をとった。
「ウォーターショット」
先に仕掛けたのは名雪だった。名雪が放った魔法は握りこぶしぐらいの大きさの水の塊を飛ばしてぶつける魔法だ。
「ファイヤーショット」
それにたいして煉は名雪が放った水の塊よりも少し大きい火球を放ち、相殺した。
「こんどはこちらから、ファイヤーボール」
次に煉が放ったのは先ほどよりもさらに大きな火球だ。
名雪はそれを大きく横によけてかわした。
しかし火球は名雪がさっきまで立っていた場所まで行くと爆発した。
その爆風にあおられて名雪はさらに遠くまで移動した。
「わあ、びっくりしたよ」
「……あんまり驚いているようには見えないんですけど?」
名雪ののんびりとした感想に煉は苦笑を浮かべた。
「そんなことないよ〜」
「まあいいんですけどね。それで、次はどうしますか?」
そういわれて名雪は困った。名雪が使える魔法は二つだけで、そのどちらも威力は同じぐらいなのだ。そのうちのウォーターショットはあっさりと防がれてしまった。おそらくもうひとつの風の魔法を使っても同じ結果にしかならないだろう。
「ウインドショット」
それでもいちおう使ってみる。
「ファイヤーショット」
名雪が放った風の塊と煉の火球はぶつかり、一瞬大きく燃え上がって消えた。
「うーん、どうしよう」
予想通りではあっってもまったく通じないというのは本当に困る。
煉は名雪にもう手がないと判断すると、考える暇も与えずに一気に畳み掛けることにした。
「ファイヤーブリッツ」
現れたのは全部で十二の指先程度の大きさの炎の塊、その全てが高速で動く弾丸となって一様に名雪に向かって放たれた。
「わ、わ、わ」
複数現れた炎の弾丸を見て、名雪はすぐに自分の持つもう一つの魔導器、エアリアルブーツを発動させ、天井に跳び上がった。そして今度は天井を蹴って別の場所に着陸した。
「へー、そんなこともできるんだ」
煉は感心したように言った。
「これならどう? ファイヤーブリッツ」
さっきと同じように十二の炎の弾丸を放つ。だが今度は全部が名雪に向かっていくのではなく、名雪と天井の間をうめるように飛んでいく。
名雪も再びエアリアルブーツを使って今度は横に移動する。
「ウォーターショット」
再び名雪が水の塊を放つ。魔法を放った後ならば少しは隙ができると期待しての攻撃だ。
しかしその程度でやられるほど煉も甘くはない。
「ファイヤーショット」
すぐに次の魔法を放って相殺した。
「ファイヤーブリッツ」
間髪いれずに今度は炎の弾丸を横一列に放つ。
名雪は上に逃げる。
「ファイヤーブリッツ」
それを狙い済ましてさらに炎の弾丸を撃ち込む。空中ならば自由には動けないと考えてのことだ。
だが煉の予想を裏切り名雪は空中で突然軌道を変え、横に逃げた。
煉はエアリアルブーツの能力を足の筋力増大と読んでいた。
だがエアリアルブーツの能力にそんなものはなかった。エアリアルブーツの能力はひとつだけ、風の噴射をブーツの好きな場所から好きな方向に起こせるというものだ。
最初名雪がファイヤーブリッツをよけた時、彼女は跳び上がって避けたわけではなかった。彼女がしたのはジャンプではなく飛翔、飛び上がったのだ。ただ名雪には力の加減がまだうまくできず、天井に届いてしまったため跳んだとは思われなかったのだ。
「空中移動もできるのか」
煉は名雪の意外な手ごわさに困っていた。幸か不幸か煉は昇と違って名雪たちに関する資料に目を通していなかったので名雪の父親が神速の騎士であることも、エアリアルブーツのことも知らなかった。それ故煉は名雪にたいして今までよりも警戒することにした。
もしこれが実戦であれば、相手を殺してしまってもいい戦いであれば打つ手は山ほどあるが、これはあくまでテストで、相手を殺してはいけない状況なのだ。もともと殺傷力の高い火属性の魔法を得意とする煉にとってはこの手の戦いは苦手なのだ。
そして困っているのは名雪も同じだった。エアリアルブーツにあるのは風の噴射による移動能力で、攻撃能力は皆無な上に、名雪はまだエアリアルブーツを満足に使えないのだ。
エアリアルブーツはスペルリングと違い、キーワードを言えば発動してくれるような簡単な魔導器ではない。魔の理に縛られた道具ではあるが、むしろ真琴の狐人甲に近く、魔力を流しこむことによって発動する。スペルリングはキーワードを言えば勝手に使い手から魔力を引き出してくれるので北川のような魔力が極端にない特異体質でもない限りは誰でも使えるのだが、エアリアルブーツのような魔力を込めなければ発動しない魔導器を使うには意図的に魔力を操れなければならない。
名雪の修行はすべてそのためのものに変えられた。だが真琴の気と違い北川のように感覚として一気に教えられる者はいないので、地道に魔力を感じるところから始めなければいけなかった。それでも一週間足らずで多少なりとも使えるようになったのはやはり名雪に才能があったということであろう。
煉は攻撃手段はあるがその大半は危険で使えない状態で、名雪はそもそも通用する攻撃手段がない状態になってしまった。
「ふう」
突然煉が肩の力を抜いた。
「パワード」
煉がそう呟いた瞬間、名雪は煉の周囲に強い魔力の流れが生じたのを感じた。
名雪の魔力を感じる力はまだお世辞にも強いとはいえない。感じられるのはせいぜい一メートルか二メートルの範囲でそれなりに強い魔力だけしか感じられない。だが今の煉との距離は10メートルほど離れている。それでも感じ取れてしまうほど、煉のまわりにある魔力は強かった。
「ファイヤーブリッツ」
放ってきたのは今までと同じ十二の炎の弾丸、大きさも速さも今までと変わりなく、横に逃がさないように横一直線に放ってくる。
名雪はこれを上に飛んでかわし、次の攻撃に備えてすぐに移動できるように魔力を送る準備をして、煉のほうを見る。
「えっ!?」
だが煉はすでにその場にはいなかった。
しかしすぐに名雪は煉の姿を見ることができた。
煉は名雪のすぐ目の前に現れたのだ。
「ええっ!!」
煉は名雪の腕をつかみ、背中から天井に叩きつける。
突然のことに名雪は反応することができず、逃げることもできなかった。
煉はそのまま名雪を抱え、地面へ降りて、腕をつかんだまま名雪を地面に下ろした。
そして、空いているほうの手の平を名雪の顔の正面に突き出し、笑顔で言った。
「チェックメイトです」
「ずいぶんとてこずってたみたいだな」
名雪を降参させて戻ってきた煉に昇が話しかける。
「それはそうさ、なんってたってこのルールじゃ僕は本気で戦えないんだから。まああの子が予想以上だったのは認めるよ。でもなければわざわざ苦手な接近戦を仕掛けたりはしないさ」
「そりゃそうだ」
昇は煉の言葉に頷く。
正直な話、もし煉が戦ったのが真琴であったならば違った結果、真琴の勝ちという結果さえありえたかもしれない。
煉は純粋な魔法使い、気の理の力を一切使わずに魔の理だけを使う者なのだ。別に気の理を使うのは北川や真琴のような気闘士だけではない。昇や刃のような魔導士、あるいは魔術士と呼ばれる者も多少なりとも気の理の力を使っているのだ。
そのもっとも顕著な例が肉体強化である。
肉体強化を魔法によって行うと強化している間中ずっと魔力を消費し続けることになる。それでは他の魔法を使うのに都合が悪い。気による肉体強化も力を消費することには変わりないが、気の理を使うのは難しく、自分の体内における肉体強化ぐらいならともかく術として体外に放出するとその難度は一気に上がる。そのため今では霊術の類を使うものも少ない。昇も刃もそんなものをわざわざ覚えようとは思わない。それは多くの魔術士にいえることだ。他の術を一切使わないならば気の消費を気にする必要もない。魔法による強化よりも気による強化のほうが需要が高くなるのは自然なことなのである。
そして魔法によって肉体強化をしなければいけない煉と気による肉体強化をすでに会得している真琴が戦えばどうなるか?
名雪に対して使っていたレベルの魔法は真琴の盾の前にはほとんど遮られ、または強化された身体能力によってかわされる。もちろん本来ならば盾を突き破れるだけの攻撃も、避けられないほどの攻撃もできる。だが魔法は昇の突きのような寸止めはできない。盾を突き破っただけで止めたりはできない。その魔法は間違いなく真琴を傷つけ、最悪の場合は命を奪ってしまったかもしれない。でもだからといって接近戦を仕掛けたとしても名雪にやったように上手くはいかないだろう。結果はどう転ぶかわからない。つまりそのくらいの制約を煉は受けて戦っていたのだ。
「思ったよりもレベルが高くて嬉しいな」
「うーん、でも僕らの立場がなくなるかもしれないと思うと複雑だね」
「さすがにそれはねえだろう。少なくともあと数年はな」
「数年でなくなると思うとかなりしんどいね」
「まったくだ」
二人ともその割には実に嬉しそうに話している。
「二人とも気楽だね」
その二人の会話に久瀬が入っていく。
「でも次の彼女を見てもそうは言ってられないと思うけどね」
「おいおい、それはどういうことだよ?」
「彼ら四人中で一番強いのはおそらく彼女だろうということさ」
久瀬の視線の先にいるのはもちろん舞だ。
「彼女、そんなに強いのか?」
「まあ、見ていればわかるさ」
久瀬はそう言って次の戦いのための準備を始めた。
もどる