第十八話・剣士と巫女


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第十八話・剣士と巫女






 桜公園を出た零也は神社へと続く石段を上っていた。上にある神社に張られている結界はすでに感知しているから無駄足になることはない。
 零也は最初場所が神社だとわかると眉をしかめたが、石段を上り始めてからはこの神社に対して興味を持った。というのもこの神社に張られている結界が異様なほど強い力を持った結界だったからだ。
 神社仏閣に張られる結界には一般的に個人が使うような術式を通す物の他に人々の願いや祈り、信仰によって流れ込んでくる気が鳥居や御神木、社に集まって形成される天然の物がある。そのため参拝客が多い神社ほど強い結界が張られている傾向にある。だが島の規模を考えればこの神社に訪れる人の数など高が知れている。それにもかかわらず強い結界が張られているのだ。
 さらに零也が初音島に来る前に事前知識として教えられていたことによると初音島は日本において珍しいほど魔の力の強い場所で気の力が弱い場所だという。そのため自然にできたものとは考えにくく、術式の用いられた結界の可能性が高い。しかしたとえ術式を使っていたとしてもこれだけの結界を張るにはかなりの気が必要になる。気脈の上にでもあればまだ納得もできたがそうでもない。となるとそれだけの気を用立てられるほども何かがここには存在することになる。
 零也はそれが気の理の力を持ったアーティファクトだと考え、それを一目でいいから見てみたいと思っていた。

「ん?」

 もくもくと石段を上っているといつの間にかすぐ前に少女がいた。いや、正確にはだいぶ先を歩いていたはずの少女に零也が追いついてしまったのだ。
 零也はいつの間にか早足になってしまっていた自分をいさめ、自分の前を歩いている少女を見た。  年のころは十五,六といったところで零也よりかは幾分か年下であろうその少女は白の小袖と赤の袴の巫女服に身を包み、両手いっぱいの荷物を抱えていた。一段一段上がるたびに後ろでまとめられた長い黒髪が揺れる。足元がおぼつかなくなっているわけでもないので問題はないのであろうが大量の荷物を抱えているために歩みは遅い。
 その姿が過去の記憶にあるとある少女の姿とかぶった。

「重いだろ、それ」

 気がついた時にはもうすでに声をかけていた。

「えっ?」

 突然後ろから声をかけられたことに驚いた少女はとっさに後ろを振り向いてしまい、そのせいでバランスを崩してしまった。

「きゃっ!」
「あぶない!」

 零也は自分のほうに倒れてくる少女を左腕一本で受け止め、空いた右手で少女が手放してしまった荷物をつかんだ。それでも全ての荷物をつかむことはできず、多くが石段にこぼれてしまった。

「大丈夫か?」
「は、はい、申しわけありませんでした」
「いや、俺がいきなり声をかけたのが悪かった」

 少女が離れて自分の足でしっかり立つと右手でつかめた荷物を渡し、散らばった荷物も拾い集めた。幸い壊れ物もなく、しっかりと掃除の行き届いていた石段に落ちたおかげでほとんど汚れることもなかった。

「これで全部か?」
「はい、ありがとうございました」

 少女は礼を言うと荷物を受け取ろうとしたが、零也は荷物を渡さなかった。

「上まででいいんだろ? だったら持っていくよ」
「で、ですが……」

 戸惑っている少女を見て零也は心持首をかしげる。零也は自分の格好を見回してみるが特に不審に思われるようなところがあるわけでもない。黒衣は人除けの結界から出る前に脱いで鞄の中にしまってあり服装は自分の年齢と流行に合わせた物を選んである。以前は染めていた髪も気合を入れる意味で元の黒髪に戻した。耳にしているピアスもあくまで穴を埋めるためのもので飾りのための物ではない。それ以前にいまどきピアスをした男などそう珍しくもない。問題となりそうなところは思いつけなかった。

「どうかしたのか?」
「いえ、見ず知らずの方にご迷惑をおかけるわけには……」

 そこにいたって零也は自分のうかつさに気がついた。零也とこの少女は初対面であり、少女は零也のしっている人間ではない。ましてや少女が零也のことを知っているはずもない。いきなり荷物を持つといわれても困るだけだろう。
 だからといって零也としてもいまさら止めるわけにはいかなかった。

「だがこの量はさすがに重いだろう? もともと上までいくつもりだったから手伝うおう」
「いえ、ですが……」
「助け合いは人の世の基本だ。気にするな」
「そうは言われても……」
「……いや、頼むから手伝わせてくれ。このまま放っておくのは俺の精神上拷問に近い」
「は、はあ……」

 顔をしかめて言う零也を見て少女は呆けてしまった。普通に考えて手伝いを頼むことはあっても手伝わせてほしいと頼まれることは珍しい。しかもそれが見ず知らずの相手とあってはなおさらだ。もしかしたら怪しい人間に見えるかもしれない。
 零也はもしこれで断られたら神社を見るのは諦めてもうひとつの結界のほうに行くことに決めていた。

「それではお願いします」

 少女はしばらく考えた後、そう答えた。

「ああ」

 零也はその返事にほっと息をつき、少女と並んで石段を上っていく。

「ところでこの量は買いすぎじゃないのか?」

 零也は拾う時に見た荷物の中身を思い出し言う。

「これが神事に使う道具やその材料で必要な物なのはわかるが今の時期にこれだけの量が必要なのか?」
「詳しいのですね」
「友人の家が神社だったんでな」
「まあそうなのですか?」

 そんな感じで少女と話していると古い記憶がどんどんと思い浮かんでくる。だがそれは零也にとっていやな記憶ではない。そのころの記憶にいやな思いでは何一つない。大変なことも辛いことも悲しいこともあったがそれをいやな思い出だと思ったことはない。ただそれでもその記憶を思い出すことには抵抗があった。

「それよりも本当にどうしてこんなに必要なんだ?」
「実は部活動に使うんです」
「部?」

 零也はもう一度荷物を見てみる。だがそれはやはり神社に使う物ばかりであった。もちろんこれらの荷物のうち一つや二つを使うだけなら問題はないだろう。だがこれら全てを使えるような部活が零也にはどうしても思いつけなかった。

「いったい何の部活なんだ?」
「巫女部です」
「は?」

 零也は自分の聞き間違いだと思った。

「もう一回言ってくれ」
「巫女部です」

 聞き間違いではなかった。だがいったい何をする部活なのか想像できない。

「…内容は?」
「巫女の仕事について知ってもらいます」
「…………変わった部活だな」

 零也も高校までは出ているし、当時は顔の広い友人がいたので付近の他校についての情報も人並み以上に持っていた。だが巫女部などというものは聞いたことはなかった。

「そうかもしれません。ですがおそらく作ろうと思えばどの学校でも作れるのではないでしょうか?」
「まあそうかもな」

 作ろうとする奴はいないかもしれないがとは言わないでおいた。

「その格好も部活のためか?」

 零也は少女が巫女服を着ているのは神社で働いているからだと思っていたのだが、部活の話を聞いてもしかしたら違うのではないかと思い始めたのだ。

「いえ違います」
「じゃあやっぱり神社で働いているのか?」
「はい、わたくしの父が宮司をしていますから」
「家の手伝いということか」
「はい」

 そんなことを話しているうちに鳥居までたどり着いた。
 すると少女が一歩前に出て、零也に向けてお辞儀をした。

「ありがとうございました。ここまでで結構です」
「そうか、別に境内まで持っていっても良かったんだが」
「いえ、さすがにそこまでしていただくわけにはいきませんから」
「別にかまわないんだがな」

 そう言いながらも先ほどのように強情に持とうとはしなかった。さすがにここから先までは心配する必要もない。

「ありがとうございました。わたくしは社務所のほうにいますので何かありましたらそちらまでおいでください」
「ああ」

 少女は零也に礼を言って社の裏側へと消えていった。零也は少女が去っていくのを見送った後、本来の目的である神社の結界について調べ始めた。





 鳥居、御神木、社と一通り見て回り結界全体の様子を探ってみたのだが、零也の予想に反してただ霊気が強く積み重なっているだけの結界でしかなく、零也は首をかしげた。
 普通式を用いた結界ならば核となる物が存在するはずなのだがそれがまったくない。霊気から探ろうにも全体から同じぐらいの霊気が発せられているので探れない。そして全体から発せられているというのは式を用いない天然の結界に見られる特徴なのだがこの場所は霊脈から外れているしそれほど参拝客が来るようでもなくその可能性も薄いとしか思えなかった。

「どういたしました?」

 声をかけられて後ろを振り返ると先ほどの少女がいた。少女が表に出てきたことは気がついていたが、声をかけてくるとは思っていなかったので少し驚いた。

「いや、静かで落ち着くところだなと思ってな」

 零也にとってはその場をごまかすために言ったことであったが、少女の反応は顕著だった。

「朝倉様とご一緒のことを言うのですね」
「朝倉様?」

 不思議そうな顔をする零也に少女は説明してくれた。

「朝倉様は同じ学校に通う友人で同好会を作るさいにもお手伝いしていただいたかたです」
「いやそれはいいんだが、『様』?」

 むしろ気になったのはそっちだった。

「おかしいでしょうか?」
「…まああまり日常生活で使う言葉じゃないだろうな」

 少なくとも零也が他人を様付けで呼んでいるのを見たのは皮肉に使う以外では今の組織に入ってからである。

「まあ相手が気にしないならかまわないだろう」
「そうでしょうか?」

 今までそんなことを言われたことのなかった少女は本気で悩みはじめ、その様子に逆に言った零也のほうが困ってしまった。

「そこまで深く考える必要はないだろう。世の中には誰彼かまわずちゃん付けする奴もいれば変なあだ名をつけて絶対変えない奴もいる。それに比べればよっぽどましだろう」
「そうですか」

 少しは安心したようだがそれでもまだ表情が暗い。
 それが再び零也の記憶にある少女の姿と重なった。

「そんなに気を張って生きていたら疲れるだろう?」
「えっ?」

 少女が驚くが一度開き始めた口は止まらなかった。

「まじめなのは悪いことじゃないし努力することはいいことだ。だが薬だって摂りすぎれば毒になる。人が自分の力でできることなんかたかが知れいる。だから人はつながりを求めるんだ。だから人に頼ることは悪いことじゃない。他力本願おおいに結構。頼れる友や仲間がいることはそれだけで価値あることだ。自分だけで考えるな。自分一人で考えても出てくるのは自分の中にある答えだけだ。自分の中にない答えはいくら考えたって出てこない。そして出てこないことを考えることに意味はない。あるとすればそれは哲学においてだけだ。
 あんたには頼ることができる友がいる。だったら頼ればいい。訊いてみればいい。自分にとって重大な問題でも他人から見ればたいした問題でもないことなど山ほどあるな」

 少女は呆然と零也の話を聞いていた。そして言い終わっても呆然としたままの少女を見て、正気に戻った零也は猛烈に後悔した。
 最初はちょっとした助言のつもりだったのだ。だがいつの間にかほとんど説教みたいになってしまった。なぜもっと柔らかく言えないのか、それ以前に初対面の相手になに知っているようなことを言っているのだ。ましてや自分が他人に物を教えてやれるような立派な人間ではないとわかっているというのに。

「クスッ」

 突然少女が微笑み始めた。

「そうですね、きっとその通りなのでしょうね」

 少女は微笑みながら零也を見る。

「ありがとうございます。心にかかっていたもやが晴れたような気がします」
「いや、役に立ったならいいんだ」

 きちんとお辞儀をして霊を言われると今度は気恥ずかしくなった。
 零也は自分がどうもおかしいと自覚していた。そしてその原因についてもよくわかっていた。
 神社という場所と目の前の少女、その二つが合わさって過去の記憶が溢れてきているのだ。そのためどうも目の前の少女を放っておけなかたのだ。そればかりか初対面とは思えない接し方をしてしまった。

「そうだ、悪いがここには絵馬は売っているか?」
「はい、あります。こちらへどうぞ」

 少女に案内されてお守りや絵馬が売っている売店に行くと零也は三枚の絵馬を買い、ペンを借り、そのうちの二枚をすらすらと書き上げ、残り一枚を前に手を止めた。そして残った一枚をペンと一緒に少女のほうに差し出した。

「それはあんたの分だ」
「えっ、それはどういうことでしょうか?」

 少女は渡された絵馬と零也を交互に見て途惑っている。

「ちょっとしたおまじないだ。絵馬にこうなりたいという目標を書く。そうやって自分が目指すものを神様の前に示すんだ。こうやって形にしておくと目標がはっきりしてわかりやすいし、ただ紙に書くのと違って神様に見せているんだから途中でやめるわけにもいかない。よく麗奈(れいな(ゆかりとやったんだ。こんなものだけど結構効くんだ。それにあんたは巫女だしな、いつも綺麗にしてくれているんだからもしかしたら手助けしてくれるかもしれないな」

 少女は零也の言葉に笑うと、言われた通りに絵馬に目標を書き、かけた。

「不思議です。こうするだけでだいぶ楽になった気がします」
「そういうものだろ」

 零也は応えながら先に自分が書いた二枚の絵馬をかけた。

「その二枚もおまじないなのですか?」
「いや、これは純粋にただの願掛けだ。このことに関しては俺はもう願うことぐらいしかできないからな」
「…………」

 少女は零也が浮かべた深い自嘲と寂しさを感じさせる笑みを見て、少女は零也もまた深い悩みを抱えているのだと気がついた。そして、自分が何かの力になれないだろうかと思った。

「その願いというのは先ほど言っていた麗奈様や縁様というかたに関係あることなのですか?」

 突然の言葉に一瞬呆けてしまった零也だったが、先ほどおまじないの話をしているときにうっかり漏らしてしまったことを思い出し、自分のうかつさにため息を吐いた。

「なぜそんなことを訊くんだ?」
「お二人の名前を言った時のお顔と絵馬をかけている時のお顔に同じものを感じました。それに、とても寂しそうに感じました。
 先ほどわたくしはあなたのおかげで楽になれました。ですからわたくしもあなたが悩んでいるようなら力になれればと思いまして」
「……寂しそうだったか?」
「はい」
「…そうか」

 零也は過去を振り返る。
 零也は後悔していない。未練があるわけでもない。ただ時々彼女達のことがどうしようもなく心配になる。自分はもう彼女達と関わることはない。彼女達と関わる資格もない。全ての過去を捨て、それまでの自分を捨てて別の道を進み始めた自分にはもうこうして願うことしかできない。
 けれども捨てきれたわけでもない。全てを捨てたままにしてきたわけでもない。一度捨てたのに拾ったものもある。
 自分が正しいと信じた道を進んだことを後悔していない。未練もない。だが、まったく寂しくないといえばそれは嘘だろう。

「麗奈は俺の妹で縁は幼馴染だ」

 目の前の少女に話す必要など何もない。この少女は今日初めて会っただけの名も知らない少女だ。

「二人とも俺に懐いてくれていた。麗奈は正真正銘俺の妹だし、縁も同い年だったけど妹みたいなものだった」

 だが言葉は勝手に口から流れてくる。

「俺の家は剣術道場で縁の家は神社だった」

 それはきっと、この少女に二人の面影を見てしまったから。





 とある剣術道場に一人の少年がいた。少年はこの歴史ある道場主の息子で、将来はこの道場を継ぐことを約束されていた。

 少年はその地位にふさわしくあろうと努力した。努力に努力を重ね、さらに優れた才能を開花させていた。道場に通う門下生の大人たちは少年の将来に期待し、子供たちは尊敬した。

 少年には妹がいた。妹は少年を慕い、少年は妹を大事にし、誰から見ても仲の良い兄妹だった。

 少年には幼馴染の少女がいた。少女の家は神社で、祭りの際には少年の道場は剣舞を奉納していた。少年は少女を妹と同じように可愛がり、少女も少年を兄のように慕っていた。

 少年には後輩がいた。その後輩は少年のことを尊敬している門下生の一人で、少年も目をかけていた。やがてその後輩は妹と恋仲になり、少年も二人を祝福した。
 少年には親友がいた。親友は顔が広く、少年の知らないことをたくさん知っていて、様々なことを教えてくれた。

 初年には良き家族がいて、良き仲間がいた。約束された未来があった。

 少年は誰の目からも幸せに映った。少年以外の誰からも。

 少年は道場を継ぎたくなかった。剣が嫌いだったわけではない。ただどうしても継ぎたいとは思えなかった。そして、剣に己の全てをかけていた後輩にこそ継いでほしいと思った。

 幸い後輩は少年に次いで腕が立ち、道場を継ぐには十分な腕を持っている。そして妹の恋人でもあるのだから申し分なかった。

 少年は父に道場は後輩に継がせてほしいと頼んだが、父は少年に継がせるといって聞き入れてくれなかった。

 少年は親友が少女のことが好きなのを知っていた。そして少女もまた親友のことを好きなのも、その一方で少女が少年のことを好きなのも知っていた。だが少年は少女を妹のようにしか見れなかった。だから少年は二人が恋人になれるように取り計らった。

 やがて二人が恋人になると少年は二人から距離を置き、そして道場にも足を運ばなくなった。

 少年は髪を赤く染め、ピアスを通し、日付が変わるまで帰って来なくなった。だがそれでも父は少年に後を継がせる意思を失くさなかった。

 父は少年が自分を失望させて少年に後を継がせるのを止めさせようとしているのを理解していた。そして道場の代わりに近くの工場跡で遅くまで鍛錬を続けていることも知っていた。

 そんな状態のまま日々は積み重なり、やがて高校の卒業をすぐに控えるまでになったころ、少年は一人の男に出会った。

 少年はその男を師と仰ぎ、卒業後正式に弟子となった。そして少年は男と共に行く為に家を出た。今まで積み重ねてきたもの全てを投げ捨てて。





「一応四人には説明しておいたし、正人(まさと)優希(ゆうきもしっかりしているから大丈夫だと思うんだがな」

 正人が親友、優希が後輩の名前だ。

「…………」

 横で話を聞いていた少女を見ると何を言えばいいのか困っているようだった。
 零也としても何か言われても困る。零也にとってこの事はもうすでに終わったことで、ただたまに思い出すということにすぎない。まだ一年しか経っていないもで寂しく思うこともあるがもっと時間が経てばそれすらも薄れていくだろう。
 もとより何か言ってくれることを期待していたわけではない。ただ話を聞いてくれていればそれで十分なのだから。

「さて、俺はもう帰るな。話を聞いてくれてありがとう」

 零也は少女を見ずに告げて立ち上がった。少女が立ち上がったのがわかったが無視した。そして最後に参拝を済ませた。

「危ない!」
「え?」

 ちょうど鈴を鳴らせたばかりの零也は少女の叫びを聞いてすぐに嫌な予感がして反射的にとびのいた。すると直後に先ほどまで零也が立っていた場所に鈴が落ちてきた。もしとびのいていなかったら零也の頭に当たっていただろう。

「大丈夫ですか!? 申し訳ありません。傷んでいたようです」

 少女が駆け寄ってきて何か言っているが零也は聞いていなかった。たった今起きた信じられない出来事を理解するので精一杯だった。

「…なあ」
「はい」
「おまえ今、落ちてくる前に叫んだな(・・・・・・・・・・?」
「――――っ!」

 零也の言葉で少女の顔に怯えが浮かび上がった。
 それを見た零也はたった今出した答えが正しいことを確信した。

「予知能力か。異能、いや霊能力か」

 くしくも初めてこの少女に警戒した為に気がついた。この少女からは常人と比べてかなり強い霊気が漏れていた。
 この世界に満ちている気という力の一つの形である霊気。常人ならば気がつかなかったかもしれないが気や魔の力が当たり前の世界で生きている零也ならば本来気がつかないほうがおかしい。だがこの結界の霊気に阻まれて、否、正確には少女の霊気と結界の霊気があまりに似すぎていた為に気がつけなかったのだ。

(なるほど、この結界の霊気は彼女のものか)

 体から流れ出る霊気は内包している量のほんの一部にすぎない。そして少女は日頃からそれだけの霊気を出し続け、さらに巫女の務めとして掃除をしている時に霊気を使って清めていたのだろう。それならばこの神社にこれだけの霊気が蓄積されていたのも納得することができる。
 だが今重要なのはそんなことではない。
 おそらく少女の霊気は天性のものだ。一応制御はできているようではあるが意図的に力を使っているわけではなさそうだと感じた。そしてなによりこの怯えた目はかつてその力のせいで大変な目にあったことある人間の目だ。零也はこの一年の間にこの手の人間を何人か見て来たからそれがわかった。
 彼女を怯えさせてはいけない。それは少女が彼の大事な二人に似ていたからこその判断かもしれない。だが、その判断は零也の本能とでも言うべき領域で下され、逆らうことはできるはずもなかった。

アースグレイブ
「――!」

 地面から突然一本の小さな石柱が生えたのを見て少女の怯えは驚きに変わった。

「まあこの程度が限界か」

 本来ならもっと大きな物を出したかったのだがこの結果の中では練った魔力が霊気に打ち消されてこれだけで精一杯だった。

「驚いたか?」
「は、はい」

 零也の問いかけに応え、少女は驚きから困惑へと表情を変える。

「これはいったい……」
「魔法だな。俺ごときじゃこんなことしかできないが、こんなことができる奴は周りが気がついていないだけで結構いるんだ」
「そうなのですか?」
「ああ、だからな」

 零也は一度言葉を区切り、少女に優しく微笑む。

「あんまり気にするな」

 優しく微笑む零也を見て、零也の言葉を聞いて、自分だけではないということを知って、少女の目から涙がこぼれた。今まで心の内に溜めこみ、よどんでいたものが涙となって溢れてきたのだ。
 零也はかつて妹達が泣いていた時にやっていたように涙を流す少女の頭を抱き寄せた。
 零也は少女が今までどれだけ苦しんできたのか知らない。どれだけのものを溜めこんできたのかは知らない。だが普通でないということが苦しいのだということは知っている。普通でないということは自然と輪から外れていくということだ。輪から外れていけばやがて独りになる。運良く同じように外れた者に会い、分かり合えればいいが現実問題そうはいかない。だから独りで抱えて溜めこんでしまう。
 けれど人は独りでは生きられない。誰かとの繋がりを持たずにはいられない。人の温もりを忘れることなどできない。
 零也は独りで生きていたわけではない。だからその苦しみがどれほどのものなのかは知らない。だけど苦しんでいることを知り、苦しみを和らげてあげることはできる。悲しみを受け止めてあげることはできる。だから今だけは、今だけはこうしていてあげたかった。ここにいると、悲しみを受け止めてくれる人がいると伝えたかった。伝わってくれればいいと思う。それはきっと零也以外にもいる。他人は薄情でも友まで薄情だというわけではない。少女の周りにもきっと少女の悲しみを受け止めてくれる人はいるはずなのだ。ただ少女が一歩前に踏み出せばきっと。





「ありがとうございました」

 泣き止んだ少女は目を赤くしながらも笑みを浮かべている。溜まっていたもの全てが流れ出たわけではないがそれでも少女の心はだいぶ軽くなっていた。

「たいしたことじゃない」

 満面の笑みを向けられた零也は照れくさく、そっぽを向いてしまった。
 少女はそれが面白かったのかクスクスと笑う。そして零也はますます恥ずかしくなっていく。
 少女にとって楽しく、零也にとっても気まずくも嫌な気分ではなかった。
 そんな空気が社務所の方から聞こえてくる電話のベルで壊れた。

「申し訳ありませんが少々失礼します」
「いや、俺ももう行くから気にするな」
「そうですか。もう少しお話したかったのですが」
「あー、一応もうしばらくはこの島にいるだろうから縁があればまた会えるだろう」

 零也としては再会は来ないでほしかった。本来ならばあれだけの才能を野放しにしておくべきではないのだ。組織の一員としてはとりあえず勧誘してみるべきなのだ。ましてやその力のせいで周りと一線を引かなければならなかったのならばなおさらだ。
 だが零也は少女を誘いたくなかった。少女はこちら側に来るべきではない。こんな血塗られた世界にいるよりもそちら側の綺麗な場所にいるべきなのだ。

「ああ、それともう一つ。もっと自分を信じろ」

 言っておくべきことは全部言っておかないとそれが再会の原因になるような気がするので言い残しのないようにしておく。

「確固たる自分を持ち、その自分を信じてさえいれば力は必ず自分に力を貸してくれる。そして自分の力をしっかりと把握しておけば自分の意思で制御できる。そうすればもっとその力を有効的に使えるはずだし突然発生してしまうこともなくなるはずだ」
「自分を信じる、ですか」
「そうだ、それっじゃあな」
「待ってください」

 言うことを言ってさっさと退散しようとした零也は呼び止められてつい立ち止まってしまった己を悔やんだ。

「…なんだ?」
「わたくしは胡ノ宮環と申します。あなたのお名前を教えてもらえないでしょうか?」
「須藤零也だ」
「須藤様ですね。本日はありがとうございました」
「ああ、じゃあな」

 零也はできるだけぶっきらぼうに言うと鳥居をくぐり、飛び降りるように石段を降りていった。そして神社を後にして頭を抱えだした。

(なんで名前教えてるんだ俺は!?)

 心の中で盛大に叫び、完全に調子が狂ってしまっていた己の未熟さを嘆くのであった。





「じゃあ環は大丈夫なんだな?」
「はい、空に浮かんでいる物には気がついていましたが、何かに襲われてはいません」
「そうか、だったらいいんだ。詳しいことは明日学校で話す。気をつけてくれ」
「わかりました。それでは明日学校のほうで」

 零也が去った後、純一からの連絡を受けた環は純一から聞いたことを重く受け止めていた。そして、その原因は零也にあった。

「…須藤様」

 環が零也を呼び止めた本当の理由は名前を訊くためではなかった。だが本当に言いたかったことは何一ついえなかった。それを口にするのが恐ろしかったから。
 環はなんとしてでももう一度零也に会うことを決意していた。
 それは環が望む自分になるための一歩。自分の見た不幸な未来を回避する為に。
 そう、須藤零也に訪れる不幸な未来を回避する為に。







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