第二十話・メッセンジャー


WORLD FANTASIA

第二十話・メッセンジャー






 翌日の昼休み、純一たちの通う風見学園本校の屋上には十二の人影があった。

「あらまあ、今日はお客さんがいっぱいですね〜」

 そういって嬉しそうに人数分の取り皿と割り箸を用意しているのは眞子の姉で一学年上の先輩、水越萌だ。

「うーん、私はお弁当があるから」

 取り皿を拒否して手に持った弁当箱を隣に渡すことりと受け取る純一。

「美春たちもちょっと……」
「たくさん作ったからね」
「うん」

 同様に美春とさくらが作った弁当箱を囲むのは美春とさくらとアリスだ。料理の得意な美春がはりきったらしく明らかに三人分以上ある。

「私もです」

 こじんまりとした弁当箱を出したのは美咲だ。

「別にどれが誰のとこだわる必要もあるまい。ピクニックみたいでよいではないか」
「わたくしも作ってまいりましたのでみなさまどうぞ」

 すでに取り皿と割り箸を持っている杉並と、最初からみんなで食べるつもりだったのだろう二段重ねの重箱を広げる環。

「す、すごいな」
「あやや、皆さん豪華ですね」

 純一の元悪友そのニ、現友人の工藤叶くどうかのえとクラスメイトの紫和泉子むらさきいずみこは並べられた料理の数々に息を呑んでいる。

「ちょっと朝倉、なんで工藤や紫さんが来るのよ?」

 純一の後ろから眞子が小声で話しかけてくる。

「しょうがないだろ、おまえが工藤のいるところであんなこと言うから」
「き、気がつかなかったんだからしょうがないでしょ」

 話の焦点は今朝のことだ。今日も何とか遅刻することなく学校にこれた純一はすでに来ていた杉並とどこで集るのかを話そうとしたところ、そこに眞子がやってきて「今日の昼は屋上に集合」と言って去ろうとしたところを工藤に見つかってしまったのだ。眞子はすぐに逃げていったのだが純一たちはそういうわけにはいかず、なし崩し的に一緒に来ることになったのだ。

「それに紫さんについてはあたしは関係ないでしょ」
「それについては後で説明する。それよりなんでここなんだ? 萌先輩は無関係なんだから巻き込むなよ」

 純一の言葉を受けて眞子が怒りを抑えるような、苦痛を噛み締めるかのような顔になる。握り締められた右手が小刻みに震えている。

「無関係じゃないのよ」

 絞り出すように声を出す。

「お姉ちゃんにもあの変な幕が見えていたのよ」
「……マジ?」
「本当よ、昨日確認したから間違いないわ」

 それを聞いて純一も苦虫をかんだような顔をした。美春が聞けば悔しがりそうな話ではあるが、同時にそれは襲われる危険があるということでもある。しかも萌は普段眠りながら歩いているような人間である。眠りながら人にぶつからないように避けたり信号で止まったりするがリザードマンに襲われて大丈夫だということはないはずだ。

「それに今日は鴨鍋だったから」
「は?」
「な、なんでもないわよ」

 今チラッと聞こえた単語が気になったがそんなことにこだわってもしかたがないのでやめることにした。
 気がつけば話していた二人とその横にいたことり以外はすでに食べ始めている。

「あっ、あたしの鴨」

 眞子も鍋の方に行ってしまい純一はため息を吐いた。

「朝倉くん、大丈夫ですよ」
「まあそうかも知れんが工藤はどうするかな、巻き込むわけにはいかないし」
「でも昨日杉並君が言っていたけど人手がいるんだよね。だったら事情を話せばきっと協力してくれますよ」
「うーむ」

 ことりと工藤の家は近く、昔からの知り合いで仲がよいということは純一もよく知っている。ことりと付き合う前は何度か二人が付き合っているのではないかと思ったこともある。そのことりが言っているのだから信じてもいいと思った。それに純一も工藤はいい奴だと思っているし杉並よりかはるかに人間として信用できる。ただだからこそ巻き込みたくないとも思うのだが。

「……よし、じゃあ工藤は思いっきり巻き込むことにしよう」
「それもどうかと思うけど……」
 ことりは純一の切り替えの早さに呆れてしまった。





「ではそろそろ本題に入ろう」

 全員の食事がだいたい終わった頃、杉並が言い始めた。

「朝倉、工藤たちはどうする?」
「工藤は予定外だが巻き込もう。萌先輩に関してはことりたちと同じ。紫に関しては気にするな」
「おい、巻き込むって何だよ?」
「あやや、一体どうしたんですか?」
「それはこれから説明する」

 杉並が今まで起きたことと話し合ったこと、そして昨日の内に進めていた準備について説明した。準備に関してはとりあえず今日の放課後までに残りを瀬場がやっておくそうだが物資はともかくやはり人がいないらしい。また、奴らに気づかれぬまま近づいておける物資の保管場所も見つけなければならないらしい。

「杉並、保管場所なら心当たりがあるぞ」
「ほう、それはどこだ?」

 純一は和泉子の方を見た。

「紫、協力してくれ」
「はい? 何でしょうか?」

 まったくと言っていいほど事情が飲み込めていない和泉子は普段と同じように訊き返す。

「以前ことりの歌の練習をしているのが聞こえるほど家が近くだと言っていたよな。目的地がその練習場所だから紫の家を基地にさせてくれ」
「あややや、何を言っているんですか!?」
「気にするな、紫の秘密を知っても危険そうなのは杉並と美春ぐらいだ」

「で、ですが……」

 困る和泉子と真剣な眼差しで見つめる純一、先に折れたのは和泉子だった。

「しかたありません、ですが本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ、いざとなれば記憶を消せばいいだろう」
「あれは罪悪感がともなうのであまり使いたくはないのですが…しかたありません」
「で、話は終わったのか?」

 二人の話が一段落したのを見た杉並が声をかけてきた。

「ああ、無事交渉成立だって、何やってんだ?」

 杉並の方を向いた純一が見たのは杉並によって口を塞がれている美春だった。どうにかして振りほどこうとしたようで杉並の制服の袖はめくれ上がり皺ができている。

「ん? ああこれか」

 杉並が美春から手を離すとすぐさま美春がわめきだした。

「美春が危険ってどういうことですか!? 美春は人の秘密をばらしたりしません!」
「バナナを人質に取られてもか?」
「…………ばらしません」

 空いた間がすべてを物語っていた。

「まあわんこ嬢のことはひとまず置いておこう。それよりも紫嬢の秘密とは何なのだ?」
「それは紫から聞いてくれ」
「ふむ、では紫嬢、何かいうことはあるか?」
「あい、実は私は銀河連邦の命令を受けて地球人の観察をしている宇宙人なのです」

 純一とさくら以外の全員が驚きの一色になった。杉並でさえそうなのだから他のみんながそうなってもしかたがないだろう。

「あっ、宇宙人だったんだ。どうしてそんな格好をしているのか不思議だったんだ〜」
「あやや、芳乃先生にも効かないんですか?」
「うん、一応ボクの方がお兄ちゃんよりも魔力は上だからね。でも今はもう同じくらいかな」

 さくらだけは純一の魔力が昨日と比べて格段に上がっていることに気がついていた。その影響を受けてさくら自身の魔力も上がっていたからだ。

「じゃあ紫、場所借りるぞ」
「あい、何に使うのかは知りませんがかまいません」
「助かる、これは礼だ」

 純一は和泉子の好きな鮭の形をした大判焼きを創って渡した。

「本当なんだな」

 おいしそうに食べる紫を見て工藤が呟いた。

「どうしたんだ?」
「いやな、朝倉が魔法使いだとか言われても実感が湧かなくてな」
「まあ気にする必要はないだろう、これまであまり役に立ったこともないしな」

 ゼファーのおかげで一般的に考えられているような魔法も使えるようになったがそのほとんどは日常では役に立たないようなものであった。そもそも日常レベルで使うようなのは文明の利器に頼った方が疲れないしよっぽど楽だ。今のところ役に立ったのはパワードくらいでそのおかげで今朝は遅刻しないですんだ。

「そんなものか」
「そんなもんだ」

 工藤は一応納得したようで引き下がった。
 純一は残った弁当をつまみながら魔法について考えた。
 使えても変わらないということは使えなくてもかまわないということだ。だからこそばあちゃんは純一に和菓子を生み出す魔法以外は教えなかったのだろう。だが今の純一は他ならぬばあちゃんが残しておいたものによって魔法が使えるようになった。ならばそれはばあちゃんが純一も魔法を使えた方がいいと思ったということだろう。そしてそれはその力が必要になるということでもある。それは今回にのことではないはずだ。

「かったりぃ」

 もしそうならそうでその時に考えればいいことだ。今やらなければ成らないことは他にあるのだから。





 放課後、一度解散した一同はいったん家に帰り、和泉子に指定された場所に集っていた。

「…………」
「…………」
「…………ここで間違いないよな?」
「たぶん」

 和泉子が指定したのは桜公園の裏手にある児童公園だった。

「なんでこんな場所なんだ?」
「目印になりそうな場所がなかったのではないですかな。桜公園に近づくのは危険ですからな」
「それにここなら広さもある。人が集ってもおかしくはない」
「そうか?」

 この公園で遊んでいるのは小さな子どもばかりだ。子ども以外にいるのはといえば散歩してきた老人だったり犬の散歩をしている人だったり子どもの親だったりと純一たち高校生が集っている姿はかなり目立つ。
 ベンチに座って眠っている萌や犬と戯れている美春、アリス、さくらなどはすっかりととけこんでいるが一度かえったにもかかわらず着替えてこなかった杉並や燕尾服の瀬場はかなり浮いているにもかかわらず気にしていないようだが純一、ことり、工藤、眞子、環、美咲の六人はいささか居心地が悪い。そしてそれに輪をかけているのがジャングルジムにいた。

「なんかシュールよね」
「俺にはコミカルに見える」
「ですがとても楽しそうですね」

 ジャングルジムに登って子ども達に混じって遊んでいるのは和泉子だった。ジャングルジムだけではない。他にもいくつかの遊具ですでに遊んでいた。

「朝倉が来る少し前から遊び始めたのよ」

 特にすることもなかったのでそのまま和泉子の様子を眺めているとようやく満足したのか和泉子が戻ってきた。

「それでは私の家に案内します」
「うむ、では行くとしよう」

 和泉子が先頭に立ち移動を始めた。そのすぐ後ろに杉並と瀬場、さくらが続き、その後ろを美春、アリス、環の三人が、さらに後ろを眞子と萌と美咲が続き、最後尾を純一、ことり、工藤の三人が進んでいく。
 一行は和泉子の案内で公園から出て裏手にある林の奥に入っていく。

「それにしてもすごいな」
「何がだ?」
「ああ、あれだ」

 ことりを挟んで純一の反対に立つ工藤が前を歩く萌の背中を指す。

「本当に寝ながら歩いている」
「たしかにな」

 萌はベンチに座っていた時から起きることなく眞子によって立たされ今まで歩いてきた。誰かに手を引かれているわけでもないのにまっすぐ立って普通に後をついていっている。
 だが純一は萌がこの程度ではないことを知っている。

「朝はさらに木琴も叩きながら登校しているぞ」
「ほんと?」
「ああ」
「すごいな」
「すごいね」
「まったくだ」

 三人でそんなことを話しているうちに岩壁にたどり着いた。

「ここが私の家になります」

 林から少し離れた岩壁に一つだけ開いている洞穴があった。そして和泉子はその洞窟の中に入っていった。

「こ、ここ?」

 眞子が洞窟に入っていく和泉子を見て声を上げた。それは他数名と同じ感想だった。

「なるほど、さすがは秘密基地だ」

 例外の一人である杉並は変な感心をしながら入っていくと他の面々も順々に入っていく。ことりは自分の番になって隣に純一がいないことに気がついた。

「朝倉くん?」

 周りを見回すと純一はいまだに呆然と洞窟を眺めていた。

「朝倉?」

 まだ洞窟に入っていなかった工藤も純一が動かないことに気がついて戻ってきた。

「朝倉、大丈夫か?」
「あ、ああ、大丈夫だ」
「本当?」
「ああ、ちょっと呆気に取られただけだから。心配かけてすまん」
「朝倉くんが大丈夫ならいいですよ」
「まったく、おまえは何をしているんだ。早く行こうぜ」

 純一が無事だったことに安堵の息を漏らした工藤は洞窟に向かった。だがまたしてもそこで足を止めることになった。

「きゃぁぁぁぁぁ――――」

 洞窟から響いてきた叫び声に足を止めた三人は互いの顔を見合わせながら頷きあい、ことりを一番後ろにして中へと駆け込んだ。
 そこで見たのは抱き合って腰を抜かしている眞子と美咲、立ったまま寝ている萌、呆然としている杉並たち、そしてピンク色をしたクマがだった。
 工藤とことりは杉並たち同様に呆然としてしまったので純一は訳がわからず一人普通にしているさくらのもとに行った。

「なあ、どうしたんだ?」
「うん、和泉子ちゃんが幻影をといたんだよ」
「ああなるほど」

 和泉子はどうやら身体が地球の気候と合わないらしく普段から防護スーツを身につけて生活しているのだが、その防護スーツは地球の生物を似せた物だというのだが一見するとピンクのクマのきぐるみにしか見えないのだ。それでは生活できないので普段はスーツについている機能を使って平均的な日本人女性の姿を投影させている。
 つまり杉並たちにとって和泉子が突然ピンクのクマに変わったように見えたのだ。
 また、純一とさくらにはその視覚操作が効かず、普段からピンクのクマの姿が見えているため驚いていなかったのだ。そして洞窟の入り口で純一が笑いをこらえていたのもクマの姿をしている和泉子が洞窟に住んでいるということに呆気に取られたからだった。

「まあ放っておけばいいか」
「お兄ちゃん……」

 魔法のことも受け入れられたのだからどうにかなるだろうと楽観している純一にさくらは困った顔をしてうなだれるのであった。





「何をやっているんだあいつらは?」

 純一たちが入っていった洞窟を見渡せる位置にある木の幹の陰に零也は潜んでいた。散歩中に偶然純一たちが集まっているのを見かけたので後をつけてきたのだ。

「しかしそれにしてもあいつも関係していたのか」

 零也が思い浮かべたのは昨日神社であった環のことだった。
 純一たちについてガーランドは放っておけと言っていたので零也もあまり気にしていなかった。多少小細工をしようとガーランドにとっては恐るるに足りないことがわかっていたからだ。もし環の姿があの中に見えなければ零也もわざわざ後をつけたりはしなかっただろう。

「やっぱり来るんだろうな」

 わざわざこうして集っているのだからそれはまず間違いないだろう。なぜそうまでしてこちらの邪魔をしようとしているのか純一たちの事情を知らない零也にはわからない。だが今大切なのは“なぜ”ではない。やってくるだろう未来に対してどうするかだ。
 おそらく明日にも純一たちはやってくるだろうし、その中に環の姿もあるだろう。もしそうなったら自分は戦えるのだろうか?

 ――――戦える

 戦えるとは思う。環は環であって麗奈や縁ではない。たとえ姿を重ねてしまっても別人であることには違いがない。一時の情で戦えなくなるようならば戦士として問題だ。
 戦うことと殺すことは同じではない。殺さないために、死なさないために戦うことだってできるはずなのだ。ましてや相手はたとえ強い力を秘めていようとも素人だ。殺さなければならない理由はない。
 だから戦うことはできるはずだ。

「やれやれだな」

 突然背後から声がして振り向くと、そこにはいつの間にかガーランドが来ていた。

「どうしたんだ?」
「なに、おまえがなにやらおかしな行動をしはじめたので出てきたのだ。例の奴らを見ていたのか?」
「ああ、仲間で集ってあの洞窟の中に入っていった。たぶん作戦会議でもしているんだろう」
「なるほど、しかしあんな場所に洞窟があったか? 以前下見した時はなかったと思うが」
「よくわからないが変なきぐるみを着た奴が何かしていたようだった」

 零也は和泉子が宇宙人で防護スーツを着ているとは知らないが、視覚操作を無効化にしていたので純一たち同様にその姿が見えていた。そして児童公園で和泉子が何かをしたのだとあたりをつけていた。

「なるほど、まだまだここには楽しめそうな者がいるということだな。実に愉快だ」

 それを聞いたガーランドは笑みを浮かべて洞窟を眺めていた。その表情には期待と言うものがはっきりと浮かび上がっていた。





 太陽が地平線にさしかかろうとしている頃、本土から初音島の間にある海の上を一台のバイクが走っていた。本来水上に浮くはずのないバイクはなぜかまるで浅い水溜りの上でも走っていくようにしぶきを上げながらもまったく沈む様子を見せずに走っていく。よく見ればバイクのタイヤがエメラルドグリーンの輝きを纏っているのが見えたかもしれない。
 バイクに乗っているのはライダースーツに身を包んだ北川だった。北川は刃から話を聞いた後すぐに支度を整えて祐一たちよりもかなり早く出発し、猛スピードで走り続けていた。メーターは三百まであるがそれが完全に振り切られているのを見ればどのくらいのスピードで走ってきたのかわかるだろう。
 しかも北川は自分の力を駆使して人の目に自分の姿を映らなくし、その上で障害物をさけるため壁を走ったり電線の上を走ったりとできる限りの最短ルートでここまでやってきていた。
 途中海上にあった結界の壁も気づかれないようにこじ開けて入ってきた。そして、初音島はすでに視界の中に入っていた。
 北川はさらにスロットルをまわしてバイクを加速させた。





 純一たちが話し合いを終えて洞窟から出てきたのはもう太陽が沈み西の空がわずかに赤い部分を残す頃になってからだった。

「しかし残念だったな、和泉子は銀河連邦の規約で直接協力できないなんてな」
「しかしメディカルマシンは使わさせてもらえることになったのだから良しとしようではないか。俺としても超科学の武器などが使えないのは残念ではあるが」

 一同の先頭を歩く純一と杉並はそんなことを話しながら洞窟の外へと出た。今回の話し合いではとりあえずやることは決めることができた。しかしそのれが通用するかはやってみるしかわからない。そして純一も杉並も心の奥では今のままだけでは無理だろうと考えていた。

 外に出た純一たちは二つの人影があることに気がついて息を呑んだ。それは和泉子の秘密の場所のことを知られたからだ。しかし純一とことり、萌、工藤の四人以外は別の理由で息を呑んでいた。それはそこにいる人影に見覚えがあったからだ。

「む」

 その人影を見た瞬間杉並と瀬場が全員の前に飛び出し、さくらはその後ろで魔法の準備に入る。そして環もまた列の中から前へと身を乗り出していた。

「まさかこんなところで会うとは思いませんでしたな」
「偶然仲間がおまえ達が集っているのを見つけたのでな。少し様子を見に来た」

 瀬場や杉並の様子から純一も目の前にいるのが敵なのだと理解できた。鞄の中からゼファーを取り出すと前にいる杉並に小声で話しかけた。

「杉並、俺も魔法で援護する」
「わかった」

 そして純一たち四人がガーランドと向かい合うなか環もまた零也に向けて声をかけようとして、零也の自分を睨みつける鋭い眼光と何を言えばいいのかという思いによって何も言えなくなってしまっていた。

「それで、作戦は決まったのかな?」
「ふっ、そんなことをわざわざ教えると思うのか?」

 目の前にいるガーランドの威圧感に押されながらも杉並は余裕の態度を崩さずに応える。
 その間に戦いが起こりそうだと感じたことりは美咲とアリスに洞窟の奥に下がるように促す。また、眞子も萌を後ろに下げようとする。だが眞子はいつ事態が動いてもいいように前に視線をやっているのでまた眠っている燃えを動かすことができなかった。それを見た美咲は萌を奥へと引っ張っていき、美春とことりも奥へと下がった。しかしことりはアリスが下がらないのを見て困惑した。

 この時アリスもまた戦うことを決めていた。人手が足りないと聞かされていた時から決めていたのだ。そしてアリスの運動能力は見た目からは想像できないがかなり高い。もともとこの島に来る前は両親のサーカス団で花形の空中ブランコをやっていたのだ。幼い頃から繰り返してきた練習の中で運動能力はこの中でも瀬場に次いで高かった。はっきり言って瀬場と杉並の意向によって数に入れられていなかっただけで下手をすれば杉並よりも高い運動能力を持っているのだ。

 だがたとえ能力を持っていたとしても以前のアリスならばそんなことをしようとしなかっただろう。一年前に美春と仲がよくなり始めてからアリスは確実に変化を遂げていた。少なくとも以前の願うだけで周りと上手く話せない頃とは違うのだ。自分にできることがある。だからやってみようと思えるようになったのだ。
 アリスの考えを理解した美春もまた前へ出ようとしたが、さすがにそれはことりに止められた。さすがにこれ以上行かせるわけにはいかなかった。

 ガーランドに対しては純一、さくら、杉並、瀬場の四人が、零也に対しては工藤、眞子、アリスの三人とその場に残った環が相対した。
 ガーランドたちのほうが徐々に戦いの空気を構成していくのに対して零也のほうは緊張感が漂うが戦いが始まるという感じがしてこなかった。そして眞子たち三人が感じていたのだが、零也は自分たちのことを気にしてもいないようだった。

「須藤様、どうして……」

 何がきっかけで何が起きるかわからない状況の中、ようやく環が零也に向けて言葉を発した。そのことに驚いて眞子たちだけでなくガーランドまでが環と零也の方を見て驚いていた。この二人が顔見知りだとは二人を除いてこの場にいる全員が知らなかった。

「胡ノ宮、どうしても何もない。俺はもともとこちら側だ。俺に言わせればなぜおまえがそこにいる?」

 零也は鋭く環を睨んだまま冷たい声音で言葉を紡ぐ。

「はっきり言うがおまえ達のやろうとしていることはただの自殺行為だ。そこにいる仲間のためを思うのならばすぐにでも手を引かせろ。俺たちの目的はおまえ達ではない。こちらに干渉してこないのならばわざわざ手を出したりはしない」
「……できません」

 わずかに沈黙を挟みながらも環ははっきりと告げた。

「須藤様、昨日のおまじないのことを覚えていますか?」
「ああ」
「わたくしは昨日絵馬にこう書きました。『私の見た不幸な未来からその人を救ってあげられる者になる。見えた未来に負けず自分を信じていける自分になる』と。それがわたくしの目標です。そしてこれはそのための最初の一歩なのです」
「…………そうか」

 事態の理解できていない純一たちは二人のやり取りを呆然と眺めていた。そしてその中で零也は懐から一枚の鏡を取り出した。

「ならば止められるならば止めてみせろ、

 零也の言葉と共に鏡の表面が輝きだし、二本の刀が現れた。零也はその刀を掴むと鏡をしまい、二本の刀を腰に挿し、鞘から抜いた。その刃の輝きは模造刀には見えなかった。
 完全に戦闘態勢に移った零也に対してガーランド以外の全員が息を呑んだ。まさか真剣を抜いてくるとは思っていなかったのだ。

「ええっと、これは一体どういう事態なんだ?」

 この場に形成されている空気をまったく無視した暢気な声にその場にいた全員が声の発せられた方向を見た。それはガーランドと零也の背後の林の方だった。
 そこから現れたのは特徴的な癖毛が一房はねている純一たちとそう歳の変わらなさそうな少年だった。服は大衆店で売っていそうな紺のスラックスに無地のシャツ、その上にジャケットを羽織っているどこにでもいそうな少年に見えた。だがその少年の存在に誰もが緊張感を張り詰めさせていた。
 純一たちはその少年がガーランドたちの仲間の三人目かもしれないと思ったからであり、ガーランドたちはその変哲もない少年がすぐ傍に来て声をかけるまでその存在に気がつけなかったからだ。

「貴様、何者だ?」

 ガーランドの今までとはまるで違う険のこもった声に純一たちは驚き、そしてその言葉でとりあえずその少年がガーランドの仲間ではないのだと判断した。

「通りすがりの美人の味方だって言ったら納得するかい?」
「ふざけるな!」

 ガーランドの怒鳴り声など意に介した風もなく少年は普通にガーランドたちの横を通って純一たちの方にやってくる。そして少年が一歩一歩近づくたびにガーランドの威圧感が増していく。
 少年が純一たちの前に立ち、ガーランドたちのほうを振り向くとガーランドの全身は黒いオーラに覆われており、今にも跳びかからんと身構えていた。

「はいはい、まあいいや。さて、悪いが朝倉たちに手を出すって言うならオレも真面目に相手をさせてもらうぜ」

 宣言と共に少年の身体をエメラルドグリーンの輝きが包んでいく。それは色こそ違えガーランドの身体を包む黒いオーラとよく似たものに見える。

「ほう」

 ガーランドがその輝きを見て感嘆の声を上げると同時に零也は険しい表情で少年を見る。
 少年は二人を尻目に素早く印を結ぶ。その数四つ。

光槍天舞

 少年の言葉によって周囲に輝く無数の光の槍が現れた。それを見た瞬間ガーランドと零也は後ろに跳び下がり、次の瞬間光の槍はついさっきまで二人がいた場所に降り注いだ。
 全ての槍が消えた時、その場は衝撃によって土がめくりあがり、小型のクレーターができていた。

「仙術に煌羅(おうら)の輝き、なるほど、貴様気闘士か」
「ご名答、そういうそっちは魔闘士か。しかも見たことがある顔だな。たしかランクSの『月下の凶獣』だな」
「ほう、俺のことを知っているとは公平だな。気闘士との戦いは久しぶりだが、貴様は実に楽しめそうだ」
「うわ〜、とんでもない戦闘狂だとは聞いていたけどマジかよ」

 禍々しい笑みを浮かべているガーランドを見て少年は噂が嘘偽りないものだと知ってうなだれた。

「まあいいや、ところで提案なんだがここは退いてくれないか? 俺としてもここにいたるまでのことも知りたいし、こんな状況じゃあ全力も出せないしな」

 そう言いながらも少年の輝きは強くなっていく。それはガーランドに対する挑発でもあった。そしてガーランドが噂通りの戦闘狂であるならばその挑発に乗ってくるだろうと予測をつけていた。

「ほう、だがそれだけの価値があるのかな?」
「試してみるか?」
「そうさせてもらおう」

 少年とガーランドの身体から凄まじい力が噴出し行く。

「いくぞ」
「上等」

 互いに踏み出しは同時、だがそこから先はふたり以外誰も視認できなかった、零也でさえも。
 だが二人の拳がぶつかり合った瞬間に吹き荒れた余波だけでもその凄まじさが容易に想像できた。身体の軽いさくらやアリスはその余波だけで吹き飛ばされてしまったほどだ。

「なるほど、たしかにこの状況では楽しめないな」
「だろ」

 だがその余波の中で中心地にいたにもかかわらず平然としている二人は互いに後ろに下がり距離をとった。そしてそれで終わりとばかりに構えをといた。

「俺らの目的は明日の夜、日付が変わる頃に終了する。もし阻止したくばそれまでに止めてみせるんだな」
「じゃあ十分だな、こっちは他にも明日にはランクAの援軍が来るからな」
「ほう、だがそれで足りるのかな。こちらの戦力は俺とそこの零也、そしてもう一人、ランクSの『魔導カラクリ師』だ」
「おいおい、ランクSが二人もいるのかよ。しかも魔導カラクリ師ね」

 少年はガーランドの言葉に嫌そうな顔をするが、すぐに気を取り直した。

「まあなんとかなるさ」
「それは楽しみだ。零也、ここは引くぞ」
「……わかった」

 零也は再び鏡を取り出すと鞘に収めた二本の刀をその鏡面に押し当てて沈めていく。そして再び鏡をしまうと最後にもう一度だけ環の方を見て、ガーランドに続いて林の奥に消えていった。

「ふう、なんとかなったな」

 少年はガーランドたちを見送った後、純一たちの方を振り返って笑いかけた。

「大丈夫だったか、朝倉」
「ん、朝倉、この男はおまえの知り合いか?」
「いや、見覚えはないんだが」

 純一はもしかしたら忘れているのかもしれないと思い必死に頭を働かせてみたがその取っ掛かりすらつかめなかった。

「ああ憶えていなくてもおかしくないな」
「どういうことだ?」

 純一は少年の言葉にすぐさま反応した。魔法のことといい自分には自分が覚えていないことがあるということには気がついていた。環のこともその一つだ。環が来て一年がたつがいまだに環の母親が環に言っていたという深い絆についてもわからずじまいのままだ。そして目の前の少年が自分のなにを知っているのか、それがとても気になった。

「別に、オレはおまえを知っているがこうして直接顔をあわせて話したのは今日が初めてだったというだけのことだぞ」
「は?」
「もうすでにゼファーは持っているみたいだからこれでわかるか。
 オレの名前は北川潤。今は亡き魔女、すなわち朝倉のばあさんから未来のおまえに向けて送られたメッセンジャーだ」







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