第二十一話・砕かれた願い
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第二十一話・砕かれた願い
北川と出会った純一たちは詳しい話を聞く為に今一度さくらの家に集っていた。
今この場にいるのは北川に純一、瀬場と杉並、アリスと眞子と環の七人である。工藤は門限があるからと帰り、ことりも役には立てそうもないし、あまり遅くなると心配する姉夫婦がいるので帰すことにした。純一は信頼はされているが泣かせたら改造すると脅されているし、危険な目にはあわせたくないので何とか説得して帰ってもらったのだ。ちなみに萌は完全に寝てしまっているので空き部屋に放置しており、さくら、美春、美咲の三人は全員の分の夕飯を作りにいっている。
「さて、まずどこから話せばいいのかな?」
六人を見回しながら北川が訊ねた。この場で一番信頼されないのが自分である事は自覚しているのでまずは信頼を手にする為に自分からカードを広げることにしたのだ。最も見せられるカードはほとんどないのではあったが。
「こちらの事情をどれだけ知っているのか、そしておまえが何者なのか教えてもらおうか?」
六人を代表して杉並が尋ねた。こういうことが得意な事はよく知っているので瀬場も純一も基本的には杉並に任せることにしていた。
「いいぜ、と言っても初音島で何かあったらしいって話を聞いて駆けつけただけだからまったくと言っていいほどわからないな。島の外と中では結界に遮られていて出入りができないわけじゃないが入ったら気づかれるからたいした情報も入ってきていない。はっきり言って今回は偵察隊として仲間よりも先行してきたから何が起きているのかこちらが聞きたいぐらいだ」
「つまり何も判らないということだな」
「まあありていに言えばそうだ」
純一、瀬場、杉並の三人はそれを聞いて溜息をこぼした。北川の介入で何もわからないまま突っ込まなければならない状況を改善できるかと期待していたのだが何も得られないようだ。
「まあそっちの話を聞けば答えられることもあるかもしれないけどな」
しっかりと純一たちの持つ情報を引き出そうするが杉並もそう簡単には話したりしない。北川に対してもう一つの質問への答えを促す。
「さっきも行ったがオレの名前は北川潤、現在高校三年生の十八歳で気闘士だ。基本的にはフリーの情報屋をやっているが今は知人に協力している。ここに来た理由は朝倉たちのばあさんに何かあった場合の手伝いを頼まれていたからというのが一番で、次に知人が今回の一件の調査の為にこちらに向かっているからだ。ちなみにばあさんとの関係は昔とある事情で世話になった恩人だ。朝倉が封印を解く手伝いも頼まれている」
「十八ってあたし達とほとんど変わらないじゃない」
姉の萌と同じ学年だと聞いて今度は眞子が溜息をつく。ほとんど歳の変わらない北川が普通にこんなおかしな状況を当たり前のように受け止めているのに理不尽を感じずにはいられない。しかも先ほどの紫の家を出たときのことを思えば眞子にとってまともの範疇を越えている杉並以上にまともとは言いがたい事は明白だ。
「ばあちゃんが死んだのはもう七年も前だからそれ以前となるとかなり昔だな。そんな小さい頃にばあちゃんに会っていたなら知っていてもおかしくないんだがな……」
純一も北川の言葉に頭をひねっていた。純一は小さい頃はしょっちゅうばあちゃんに会いに行っていたので知らなかったことが納得できなかった。
「まあオレがばあさんと会ったのは十年以上も前の話だからな。一時期はばあさんの家に厄介になっていたこともあったけど周りには教えていなかったらしいし知らないのはおかしなことじゃない」
「そうは言ってもな……」
「まあいいではないか。その話はこの件が片付いてからじっくり聞かせてもらえばいい」
いまだに納得しない純一を杉並が黙らせて話し合いを続ける。
「さっきの男を月下の凶獣と呼んでいたが知り合いなのか?」
「いや、会ったのは初めてだ。だけどこの世界じゃかなり有名だ。魔力を媒介とする接近戦を得意とする奴で魔闘術という特殊な技術を使う。そして何より問題なのは根っからの戦闘狂で強い奴に目がないことだ。時には仕事をほっぽりだしてまで戦いに没頭するらしい。その戦闘能力は陸軍一個大隊を真っ向から相手にできる程だ」
「それは本当に人間なのか?」
そのあまりの無茶苦茶ぶりに顔を引きつらせる。純一は自分がその状況にいるところを想像してみたがものの数秒で蜂の巣にされてしまった。
「まあ世の中にはそれ以上の人間も百人近くいるからな。ばあさんだって『絶対なる魔女』と呼ばれる神位の者の一人だったわけだしな」
「神位の者?」
「そんなことよりもそんな連中が百人もいることが問題でしょうが!」
神位の者という単語に反応した純一と杉並に対して眞子が叫んだ。たしかに常識人としては化物としか形容しようのないものが百人もいたら大変だろう。
「何を言っている、六十億もいるうちの百人ぐらいそんなのがいたところで不思議でも何でもあるまい。そもそもそんな事は目の前にでも出てかない限り関係あるまい。そんなことよりも朝倉の祖母のことのほうがはるかに重要だろう」
「そ、それはそうかもしれないけど……」
しかし眞子にとって見ればここ二日の間に今までの常識が完膚なきまでに叩き潰されてしまったようなものでこれ以上はいい加減にしてほしいと思っていた。
「心配しなくたって大丈夫さ。できることとやる事は違うわけだしたいていの場合自分の力を自覚していればそんな無意味な事はしないから。もししたら他の連中に抹殺されているはずだしね」
「…………」
何気にかなり物騒な言葉が混じっていた気がしないでもないがあえて聞かなかったことにして眞子はもう黙っていることに決めた。
「さて、神位の者って言うのは一種の超越者のことだ。一応こっちの世界にはランクがあって強さとか他の技術を総合的に考えて決められるんだけどその枠内で収めるにはあまりにすごすぎる存在がいる。そういうのを神位の者って呼んで括っているんだ。たとえば今の朝倉はAランクとBランクの間ぐらいで月下の凶獣はSランクだ。この上にSSランクがいてさらに上が神位の者だ。ここ五十年ほどの間に存在した神位の者は七人、『絶対なる魔女』『神速の騎士』『渡界の放浪者』『慈悲深き死神』『錬金の女神』『異界創造士』『金色の鬼神』。ちなみにばあさんはその中でも飛びぬけた強さを持っていて核ミサイルを撃ち込まれても防げる人だぞ」
「………………」
あまりのことに声も出ない。先ほどガーランドのことを人間なのかなどと訊いた純一は自分のばあちゃんのすごさに自分とばあちゃんが血の繋がっっているのかさえも不安になってきた。いや、血が繋がっているならそれはそれで自分が人間なのか不安になってくる。
「まあそれは今はどうでもいいことだからおいておこう。そっちは連中の目的について何か掴んでいないのか?」
「…目的は不明だ。だがどうやら朝倉祖母の残した桜の木について何かしようとしているらしい」
それを聞いて北川の目が細まり、不敵な笑みを作る。
「ふーん、あの桜をね。まあ解析はできないだろうし使うことも無理だろうね。でも外の結界がその力を使って創られているなら魔力を取り出す事はできたってことか。となると連中にできるのはせいぜい魔力を奪うことか。桜が枯れる前なら多少は持ってかれてもどうでもよかったが今じゃそうもいかないか」
「何か知っているのか?」
一人で何か呟きだした北川に身を乗り出して純一が尋ねてきた。北川はその様子に少し苦笑をもらし、純一に落着くように促した。
「あの桜は最高の錬金術師である錬金の女神によって技術の粋を凝らして造られたアーティファクトに絶対なる魔女がその全てをかけた魔法式を組み込み、そして金色の鬼神の力を加えて創られた世界に二つのとない大魔法装置だ。悪いが魔導カラクリ師ごときが十年かけて解析したとしても終わりはしないさ。せいぜいその力の一端を知ることぐらいだろうな」
「世界に二つとない……」
「大魔法装置……」
たった今聞かされたばかりの七つの名前のうちの三つによって創られたというその存在に全員が息を呑んだ。
「大魔法ってばあちゃん達は何をしようとしていたんだ?」
「まあその話は今はよそう。いずれ必要になったら朝倉に伝えるように言われているしな」
「だが」
「だめだ」
なおも詳しいことを聞こうとする純一に対して北川ははっきりと言い切った。
杉並も北川がどうしても言う気がないと判断し、純一を下がらせる。
「それに今はそんなことよりも大事なことがあるだろう?」
北川のその言葉で純一もようやく納得し、話は戻った。
「まあ連中の目的はわかったな。おそらくあの桜の木に蓄積された魔力を別の器に移して持ち帰ることだろう。もしかしたら最初は木ごと持って帰ろうとしたかもしれないけどあれは魔法の力で固定されているから抜けないからな」
「それによる被害は?」
「まあさすがに全部は持っていけないと思うがそれでも一年かけて集めていた分ぐらいは持ってかれてもおかしくないな。たいしたことないといえばたいしたことないが、それだけあればかなりのことができるのからな、後のことを考えるなら阻止すべきだな」
「どんなことが起こせるんだ?」
興味本位で聞いたのだが北川が渋い顔をしたのを見て訊かなければよかったかもしれないと後悔した。
「べ、別に言いたくなければ言わないでもいいぞ」
「いや別にそこまで不安に思うほどのことじゃない。せいぜい街一つ消滅させれるぐらいだ」
「十分大事だ!!」
あまりに軽い調子で言う北川に思わず純一と眞子が叫んだ。
「別にそんな意味のないことをする奴はいないから大丈夫だって。集めているのが魔導カラクリ師だから次の作品の動力にでも使うんだろう」
「作品?」
「そういえばその魔導カラクリ師とやらについて訊いてなかったな」
「そういえばそうだな。魔導カラクリ師って言うのは魔法学と機械工学の両方を修めているSランクの錬金術師で主に魔導人形の製作をしている。その人形を使って様々な仕事をしているんだけどこっちも仕事よりも学術好奇心を優先させるため達成率は低いらしい。個人の戦闘能力としてはAランク程度ならしいけど人形は数が出せるから敵に回すと少し厄介かな」
「つまり向こうの戦力はどのくらいなのだ?」
「まあSランクが一人にAランクが二人にBからAランクにかけての人形が五体かな」
「どうにかできるのか?」
杉並と瀬場は明らかに戦力不足であることを理解していた。もともと立てていた作戦も相手が三から五人程度だと仮定していたので人形を含めて八人もいる状況ではどうしようもない。何か策があるとすればそれは北川に託すしかなかった。
「とりあえず月下の凶獣はオレが相手をする。向こうもそれを望んでいるだろうしあいつがいなくなるだけでだいぶ楽になる。それとこっちにも援軍がAランク一人にBランク二人が来るからさっき場所にいた剣士にはそのBランク二人をぶつける。最後の魔導カラクリ師たちは朝倉たちにも手伝ってもらわないと無理だな」
「無論手は貸すぞ」
「当然だな」
「もちろんですとも」
北川の言葉に杉並、純一、瀬場が応える。
「やっぱりあたしも行くことになるんだろうね」
「……」
眞子ももはや諦めて応え、アリスも黙って首を縦に振った。しかしそんな中、環だけは黙って手を挙げていた。
「環、どうしたんだ?」
「お願いがあります」
心配になって訊ねた純一ではなく環は北川の方を向いて口を開いた。
「何?」
「須藤様の相手はわたくしにやらせてください」
「却下」
環の申し出をあっさりと退ける。だが環とて何も考えずに言い出したわけではない。
「私にも特別な力があります。だから私にやらせてください」
本来ならば力を誇示したりするのを好まない環であるがその力自体は強い。環自身把握しきれていないのでどれほどなのかはわからないが少なくともこの中では役に立つ方のはずだ。
その考えは環以外の者たちにもあった。環が協力してくれれば心強いと思っていたしそのつもりでここにいると思っていた。
だが北川の次の言葉は彼女らの考えを打ち砕く物だった。
「知ってる。だからダメ」
「え?」
知っている? だからダメ?
「どういうことだ?」
「どういうことも何もないさ。十年ほど前、環ちゃんがこの島にいた時に知っただけだ。だからその力については彼女よりもよく知っているよ」
「ではなぜダメなのだ? 俺としては胡ノ宮嬢には期待しているのだが」
「自分の力を制御できないような奴を当てにはできないよ」
力を制御できない。それは環自身が誰よりもわかっていたことだ。予知はいつも自分の意志とは関係ないところで起きている。他のことでも意図して力を使えているわけではない。正式な手順にそって行った結果時々効果がでているだけだ。
だがそれでも
――――確固たる自分を持ち、その自分を信じてさえいれば力は必ず自分に力を貸してくれる
――――自分の力をしっかりと把握しておけば自分の意思で制御できる
あの人は自分の力を知ってそう言ってくれたのだ。
そのあの人が敵となっている。下手をすれば命を落としかねない者として。
そして見てしまった予知もある。それなのに何もせずにいることなどできるはずもない。
「制御できます」
北川が眉を顰める。気闘士である北川は環から漏れている霊気をはっきりと見ることができていた。
たしかに一見制御できているように見える。だが北川には揺らぎが見えていたし、実際に力を行使しようとしても制御しきれないだろうことが予測できた。もっともそれでダメだというわけではない。普通ならば十分に制御できているといえる。問題は環の力が常人のそれよりもはるかに強いのだ、並みの制御力では抑えられないほどに。
もしそれだけの力を十分に制御しきれたならばそれだけでAランク、場合によってはSランクをつけられてもおかしくない北川は思っている。
制御のための特殊な技術を学んでいるわけではないし、心に迷いを抱えていたままではとても制御できるものではない。だがそれを言ったところで聞かないだろうことは十分に理解できた。
だから強攻策をとることにした。
「じゃあ確かめさせてもらおうか」
「え?」
北川は環に向けて右手をあげる。
「開封」
北川の手の先にエメラルドグリーンの光が現れる。だがそれは北川の言葉を受けて金色の輝きへと姿を変え、環へと突き刺さる。
「――――っ!」
環の身体から霊気が吹き荒れる。完全に環の制御を離れた霊気は環の意志と関係なく周りの物をなぎ払おうとする。
眞子に、杉並に、アリスに、瀬場に、純一に向かう霊気はそれだけで背筋を凍らせるほどだ。
「ひっ」
あまりのことに眞子が声を上げ、目を見開くと風がやんだ。あれほど感じた圧迫感が消えていた。そのかわりに環の周りにははっきりと目に見える金色の光で創られた帯が纏わりついていた。
「ほんの少しだけ干渉しただけでこれだ。それなのに本気で制御できていると思っているのか?」
北川のその声は今までのとは違いとても冷たい声だった。
環の顔はこれでもかというほど真っ青になっていた。
しかたないと純一は思う。今感じた力はほんの一瞬だけでも強力なことが理解できた。おそらく今の純一が使える最大魔法よりも強いだろう。さすがに環もそこまで強力だとは思ってもいなかっただろう。
だがそれよりもその力をあっさりと押さえ込む北川にこそ恐怖を感じる。自分がAかBならばまちがいなく環はA以上の力がある。それを苦もなく止めるということはおそらくさっき言っていたSランクの力があるということのはずだ。
「わかっただろ、どれだけ強い力があったとしても仲間を傷つけてしまうような力じゃ加えられないんだよ」
もはやこの場に北川に反論できる者などいなかった。
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